第41話

 ■■■■■■■■■■

 041_国王との取引

 ■■■■■■■■■■



「………」


 おかしいな、授与式の後は帰るだけだったのに、なんでオレはここにいるんだろうか?


「サイ様のおかげで、お母様はすっかりよくなりました。感謝の言葉もございません」

「王妃様が回復されて、何よりにございます。王女殿下」


 授与式の後、官僚に呼び止められてこの部屋に通されたんだけど、なぜかルシア様が待っていた。


「サイ様はお母様の命の恩人です。わたくしのことはルシアとお呼びください」

「そういうわけにはいきません、王女で―――」

「ルシアとお呼びください」


 王女殿下と言おうとしたら、被せられてしまった。


「ルシア殿下」

「ルシア」


 顔が近いんですけど。


「ルシア様」

「ルシアと呼び捨てにしてください」

「……それはちょっと……」

「なぜですか?」


 なぜって、オレは平民なんですけど?


「ルシアよ、サイが困っているぞ」


 国王が部屋に入ってきたので、オレは慇懃に礼をとる。


「よい、楽にしてくれ。それよりもルシアが迷惑をかけていたようだな」

「いえ、迷惑などとは思っておりません」

「そうか。良かったな、ルシア」

「もう少しだったのです。お父様が来なければルシアと呼んでくださったと思いますわ」

「ハハハ。そうか、それはすまなんだ」


 この親娘はとても仲がいい。

 親に恵まれなかったオレにとって、羨ましい限りだ。

 まあ、前世と前々世の記憶があるので、そこまで親に依存はしていないが。


「あらあら、2人ともわたくしをサイさんに紹介してくださらないの?」

「おお、そうであった。サイよ、我が妻で王妃のジョセリーヌだ」

「サイさん、ジョセリーヌよ。貴方のおかげでこうして歩くことができます。それに、ルシアに悲しい思いをさせずに済みました。本当に感謝しているわ」


 王妃様に両手を握られて、感謝されてしまった。


「当然のことをしたまでです。王妃様」

「うふふふ。謙虚なのは美徳です。でも、サイさんは誇って良いことをしました。わたくしの治療のことではありません。黒顔病のことです。貴方のおかげで、我が国は救われたのです」


 それは言い過ぎだと思うけど、褒められるのは悪い気はしない。


「もちろん、わたくしを救ってくださったことも誇ってくださっていいわよ。うふふふ」

「うむ、サイは誇ってよいぞ。それだけのことをしたのだ」

「はい、サイ様は誇ってください。それと、わたくしのことは、ルシアとお呼びくださいね。うふふふ」


 この3人、息がぴったりだ。

 その国王が、ルシア様と王妃様を部屋から出した。

 2人は不満のようだったけど、国王の真面目な表情を見て素直に出て行った。

 代わりに宰相が入ってきた。


「某は宰相のホムリヤ・サルドベスと申します」

「サイです。よろしくお願いします」


 挨拶を交わすと、宰相は国王の後ろに立った。


「さて、サイよ」

「はい」

「そなたの加護とスキルのことを聞きたい」

「すでにご存じなのではありませんか?」


 宰相が鑑定したのは、分かっている。


「宰相の言葉を信じないわけではないが、さすがにな」


 国王がニヒルに笑った。

 なんとなく、オレも笑い返す。


 ステータスを開ける。

 ステータスは本人しか見えないが、任意で他人に見せることができる。


「「………」」



 加 護 : 創造の女神アマリアの加護

 スキル : 生活魔法【創】

 才能 : 【魔法戦士SSS+】

 武器 : 【剣A+/SSS+】【棍棒C+/S】【槍D/S-】【弓D/A】

 魔法 : 【生活魔法SS+/SSS+】



 地下牢の中で見た時と、変わりはない。

 だけど、国王と宰相の目の色が変わった。


「間違いない……」


 国王の呟きが聞こえた。


「なぜ創造神のことを公爵に言わなかったのだ?」

「言えば、殺されていた可能性があります」

「「………」」


 国王や宰相だから、アールデック公爵家の内情を少しは調べているだろ?


