第44話

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 044_後悔と怨念、そして晴れやかに

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 幽閉された前アールデック公爵であるポーンスは、狭い塔の中でベッドに腰かけて両手で顔を覆っていた。

 塔に幽閉されてからこうしていることが多く、その間はブツブツと何かを呟いている。

 食事はほとんど摂らずに以前と較べてかなり痩せたポーンスは、髪がかなり薄くなっている。一カ月前とは別人のような風貌になっていた。


「生活魔法が創造神の加護などと、誰が考えるのか」


 サイジャールが13歳の時に得たスキルが生活魔法と聞き、それ以上は何も聞かなかったのはポーンスであった。

 それ以来、ハズレスキルを得たとサイジャールを蔑んだ。


 扉が開き、アールデック公爵家を継承した元エルデン子爵が部屋に入って来たことさえ、ポーンスは気づかなかった。


「アールデック家の家計は火の車だ。これまで何をしていた? こんな状態で何をふんぞり返っていた?」


 アールデック公爵家を継いだはいいが、膨大な負債を抱えていた。呪いの言葉のようにポーンスを責める。

 しかし、ポーンスはまったく反応を見せなかった。すでに精神が崩壊していて他人の言葉に反応しないのだ。


「前任者夫妻にも困ったものだ」


 ポーンスは精神崩壊しているが、その妻でサイジャールにとっては継母だった女は毎日聞くに堪えない奇声を叫び続けていた。

 大変な家を継承してしまい、毎日大変な思いをしているのは自分だと叫びたかった。


 そんなアールデック公爵家とは違うところで、困惑している者がもう1人居た。

 その人物はベッドに横たわり、体中にできたデキモノが原因の発熱に悩まされていた。


「大司教様。お水です」


 それは大司教であった。

 サイの加護は創造神に与えられたものだと国王が公表する直前に、体中にデキモノができて寝込むようになった。

 神官たちが治療を試みてもそのデキモノは治ることなく、すでに一カ月ほど寝込んでいるのだ。


「千医殿に治療を頼まれたほうが良いのでしょうか……」

「バカを言うな!」


 熱にうなされていても、大司教はサイに治療してもらうことを拒否していた。

 神殿の権威を傷つけたサイに治療されたら、それこそ神殿の権威や威信は失墜する。


「しかし、このデキモノはまるで……」


 ―――まるで呪いのようだ。と言おうとして神官は言葉を詰まらせた。

 大司教が呪いを受けて苦しんでいるとなれば、サイに関係なく神殿の権威は失墜するからだ。


「私の治療はこれまで通り、神官たちで行う。外部の者の治療は不要だ」


 それから3日後に、大司教の容体はさらに悪化して昏睡状態にまでなったが、神官たちの献身的な看病によって昏睡状態からは脱した。それでも予断を許さない状態なのは変わりなかった。

 それからさらに10日後には、再び昏睡状態になった。しかし、今回はかなり危険な状態だと判断した神官たちが、サイに治療を依頼するのだった。


 この時のサイは旅に出ていて王都には居なかったため、大司教は3日間の昏睡状態を経て意識を取り戻した。

 この治療によって神殿が秘蔵していたセージストーンが使われたことは、一部の神官だけしか知らないことである。

 セージストーンによって大司教の体は元通りになった。しかし、その代償としてセージストーンはその力を失ってしまったのである。

 製造方法が分からないセージストーンの消失は神殿にとって大事だった。もちろん、そのことは秘中の秘とされ、隠蔽されることになる。


 また、完治したと思われた大司教だが、数日後にまたデキモノができて寝込むことになった。

 神官の誰もが大司教は神の怒りによって、治ることのない苦しみを味わっているのだと考えた。そうでなければ、神官の治療をまったく受けつけないなど考えられなかった。


「神よ……私の何が……」


 神の威を借って金を集め、人に施すことをしなかった報い。

 金をばら撒き、大司教の地位を買った報い。

 創造神の加護を得ているサイに嫌がらせをした報い。

 数えたらキリがない。


 日に日に衰弱していく大司教は何度か死にかけながら神官たちの懇親、献身の看病によって生きながらえていた。

 しかし、それも3カ月を過ぎたところで力尽きることになる。その最後は骨と皮だけになり、世の絶望を一身に集めたような酷い表情であった。


 ▽▽▽


 パドスとモノグロークのことに決着がついたので、オレは旅に出ることにした。

 石鹸造りはすでにボロンボとその部下や孤児たちで問題なくできるようになっている。王族用の高級石鹸も問題なく生産できる。

 それから治療院は無期限の休業にした。最近では患者も少なくなってきたので丁度いい頃合いだと思った。


 冒険者ギルドのギルマスたちには世話をかけたので、挨拶を済ませてある。

 国王と宰相、それから王妃様とルシア様にも挨拶は済ませた。

 もちろん、爺さんとお婆様にも挨拶をしてから旅立つつもりだ。

 ジョンソンとベイルたちにも挨拶したし……あと誰かいたっけ?


「坊ちゃま、どちらに向かわれますか?」

「まずは帝国へ行こうかと思っている」


 ギルマスが手を尽くしてくれて、マニシャース家の元使用人の1人が帝国に居ることが分かった。

 そいつに会って、マニシャース一家殺害について話を聞こうと思っている。


「パルとの2人旅も久しぶりだな」

「280年前が最後でしたね」


 純粋な2人旅は前世のあの時が最後か。あの時は楽しかったな。


「あの時のパルはめちゃくちゃ尖っていたが、楽しかったな」

「何を仰いますか。パルは今も昔も可愛い女の子ですよ」


 そういうことにしておこう。さあ、旅立ちだ。




<完>


愛読していただき、ありがとうございました。


 

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