第38話

 ■■■■■■■■■■

 038_ルシア王女

 ■■■■■■■■■■



 城の迎賓館で過ごした2日目の昼、オレは中庭に出た。

 以前登城した時は、迎賓館ではない別の舞踏会場だった。


 この中庭には小さな林や池まである。

 池には色とりどりの魚が泳いでいて、オレの姿を見たら集まってきた。多分、餌をもらえるのだと思ったんだろう。


「ごめんな。オレ、餌を持ってないんだ」

「坊ちゃま、こちらをどうぞ」


 さすがはパルだ。オッパイが大きいだけではなく、気も利く。


「うわっ!?」


 餌を与えたら水が盛り上がったかと思うくらいに魚が集まってきて、バシャッバシャッと水面が慌ただしくなった。

 アールデック家の屋敷にも池はあったが、ここまで魚はいなかった。

 庭には金をかけていたが、今の当主になってから魚がどんどん減っていったのだ。

 公爵という最高位の貴族なのに、魚程度を許容できない懐の狭さ。それが今のアールデック公爵だ。


 魚の餌やりを終えたでの迎賓館に戻ろうと林の中を歩いていると、進行方向に数人の人影が見えた。あれは……。


「王女殿下」


 オレは慇懃に挨拶した。

 透明感のある白い肌の彼女は、第2王女ルシア様。


「お久しぶりですね、サイジャール様」


 以前、1回だけ登城した時の舞踏会で、オレは彼女と踊ったことがある。

 オレと彼女は同じ年齢なので、社交界デビューが同じ時期だった。

 もちろん、モノグロークとも年齢が近いが、当時は祖父が当主でオレが嫡子だったので次男のモノグロークは舞踏会に出ることはなかった。

 前アールデック公爵は人の価値を、加護やスキルだけで判断することのない名君だった。

 そんな名君からあんな駄目駄目の暗君が生まれるのだから、世の中は不思議なものだ。

 それを言ったら、俺もあの暗君の血を引いているんだった……。この血、全部入れ替えできないかな。








 ルシア様は王女でオレはアールデック公爵家の嫡子だったので、婚約の話まで出ていた。

 家柄としてはこれ以上ないくらい釣り合うし、年齢も同じ、他の公爵家に年齢が合う嫡子がいなかったこともあり、その話が出るのは必然だった。

 しかし、それは継母とその実家の工作があって婚約にはならなかった。

 公爵家の嫡子と王女の婚約を止めるのは簡単ではないはずなので、継母の実家のドラン侯爵家はかなり無理をしたんじゃないのかな。


「サイジャール様は家を出たと、聞きました」

「はい。今はサイと名乗り、平民として生きております。王女殿下」

「平民として生きていくのは、大変ではないですか?」

「私はどうも平民が向いているようです。その証拠に貴族だった頃よりも充実した日々を過ごしております」

「そうですか……」


 貴族に戻してやると言われても、今なら断る自信がある。

 それほど今の暮らしはオレに合っている。

 それに、世界の果てを見たいという欲望がある。

 幸か不幸か、黒顔病のおかげで生活魔法の熟練度がSS+になった。

 これならいつ旅立っても問題ないだろう。

 そんなことを考えていると、ルシア様が何か言いにくそうにしている。


「王女殿下。何かオレに話があるのではないですか?」


 そのためにここにきたのでしょ?


「……はい。実を言いますと、サイ様にお願いがあって参りました」

「お願いですか? なんでしょう?」

「お母様の病を治療していただきたいのです」


 なるほど、そういうことか。

 でも、なぜ言いにくそうにしていたんだろう?


「大司教にも診ていただいたのですが、まったく回復する様子がないのです」


 ああ、そういうことか。

 大司教でも治せない病をオレが治したら、神殿を敵に回すから言いにくそうにしていたんだ。

 だけど、それは今更だ。すでに黒顔病のことで神殿から睨まれ、先日は大司教のせいで牢屋に入れられたんだから。


「大司教が無理だったのですから、オレが王妃様を治療できる保証はありませんよ」

「はい、承知しております。それでも、治療をお願いしたいと思っております」

「国王陛下はなんと申されているのでしょうか?」


 大司教よりも国王のほうが、この場合は問題だ。

 ルシア様の母は王妃なので、国王の妻である。

 国王に無断で王妃の治療を行うことなど絶対にできないし、やったら殺されかねない。


「お父様には許可を得ております。こちらがその念書にございます」


 メイドから念書を受け取ったルシア様が、それをオレに差し出してくる。

 念書を受け取って内容を確認した。署名は国王のものだが、これが本物である保証はない。


「王女殿下。魔法を使いますが、よろしいでしょうか?」

「構いません」


 ―――アナライズ。


 光の帯が念書を包むと、ルシア様が「綺麗」と声を出す。

 アナライズでこの念書を確認した。本物だ。


「国王陛下の許可があるのであれば、是非もありません。王妃様の治療をさせていただきます」

「ありがとうございます。サイ様」


 ルシア様に案内されて、王族が暮らす後宮へ向かった。

 元々ルシア様には2人のメイドと4人の騎士が従っていたが、後宮に入るとさらに4人の騎士が増えた。

 場所が場所だけに、異分子のオレを監視する目的もあるのだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る