第47話

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 追03_船旅(一)

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 ゆっくりと離岸する客船の上で、俺とパルは爽やかな海風に体を包まれる。


「坊ちゃま。パルの髪がサラサラと揺れますよ」

「ああ、パルの黒髪は艶やかで美しい。いつまでも触っていたいよ」


 パルの黒髪に右手の指を滑らせる。絹のような手触りが癖になる。止められないな、これ。


「潮風に当たると、髪がパサつきます。お部屋に行きましょう」

「それもいいが、目的を忘れてないか」

「坊ちゃまとパルの目的なんて、ベッドの中のこと以外にないじゃないですか」


 おいおい。オレたちは旅するだけが目的じゃないんだぞ。

 俺たちは帝国でマニシャース一家を殺害したと思われる奴を捜したんだが、その野郎はアロンド大陸のペルケオスに向かったと分かった。俺たちが到着する4日前のことだ。

 まさか俺たちの動きが漏れているのかと思ったが、そもそもこのことを知っているのは俺とパル、あとはソルデリク・マニシャースその人のみ。

 もしかしたら冒険者ギルドがマニシャース家の元使用人を捜していると漏れて、逃げ出した可能性はある。それはしょうがない。なんでも完璧に隠しきることはできないのだから。


「もう、坊ちゃまったら~。はやく~」


 パルが腕を引っ張り、オレを船室に誘う。

 どうせペルケオスに到着するまで何もすることはない。パルと仲睦まじくするのもいいかもしれないな。


「分かったから引っ張るな」


 船室に足を向けた。

 3日程はパルとしっぽりと親交を深めた。あの巨乳に、顔を挟まれて窒息しそうになったのも1回や2回じゃない。幸せで昇天しそうになったよ。


 今オレたちが追っているいるのは、マニシャース家の執事をしていた男だ。当時40近かったから、今は60くらいの老人だ。

 名前はオーランドと言い、使用人たちを束ねていた。

 いきなり主犯と思われる奴の手がかりができた。


 オーランドはマニシャース一家が惨殺された後、あちこちを転々としたらしい。帝国に流れ着いたのは事件から3年後だが、その3年間何をしていたのかは分かっていない。

 帝国に流れ着いた後は、商人として財をなした。マニシャース家で執事をしていたことで、商売のいろはは身についていたんだろう。

 使用人たちを束ねてソルデリックの片腕として経営の一端を担っていたオーランドは、使用人たちを指揮するだけの能力があった。

 だからオレはオーランドが主犯格だと思っている。


「オーランドは俺たちが追っていることに気づいたと思うか?」

「気づかれていても、坊ちゃまから逃げきれるわけがないです」


 ただの商売で海を渡ったとしても逃げたとしても、一定の範囲内まで近づいたらオレのターゲットサーチの範囲内に入る。そうなれば逃げ切ることはできない。


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 柔らかなパルの体の感触を感じながらベッドの上でまどろんでいると、船が急激に方向を変えたのが分かった。

 ベッドから落ちそうになることはなかったが、かなりフラれた。大きな客船でこれだけの慣性を感じるのは珍しい。


「何かあったようだな」

「もう、無粋なんですから。船長に文句を言ってきましょうか」


 パルの気配が剣呑なものに変わる。

 進行方向に問題があって方向を変えたんだと思うから、船長を脅すのは止めてやってくれ。


「甲板に出てみようか」

「はい。お供します」


 船内を歩いていくと、レストランで騒ぎが起こっていた。

 今の急旋回で食器などがテーブルから落ちたようで、客の何人かが騒いでいた。

 給仕をしていた乗員に当たってもしょうがないのに、無駄なことをする。

 俺とパルは甲板に出て、船員に何があったのか聞いた。


「前方にアイランドタートルが確認されました」

「アイランドタートルか。珍しいモンスターだな」

「現在アイランドタートルを迂回するルートをとっています。危険はないと思いますが、船室に戻っていてください」


 客室に戻れと言われて戻るほど、オレは素直じゃない。

 船の縁に行き、アイランドタートルを確認することにした。


「あれか。結構遠いな」


 アイランドタートルの体長は、小さい個体でも1キロ以上になる。視線の先に居るアイランドタートルがどれほど大きいか分からないが、大きいものなら10キロ以上の巨体になる。そういったことから、アイランド(島)と名づけられたモンスターだ。


 前世と前々世で数回アイランドタートルを狩ったことがあるが、とにかく硬い奴らだった。

 背中の甲羅の上には木々が茂り、さながらジャングルのようになっている。海の中に潜ることもできるが、成体は滅多に潜らない。

 逆に幼体は海の中で暮らして、成長するまで滅多に海上に現れない。

 成体になって海上に現れると、甲羅の上に木々が生えて時間をかけて森、そしてジャングルになる。


「アイランドタートルに人が居るぞっ」


 マストの高所に設置された見張り台に陣取っていた船員から、そんな声が聞こえた。


「人が居る? どこだ?」

「左の大きな木の下に居ますよ」


 パルには見えるようだが、オレにはさっぱり見えない。そもそも大きな体のアイランドタートルでさえ、そこまで大きく見えないのだ。

 こういう時に種族の差が出る。ダークエルフのパルの目はかなり良く、障害物がなければ数キロ先の人の姿が見えるんだとか。


「男か、女か? 若いのか?」

「女性ですね。服はかなりボロボロです。流れ着いてから、それなりの月日が経っているのではないでしょうか」

「船員は助けに行くのかな?」

「どうでしょうか」


 遭難者の救助は、船乗りとしては当然のことだ。ただし自分の命が危険に曝さないという前提がある。

 この客船には多くの金持ちが乗船している。アイランドタートルに近づくなんて客が許さないだろう。

 それに乗客の命を優先するのが、船長の責務だ。どう考えてもこの客船をアイランドタートルに向けるようなことはしないだろう。


「どうやら小舟を出して、彼女を救助するようです」


 船員が救命用のボートを下ろし始めた。

 アイランドタートルはモンスターだが、滅多なことでは人を攻撃しない。攻撃されたら、そいつがアイランドタートルに悪さをしたということだ。

 だからアイランドタートルに上陸(?)することはそこまで難しくない。ただしアイランドタートルが急に進行方向を変えたりすると、その衝撃や引き波などで小舟が沈没することがある。


「ここはひと肌脱ぐか」

「坊ちゃまが脱ぐのはパルの前だけにしてください」

「服を脱ぐわけじゃない」

「分かってます」

「………」


 時と場合を選んで冗談を言ってほしい。


 

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