第32話

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 032_恐怖の伝染病1/3

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 あれからパドスは一生懸命働いている。

 パドスの母親は居るけど、この1年ほど会っていないらしい。パドスが言うには、どっかで野垂れ死んでいるんだろうとのこと。

 あまり親子としての縁や情が深くないらしく、幼い頃からほぼ1人で暮らしてきたそうだ。

 オレの場合は母上が亡くなってもパルが居たけど、パドスにはそういった大人が居なかった。オレはまだ恵まれていたのだと、改めて認識した。


 パドスの口調や行動のがさつさは、かなり修正されてきた。

 パルとソルデリクの教育は厳しい。その厳しさに堪えて、成長しているパドスの根性は素晴らしいものだと思う。

 ただ根性があるだけではなく、オレとの約束を守ろうという義理堅さがうかがえるのもいいことだ。


「腰が引けている。もっと背筋を伸ばせ」

「は、はい!」


 毎朝、オレと共に剣の素振りを行っている。

 パドスの素振りはなってない。農夫ということもあるけど、これまでまともに剣を振ったことがないのだろう。

 これで冒険者になっていたら、本当に野垂れ死にしていたことだろう。

 だけど、それはちゃんと教えてくれる剣の師匠がいなかったからだ。今はオレがいる。


「ひと振りひと振りに、全神経を集中させろ。ダラダラやっていても、時間の無駄だ」

「はい!」


 モノグロークを殴るにしても、あいつは剣帝だ。

 おそらくなんの努力もしていないと思うけど、モノグロークを殴るにはパドスもそれなりの研鑽を積まなければならない。

 努力しない剣帝と努力した農夫では、どちらが強いのか。結果が出る時が楽しみだ。


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 いつものように怪我人や病人の治療をしていると、外が騒がしくなった。

 この治療院はなんでこう騒々しい奴がやってくるのだろうか。

 まあ、冒険者ギルドのダーナンや国王からの使者は、オレが呼んだようなものなんだけど。


「先生! 先生は居るか!?」

「なんですか、大声を出して。そんなに大声を出さなくても聞こえてます」


 どこかで見たことがあるイヌの獣人を、パルが窘めた。どこで見たっけ?


「それどころじゃない! 大変なんだ!」

「何が大変なのですか? 嫌がらせなら、ぶっ飛ばしますよ」


 パルがぶっ飛ばしたら、その人死んじゃうから止めてやって。


「まずは落ち着いて息を大きく吸って吐いて」

「お、おう、すーーー、っはーーー」


 思い出した。このイヌの獣人は、治療院を開業させた時の初めての患者だ。

 ファングバイパーによって体中に多くの傷を受けて死にかけていた。

 名前を聞いたような気がするが、名前は憶えていない。


「落ち着いたようだな。それで、何が大変なんだ?」

「そうなんだ! 何人もの人が倒れているんだ!」

「倒れている? どういことなんだ?」

「とにかく、来てくれ!」


 腕を引っ張られ、治療院を出る。


「ちょっと、坊ちゃまを離しなさい!」


 待っている患者たちの前を、イヌ獣人に引っ張られてスラムのほうへ。

 スラムに入って少ししたところで、道端に寝ている人の姿があった。


「見てくれ。こいつら、動かないんだ」

「死んでいるんでしょ。スラムじゃ行き倒れなんか珍しくもないですよ」


 パルの言う通り、スラム内で行き倒れは珍しくもない。治療院でもそういった話はよく聞く。


「違うんだよ。こいつらの顔を見てくれ」


 イヌ獣人が寝ている人の顔が見えるようにした。


「「っ!?」」


 その顔を見て、オレは息を飲んだ。

 この人物は死んでいない。呼吸をしているので胸が上下している。


「うわ、なんですか、その顔は?」

「だろ!? 倒れている奴らは、皆こんな顔をしているんだ」


 顔が青黒く変色している。まるで、インクでもかけられたような顔だが、オレはこの症状に心当たりがある。


「黒顔病……」


 正式名称はロイドレフス・ブロソン病。顔が青黒くなることから、黒顔病のほうがよく知られている病気だ。


「な、なんだよ、そのこ、こくなんとかって?」

黒顔病こくがんびょうだ。オレの記憶が確かなら、50年ほど前に流行った伝染病だよ」

「伝染病!?」


 驚いて立ち上がったイヌ獣人とオレの間にパルが入ってきた。


「近寄るな!」

「っ!?」


 伝染病の罹患者に触ったイヌ獣人は、黒顔病に罹患している可能性が高い。


「お、俺は……」

「罹患している可能性が高い。だが、安心しろ。黒顔病は発症まで5日ほどかかるはずだ」

「い、5日が経ったら……どうなるんだ?」

「発症する可能性が高い」

「っ!? な、なぁ、先生よ。治るんだよな?」

「………」


 黒顔病の致死率は80パーセントと言われている。発症すればほぼ死ぬと思っていい。


「マズいな。黒顔病の感染力は極めて強い。スラムの中でどれだけ倒れていたんだ?」

「そ、そんなの分からねぇ。でも、数十人は倒れていたぜ」


 おそらく、すでに黒顔病に罹患している人は、このスラム内に数百人規模で居るはず。

 それが王都内となると、数千……もしかしたら数万人規模かもしれない。


「スラムを封鎖しないと、被害はどんどん増えるだろう」

「しかし、封鎖なんてしたら、スラムの人たちはそれだけで飢え死にしますよ。坊ちゃま」

「そうだぜ、封鎖なんてしたら俺たちは干上がってしまう。どっちにしろ死ぬってことだ」

「だが封鎖すれば、他からの流入を防げる。スラムから出すのを防ぐのではなく、入れないための封鎖だ」

「しかし……」

「とにかく、ここで話し合っていても、仕方がない。お前の名前は?」

「俺か? 俺はドウソンだ」

「では、ドウソンは黒顔病の患者を集めこい」

「あ、集めてどうするんだ?」

「治療するに決まってるだろ」

「な、治せるのか?」

「最善は尽くす」

「……分かった。患者を集めるぜ」

「パルはこのことを冒険者ギルドに知らせてきて。その後のことは、ギルドや国の仕事だ」

「分かりました」


 本当は冒険者ギルドの仕事ではないけど、オレでは国を動かせない。


 

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