「だが、このことを知って放置はできぬぞ」

「左様にございますな」


 国王と宰相が考え込んでしまった。


「知らなかったことにすれば良いでしょう」

「宰相の鑑定のことは、貴族や神殿の者であれば誰でも知っていることだ。そう簡単にはいかない」


 それもそうか。

 まあ、力をつけた今なら知られても困ることはないけど。

 生活魔法の熟練度を上げるまでは我慢していたが、今は我慢するつもりはない。生活魔法は最初にできることがかなり限られていたので、その頃は本当に苦労した。

 さすがに国と敵対するのは面倒だが、公爵家とその一族くらいならいくらでも対処はできる。


 パドスとの約束もあるから、モノグロークとパドスが戦える場を作ってやらないといけない。いずれはそうなるように公爵家を仕向けようと思っている。


「必要であれば、公表してくださって構いません」

「いいのか?」

「すでに力をつけましたので」

「それもそうか。あのステータスを見る限り、我が国が総力を挙げても勝てるか分からぬからな」

「さすがに総力を挙げられたら難しいですが、いくらでもやり様はありますから」

「隠し玉を持っているのか?」


 隠し玉か。たしかにそうだね。


「国王陛下。魔法を使っても構いませんか?」

「構わぬ」


 そんなに簡単に許したらダメだよ。もっと警戒しないと。

 オレは収納から手の平に載るくらいの小さな箱を取り出した。

 宝石箱のようなこの箱に収められているのは……。


「それは宝石箱か?」


 オレは箱の蓋を開けた。


「「………」」


 小汚い石ころ。

 だけどこれは……。


「っ!? こ、これは!?」

「どうしたのだ?」


 宰相が慌てたことに、国王は訝しがった。


「さ、サイ殿……貴方が……これを?」

「ホムリヤ、なんだと言うのだ!?」

「陛下。これはとんでもないものです」

「だから、これがなんだと言うのだ」

「セージストーン」


 オレがこの小汚い石ころの正体を明かすと、国王は「へ?」と呆けた。

 ぱかりと蓋を閉め、セージストーンが入った箱をテーブルの上に置く。

 2人の視線は、箱に釘づけだ。


「国王陛下がオレの味方をしてくださるのであれば、これを献上します」

「「なっ!?」」


 2人は大きく目を開けた。


「本当にこれを余に?」

「味方をしてくだされば、ですが」

「国王として、権力が及ぶ限りでよければ、約束しよう」


 国王は即答した。もっと考えたほうがいいと思うんだけど。


「それで構いません」


 ―――コントラクト。


「契約は成立しました」


 オレは箱をスーッと国王のほうに押しやり、同時にセージストーンを制御する魔法陣を書いた特殊な布を添えた。


「そのセージストーンが伸ばせる寿命は15年ほどです。ただし、陛下が大怪我をしてもそのセージストーンを使えば、一瞬で治癒するでしょう。その場合は、伸ばせる寿命は減ります」

「1つ教えてくれ」

「なんでしょうか?」

「サイはセージストーンを作れるのか?」

「はい。作れます」


 即答した俺の前で、2人はゴクリと喉を鳴らした。

 セージストーンは俺の切り札の1つ。だが、これは牽制のためのもの。

 国王が俺を裏切れば、その力を使って報復するという意思表示。

 セージストーンを作ることができるということは、目の前にある1つだけではない可能性を示唆する。

 国王と宰相はバカではないはずだと思って、あえてセージストーンを提示した。


「ただし、セージストーンを作るのは、簡単ではありません。ですから、量産はできません」


 量産はできなくても、生産はできる。そう思わせておくのがいいだろう。


「製造法を誰かに伝えるつもりは?」

「ありません。今も申しましたが、簡単に作れるものでもありませんので」

「な、なるほど……」


 為政者を信用なんてしないけど、簡単にはオレを裏切らないと思う。

 セージストーンというのは、それほどのものだ。

 ちなみに、このセージストーンはボロンボたちを襲った時のものではない。あの後に、多くの魔物から生命力を奪って作ったものだ。


「話は変わりますが、しばらくしたら旅に出ようと思っています。せっかく千医の称号をいただきましたが、一度旅に出たら数カ月から数年は帰ってきません」

「そうなのか……帰ってくるというのであれば、好きにすればいい」

「よろしいのですか?」

「止めても行くのだろ?」

「はい」

「ならば、我らにはどうにもできぬ。セージストーンを作ることができる賢者であり、創造神様の加護を持つ圧倒的な力を持つ者を、誰が止められようか」

「ご理解いただき、感謝いたします」


 国王が物わかりのいい人で良かった。


「しかし、ルシアが寂しがるな」

「王女殿下にはよしなにお伝えください」

「分かった」

「あ、そうだ。これをルシア様と王妃様に献上します」


 ボディ用石鹸と髪用石鹸だ。

 餞別というわけではない。思いっきり下心があって献上することにした。


「私が調合した石鹸です。使い方は説明書にありますので、間違えることはないと思います」

「そうか。2人も喜ぶことだろう」

「また、知り合いの商人がこれを扱っておりますので、ご購入いただけますと光栄にございます」

「ちゃっかりしておるのぅ」


 この時のオレは、まさかルシア様と王妃様が、この石鹸に大歓喜するとは思っていなかった。

 石鹸の効果は言うまでもないし自信もあったが、そんなに喜ぶかと言うほどの反応だった。


 おっと、大事なことを忘れるところだった。

 オレは国王の前にいくつかの書類を差し出した。


「これは……?」


 困惑した国王にオレを暗殺しようとした奴の証拠の品だと教えたら、さらに困惑していた。


「くっ……公爵がこのような……」


 内容を確認した国王のこめかみの血管がピクピクと。

 宰相もその書類を見て、眉間を揉み解した。


「陛下に1つお願いがあります」


 オレの頼みを聞いた国王が、楽しそうな顔をして願いを聞き届けると言ってくれた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る