第35話
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035_石鹸販売
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世界の果てを見てみたい。そう考えて力を蓄えてきた。
あと1つ、この国でやらなければいけないことがあるので、それを片づけてから旅に出ようと思う。とは言え、旅の準備は進めておかないとな。
カリカリ……カリッカリ。前世の記憶を頼りに、地図を描く。
前世では多くの国や地域を回った。その時に得た地形のデータを元に、生活魔法のマッピングで正確に地図を描いていく。
現在、4つの大陸と多くの島々があることが知られている。
魔法文化が最も進んでいるフェルデン大陸、機械文化が進んでいるアロンド大陸、共に中途半端なサルディス大陸、未開のドラドレン大陸。
これらの情報は、前世のオレが持っていた知識と大した変わりがない。
4つの大陸のうち、ドラドレン大陸は他の大陸からかなり離れた場所にある。そのためかまったく入植が進んでおらず、人口はかなり少ない。
フェルデン大陸、アロンド大陸、サルディス大陸はそこまで離れていないためそれなりの交流や交易がおこなわれているが、ドラドレン大陸だけはかなり離れているため入植が進んでいないのだ。
「これが世界の全てだとは思えない。もっと別の大陸なり島なりがあると思うだが」
フェルデン大陸とアロンド大陸は、魔法文明と機械文明を主軸にした経済圏を形成しているため、交流は少ない。
扉がノックされて入室を許可するとソルデリクが入ってくる。
「サイ様。準備が整いましてございます」
「了解。パル、行こうか」
「はい」
黒顔病がやっと終息したので、かねてから予定されていたベイルの店がやっと開店できた。
開店に合わせて石鹸をベイルの店に卸したところ、開店の翌日には完売したとのことで慌てて追加の納品の催促があった。
黒顔病が終息したとはいえ、病人はあとを絶たない。開店日は治療院が休みではなかったので開店祝いは贈っておいたが、まだ店には一度も行ったことがない。
今日は丁度闇曜日で休みだったのでベイルの店に赴こうと思っていたところに、追加納品の依頼があったので俺が持っていくことにした。
人が牽く荷車に石鹸が山のように積まれている。
荷車を牽くのはパドス。護衛に元暗殺部隊リーダーのサージュと、その部下のベック。
商品になる石鹸は、富裕層向けの高級石鹸と一般向けの石鹸に分けられる。
一般向けは体用の固形石鹸と髪用のシャンプー。髪用石鹸でも良かったが、間違えやすいので髪用の石鹸をシャンプーという名前で売り出している。
富裕層向けは、体用の固形石鹸にはバラかラベンダーの香りを加えてある。シャンプーにも同じように二種類の香りがあるが、髪にさらに潤いを与えるトリートメントという髪用保湿剤もある。また、顔用のフェイスソープもある。
黒顔病を治療した時に衛生環境が悪いとまた再発する可能性があると、石鹸を貴族や金持ちに売りつけた。
使用人に再発者が出ると富裕層が気をつけていても、感染する可能性があると脅しておいたので石鹸を時々俺のところに使用人がやってきていた。
再発など滅多にするものではないが、それでもまったくゼロではないのだから嘘をついて石鹸を売りつけたわけではない。
ほんの少しでも可能性があれば、それはゼロではないのだから。要は言い方だよな。
ちょっと前から俺の治療院では石鹸を売らないと言ってあるため、ベイルの店が開店した直後に富裕層の使用人が殺到したらしい。
在庫はたくさんあると言っておいたのだが、なくなったらどうしようという心理が働いたのだろう。
「坊ちゃま。ベイルの店が見えてきましたよ」
「並んでいるな……」
まだ開店時間前だというのに、ベイルの店の前に30人ほどの人が並んでいた。
初日は開店セールということで、どの商品も30パーセントオフで販売していたので並ぶのも分かるが、三日目だというのにまだ並んでいるのか。
「うへー、すっげー人だ」
荷車を牽くパドスは人だかりに目を丸くしている。
「パドス。言葉遣いが悪いですね」
「あっ!? す、すみません!」
パルとソルデリクに行儀作法を仕込まれているパドスだが、気を許すと地が出てしまう。
厳しく仕込まれるので、パドスはパルとソルデリクに相当苦手意識を持っているようだ。
ベイルの店の裏口の木戸を入ると、ベイルの娘のロゼが洗濯物をしていた。
まだ小さな店ということもあり、自宅が併設されているのでこういった光景は珍しくない。
「あ、サイ様!」
「ロゼ、久しぶりだな」
「はい。お久しぶりです。サイ様」
ロゼが青色の髪を後ろで三つ編みしている愛らしい少女だ。俺も青系の髪をしているので、親近感が湧く。
「坊ちゃまにはパルがいるのです!」
何を考えているのか、パルがオレの前に立ってその巨大な胸を押し上げてくる。その光景はまさに圧巻というべきものだが、今それをして何になる?
