第46話
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追02_船に乗るのも面倒くさい
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スイートには風呂があった。サウナでなく湯船の風呂は、この帝国でも珍しい。
これから俺たちが向かうアロンド大陸では、このような湯船の風呂が一般的で毎日ではないが平民も風呂に入る。前世の記憶だが、今でも大衆浴場というのがあるだろう。
「坊ちゃま、前も洗いますね♪」
俺が風呂に入ると、当然のようにパルも入って来る。どこから出したのか、マットを持ち込み俺を寝かせてその巨乳を遺憾なく使って洗ってくれる。
王都の屋敷を出てから風呂には入れなかったので、マジで天国かと思う。
風呂でスッキリとした後は、宿のレストランで夕食を摂ることにした。
こういう高級宿には複数のレストランがあるが、俺たちは帝国の郷土料理を出すレストランに入った。
コショウなどのスパイスが豊富に採れる帝国は、スパイスをふんだんに使った料理が多い。中でも複数のスパイスを使ったカリーという料理は、独特の美味しさがある。
俺はスープのようにサラサラのカリーを、パルはとろみのあるカリーを頼んだ。
米という麦に似た穀物にかけるのもいいが、ナンというパンに似たものでも美味しい。そこら辺は好みでどちらでも出してくれる。俺は米を頼み、パルはナンを頼んだ。
パルのナンを分けてもらい、俺の米をパルにわけてあげる。美味しいし、楽しいひと時だったが、そこに無粋な奴が現れた。
「遅い! いつまで待たせる!」
ウエイターを大声で怒鳴りつけるそいつは、スイートルームのことで駄々をこねていた商人風の小太りのオッサンだった。こいつはどこでも騒ぎを起こすな。他の客の迷惑というものを考えないのか。
「申しわけありません」
オッサンは平身低頭謝るウエイターにグラスの水をかけた。おいおい、やりすぎだろ。見ているこちらの気分が悪くなる。本当に楽しい時間だっただけに、オッサンに殺意を覚える。
「場の雰囲気を悪くして楽しむ悪質で醜悪な者が居ますね」
パルさんや、それはどう考えてもオッサンに聞かせているよね。
ほら、目玉が落ちる程見開いてこっちを見てるぞ。
「おい小娘! 貴様、今、なんと言った!?」
「部屋に戻るか」
「そうですね」
テーブルの上にチップ込みの代金を置き、俺とパルはオッサンを無視して席を立った。ウエイターやウエイトレスに美味かったと声をかけて、レストランを後にした。
「おいこら! 聞いているのか!?」
オッサンは俺たちが出て行っても騒いでいた。レストランの外まで声が聞こえるのだから、本当に迷惑な奴だ。
俺がこの高級宿のオーナーだったら、とっくの昔にたたき出して出禁にしているところだ。
あの後はオッサンに出会うこともなく静かで優雅な時間を送った俺たちは、ペルケオスへの船に乗るために港に入った。
今日の空は真っ青で波もない。良い日だ。受付でチケットを見せて桟橋へと向かうが、そこで嫌な顔を見た。あのオッサンだ。
「ストーカーですか?」
「あんな脂ぎった醜悪なストーカーなんて要らねぇ」
パルと毒を吐きながらオッサンを無視して船に乗り込むのだが……。
「おい、さっさと荷物を運べ!」
船員を召使のようにこき使う。こいつ宿でも1人だったが、使用人に逃げられた口か? これだけ横柄な態度なら、使用人が逃げ出すのも分かるけどさ。
無視して船に乗り込もうと思うが、オッサンの荷物がいくつもあって桟橋を塞いでいる。
「迷惑ですね。荷物が多いなら貨物船に乗ればいいのですよ」
パルは相変わらず辛辣だが、俺もそう思う。人の迷惑というものを考えてもらいたいものだ。
「また貴様か、小娘!」
パルに絡もうとするが、人族のオッサンよりも……おっと、これ以上はいけない。俺も命が惜しいからな。
「貴様、いつもいつもワシをバカにしおって!」
パルはオッサンをガン無視。オッサンはさらにヒートアップ。
「おのれ、小娘!」
オッサンがパルに掴みかかろうとしたところで、俺が間に入る。
「どけ、小僧!」
「お前程度が俺のパルに触ろうだなんて、身の程を知れよ、オッサン」
「まあ、坊ちゃま♪」
「小僧が、生意気な!」
背中にしな垂れるパルと、今にも殴りかかてきそうなオッサン。
オッサンは本当に殴りかかってきたが、俺は体をよじって避ける。なぜかパルが俺に抱きかかえられるように移動。俺もそれを受け入れてお姫様だっこする。
オッサンはたたらを踏んで、転倒。その体では運動などしてないだろうから、顔面から桟橋の板に倒れ込んだ。
俺はオッサンに触ってもないから、完全に自業自得だ。恨むなら自分を恨めと言っても無理なんだろうな。
「パルさんや。なぜに抱っこなんだ?」
「悪い暴漢からお姫様を助ける王子様は、抱っこするものですよ♪」
「悪い暴漢を否定はしないが、お姫様と王子様の設定はなぁ」
「望めば王にもなれる坊ちゃまは王子様以上の存在ですよ」
「そんなものに興味はない」
「そう言うと思ってました~♡」
俺とパルがいい雰囲気を醸し出していると、オッサンが幽鬼のようにゆらゆらと立ち上がった。
「貴様ら!」
振り向いたオッサンは額と鼻の頭を擦り剥いていて、鼻血も出ている。オッサンじゃなければ、可愛そうだと思うところだ。
「「プッ。あははは」」
思わず笑ってしまったが、周囲の人たちも失笑している。俺たちだけじゃないから、良しとしよう。数は時に正義となり得るのだ。
「わ、笑うなっ。笑うんじゃない!」
オッサンが周囲の人を威嚇しているが、その顔では滑稽でしかない。その度に鼻血が桟橋の上に飛び散る。血はこびりつくと落ちないから、掃除する人の迷惑になるだろ。そういうことも考えないのな、オッサン。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
元々なかったが、理性のりの字もない。
地団駄を踏み、鼻血をまき散らしながら怒りを表現している。あ~ぁ、飛び散った鼻血がマダムのドレスに付着しちゃったよ。
「あーた、何してくれるのよ! あたくしのドレスを台無しにして、ただで済むと思わないことねっ」
マダムが激しく怒り、オッサンはタジタジ。
あのマダムの迫力は本物だ。しかも身につけている物から、貴族だと思われる。オッサンも貴族相手には強気に出られないようだ。
「このドレスはわざわざこのネックレスに合わせて作らせたものなのよ! このネックレスはね大金貨五〇〇〇枚もするのよ、分かっているのかしら!?」
プラチナの台にエメラルドがふんだんに嵌められているいかにも高そうなネックレスの自慢になっていく。
大金貨五〇〇〇枚のネックレスと聞いて、オッサンがしゅんとしおらしくなってしまった。
こんなネックレスを普段使いできるこのマダムは超がつく大金持ち。小金持ち程度のオッサンでは太刀打ちできない相手だ。
「長くなりそうですから、乗り込みましょうか」
パルは相変わらずマイペースだな。だけど、その意見には俺も賛成だ。
俺たちはマダムに説教されるオッサンを放置して、邪魔な荷物を足で移動させて(蹴り飛ばして)船に乗り込んだ。
何はともあれ無事に船に乗り込めることができて、良かったよ。
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