第6話

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 006_マニシャース屋敷1/3

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 メイド服を着た褐色の肌のダークエルフ。それがパル。主であるオレにセクハラをする専属メイドだ。

 何度でも言うが、セクハラも時と場合を選んでしてくれれば、嫌ではないんだけどね。

 そのパルとマニシャース屋敷を訪れた。

 マニシャース家の屋敷の持ち主である商人のサンドルは、まだ40歳にもなっていない人物だ。


「私で8代目になるのですが、昨年、父が隠居しまして、今は私が店を切り盛りしております」


 なかなかの老舗の不動産屋だ。


「しかし、あのマニシャース屋敷に興味を持たれる方が、まだ居たのですね」


 サンドルは明るく笑った。

 もしかしたら、冷やかしだと思っているのかな?

 それでもジョンソンの紹介だから、丁寧に対応してくれているのかもしれない。


「こちらがマニシャース屋敷です」


 貧民街と平民街の境界付近に、その巨大な建物はあった。

 下手な貴族の屋敷よりも大きい。しかも周囲には、家などなく更地が広がっている。


「この屋敷が月に小銀貨5枚で借りられるのか?」


 王都に店を構える商店で働く店員の月収が、およそ小金貨2枚程度。その程度の収入があれば、王都で暮らしていけるという目安。

 お金の価値は、低いほうから小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨があって、価値はそれぞれ10倍になっている。

 だから、小銀貨5枚でこれだけの屋敷が借りられるのは、破格の安さ。

 そもそも、小銀貨5枚で下級貴族よりも大きな屋敷を借りることができるのは、明らかに異常だ。


「立地があまりよくないですが、この規模の屋敷であれば、月に大金貨3枚は下りません。ただ……すでにお聞きいただいているような理由がありますので、小銀貨5枚でお貸ししております」

「まるで新築のような外観だけど、中はどうなんだ?」

「さっぱり分かりません」


 その答えは商人としてどうなのかと思うけど、理由が理由だけにそれも仕方がない。

 この屋敷の外観は新築のように見えるけど、醸し出す気配はかなり極悪。この気配が人体に悪影響を与えるため、屋敷の周囲に人が住めなくなったのだ。

 そのため、朽ちていく家を全部取り壊したようだ。明らかに、この屋敷だけ周囲から浮いた存在になっている。


「私はこの5年、この屋敷に近づいたこともありません。中に入ったことなど一度もありません。お察しください」

「了解した。中に入っていいな?」

「私どもは一切責任を負いません。それで構わなければ、どうぞ」

「それでいい。入らせてもらうぞ」


 金属でできた格子状の門を開けて、敷地内に入っていく。

 1歩入っただけで、敷地外で感じていた数倍ものプレッシャーが押し寄せてくる。


「なかなかのプレッシャーです。相当強力な悪霊が居るようですね」


 パルが目を細めた。

 オレが知る限り、パルはこの国でも1、2を争う手練れだ。否、世界で1、2を争うだった。そのパルに強力と言わしめる悪霊か。面白いな。


 ―――エネミーサーチ。


 視界にマップが現れる。

 マップの中心に青〇が2つある。これは、オレとパルだ。白○はサンドル。そして、黄〇が遠巻きにこちらを窺っている準敵対者たち。

 準敵対者はオレたちを警戒していて、こちらを見張っているだけ。だから、オレたち次第だけど、基本的には動かない。


 数十メートル離れた建物の影から、サンドル越しにこちらを見ている準敵対者たちに視線を投げる。

 オレに見つめられた者たちが姿を隠す。しかし、マップにはしっかりと彼らの存在が映っている。

 あっちは貧民街。オレたちが何かをしているのか、気になって仕方がないといった感じかな。


「どうかしましたか?」

「こっちを窺っている者たちが居る。そこに居るだけなら、何もしてこないと思うが、気をつけることだ」

「っ!?」


 サンドルが振り向いて貧民街を見つめた。


「あの……ついて行ってもよろしいですか?」

「構わないが、何があっても知らないからな」


 サンドルがオレを護る義理がないように、オレがサンドルを護る義理はない。

 もっとも、危険はないけけどな。


「は、はい」


 悪霊と貧民街の人間を比べたら、サンドルは貧民街の人間が怖い。

 オレはどちらも嫌だけど、どちらかと言うと悪霊のほうが怖い。まぁ、どちらも目クソ鼻クソくらいの差だけど。


「パル。行くよ」

「はい。坊ちゃま」

「あ、待ってください!」


 建物だけではなく、敷地もかなり広い。

 門の横には守衛用のちょっとした建物があって、そこからずーっと奥に入っていくと、噴水を中心にしたロータリーになっている。そのロータリーの奥に屋敷の玄関がある。

 20年間誰も住んでいないのに、噴水の水は今も流れ続けている。


「坊ちゃま、この水は腐っています」


 流れている水が腐るのは、異常なことだと思う。

 それだけこの屋敷は異常な状態にあるということだろう。


「さて、サンドル」

「は、はい。なんでしょうか?」

「この屋敷、毎年かかる維持費はいくらだ?」


 王都に土地や屋敷を持つと、当然ながら毎年税を収めなければならない。

 貧民街に限りなく近いこの場所でも、これだけ広い敷地だとそれなりの金額になるはずだ。


「この土地の税は、毎年小金貨1枚です。ただし、この土地の価値が上れば、大金貨数枚にはなるでしょう」


 正直に話してくれたんだと思う。

 しかし、大金貨数枚か。これだけ広大な敷地だと仕方ないけど、一般人にとってはかなりの大金だ。


「この土地の価値を上げなければ、良いということになるのかな」

「左様ですが……。悪霊が退治されたとなれば、土地の価値は間違いなく上がります。なにせ、この周辺は先ほど見ていただいたように、空白地帯です。開発するには、都合が良いのです」

「貧民街の目の前だぞ?」

「これだけの敷地を開発するのですから、貧民街のほうもそれなりのテコ入れがあると思います」

「それ、オレが悪霊を退治したらってことだよな?」

「そうなりますね。悪霊を退治してこの屋敷を売れば、かなりの金額を得ることができます。売却益でウハウハですよ」


 サンドルは目をキラキラさせた。

 商人が利益を求めるのは、当然のことだ。

 彼の考え方は至極もっともなものだから、不快感はない。


「悪霊を退治した後に家賃を上げるようなことはしないだろうな?」

「その場合は、新しい屋敷を激安で紹介させていただきます」

「……パル。帰るぞ」

「はい」

「あっ、待ってください!」


 サンドルがオレの腕にすがりつく。


「離してくれるかな」

「お願いです! 悪霊を退治してください!」


 本音が出た。

 これだけの屋敷を遊ばせておくだけでも勿体ないのに、毎年小金貨1枚が無条件に取られる。

 金額は大したことなくても、赤字を垂れ流すのが嫌なんだと思う。


「この屋敷はオレが小銀貨5枚で借りる。無期限でだ」

「それでいいです!」

「悪霊をなんとかした時は、大金貨5枚を報酬としてもらいたい」


 相手は商人なんだから、こういった交渉は当然。


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