「そうだな。オレはパル一筋だからな」
「まあ、坊ちゃまったら~」
パルがクネクネする度に、胸がプルンプルンを動く。あの胸の中には夢が詰まっていると思える光景だ。
「これはサイ様、ようこそおいでくださいました」
「ウーシャも久しぶりだな。石鹸を持ってきたぞ」
騒ぎを聞きつけたのか、店からベイルの妻のウーシャが出てきて挨拶を交わす。
40過ぎのベイルと連れ添って20年くらいのはずだが、ベイルは今でもウーシャに惚れ抜いている。
ベイルとそれほど年は変わらないはずだが、まだ20代でも通じる美貌を持っているのがウーシャだ。
「ありがとうございます。サイ様の石鹸は大人気で、あれだけあったのが二日めの午前中にはなくなってしまいました」
荷車に積まれた石鹸を見て、ウーシャは笑みを浮かべる。
「前回と同じくらい持ってきたが、初日ほどの売れ行きはないだろうから、次は三日後くらいでいいか?」
「サイ様の石鹸を予約されてお客様は、100名ではききません。しばらくは毎日同じ量を納品していただければと思うのですが、どうでしょうか?」
「そんなに人気なのか? 治療院の患者たちには石鹸を使わせるように仕向けたが、そこまでとは思っていなかったぞ」
注文を受けた石鹸は富裕層向けが8割を占めた。それだけ富裕層向けのものが売れているのが分かる。
ただ、2割の一般向けでも、オレが考えていたよりもかなり多い。一般人は富裕層のように風呂に入る機会が少ないからだ。
「大衆浴場に石鹸を持っていくと盗まれるくらい人気なのですよ」
一般の家庭に風呂はないので、大衆浴場がいくつかある。そこに石鹸を持っていくと盗まれるというのは大げさだと思ったが、かなり切実な問題らしい。
「生産はなんとかなると思う。しばらくは毎日この量を卸すことにする」
ボロンボのところの孤児たちが毎日よく働いてくれるおかげで、石鹸の生産は順調だ。
薬草のほうもパドスがしっかりと面倒を見てくれているし、それ以外の材料はどこでも手に入るものばかりだから仕入れも問題ない。
逆に材料はベイルの店が卸してくれるので、帰りにはそれを荷車に積んで帰るわけだ。
「ありがとうございます。サイ様」
ウーシャが店員を呼び、石鹸を見せに運び入れていく。そこにベイルがやってきた。
「サイ様。ありがとうございます。石鹸のおかげで繁盛しております」
「それは良かったな、ベイル。だが、石鹸以外にも柱になる商品を見つけるのを忘れるなよ」
「はい。それはもう」
オレも商人である爺さんの孫だから、多少は商売のことが分かっている。
石鹸の人気は今だけの可能性だってあるので、それ以外の商品で売り上げを立てるようにしなければ、商売は長続きしない。
材料を持って屋敷に帰ると、すぐにボロンボに増産の指示を出す。
「子供たちに無理をさせない程度に増産させてくれ」
「サイ様には感謝しております」
「いきなりなんだ?」
「石鹸の製法を教えてくださったおかげで、子供たちは飢えずに暮らせます。それに、石鹸職人として働けます」
「供給と需要のバランスを考えてやっただけだ」
「それでも子供たちは毎日楽しそうに働いております。これはサイ様のおかげです」
ボロンボが保護している子供は50人以上になる。離れは子供たちで溢れている状態で、かなり騒々しい。
治療院に来た患者が野菜などをくれるので少しはマシだが、食費がバカにならない。
だが、それ以上に石鹸生産で子供たち自身が稼いでいるので、食事はかなり良いものだ。
土いじりが好きな子供は薬草畑で働き、手先が器用な子供は石鹸を作っている。他にやりたいことがある子供はそれで構わないので、時間がある時は手伝ってもらっているとボロンボは言う。
オレが旅に出て不在でも、石鹸作りがあれば問題なく回っていくだろう。
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