第41話 きみに用はありません

 中条くるみは、憎悪がたっぷりの顔で小林さんをにらんだ。


「あんたなんか、呼んでないでしょ!」

「くるみ、バカなことやめて!」


 金太郎アメの効果はぬけた。それでもまだ、こんなに狂っているのか。小林さんがゆっくりと屋上へでる。続いて、おれと玲奈もでた。


「くるみ、ちょっとフラれただけよ。もっといい人と、また出会えるって」

「瀬尾さんみたいな人、ぜったいいない。カッコイイし、やさしいし、お金持ちだし。ホテルのスイートに泊まれたのよ!」


 そうか。迎えのハイヤーにスイートルーム。この歳でそんな体験しちゃうと、もう夢中になっちゃうか。薬の効果だけじゃなかった。おかねも魔力だ。


「余計なことしなきゃ、瀬尾さんはずっと会ってくれたのに!」

「そんなの遊びだって!」

「わかんないじゃない!」

「薬盛られて、なに言ってんの!」


 小林さんの指摘は、ごもっとも。しかし中条。柵の外にいるのがやっかいだ。ハッタリであって飛びおりるとは思えない。思えないが、はずみということもある。


「とりあえずさあ、中の廊下で待てばいんじゃね? ここけっこう寒いし」

「近づかないでよ!」


 だめか。もう少し近づけたら、さっと走って捕まえ、四の五の言わさず引きずりもどすのも手だと思っていた。


「くるみ、いま夢中でも、あとで冷静になったら後悔するよ」

「カリン、男と付き合ったことないでしょ。あんたに偉そうにされたくない!」

「くるみのほうが、わかってない!」


 小林がなぜか、おれのほうをちらっと見た。


「最近わかった。恋ってなにか欲しがるものでもない」

「なに言ってんの、相手が欲しいに決まってるでしょ!」

「ちがうの。前はそう思ってた。でも最近、そうじゃないってわかった。恋って、相手の幸せを願うだけ。ただ好きなだけ。くるみのはね、恋じゃくて、ただの欲望!」


 小林が柵に向かって歩きだした。


「来ないで!」

「もうやめよう、相手の人、ぜったい来ないよ」


 中条くるみが下を見た。小林、それ以上追いこむと危ない!


 いちかばちか、駆け寄るか。そう思ったとき、屋上のまわりにコウモリが飛んでいるのに気づいた。待てよ、目が赤いぞ!


「玲奈、やつが来る!」


 ふり返って言ったが、玲奈の姿がない。


「手下を使って探させていましたが、意外に早く見つかるものですな」


 うしろではなかった。貯水タンクの上。ダークスーツに身を包んだ瀬尾が、なぜか玲奈を腕に抱いている!


 玲奈は目を閉じ、ぐったりとしていた。


「玲奈!」

「魔術で眠らせましたので、さけんでも無駄ですよ」

「瀬尾てめえ!」


 うしろからも声がした。


「センパイ! 瀬尾センパイ!」


 ふり返ると、中条くるみが必死で呼んでいる。


「ああ、私は忙しいので、きみの相手はできません。落ちるなら、どうぞお好きに」

「ウソ・・・・・・」


 中条が思わず両手で口を押さえた。


「手を離すな!」

「ああっ!」


 バランスを崩した中条が手をふりまわす。駆け寄った。でも間に合わない!


「くるみ、手をのばして!」


 小林だ。のばした手をつかむ。おれも追いつき中条の服をつかんだ。引き寄せる。中条もしっかりと柵にへばりついた。


「おや、おしい」

「コウモリ野郎、てめえ、おりてこい!」


 ふり返りさけぶ。しかし吸血族は笑みを浮かべたままだ。


「その挑発に乗りたいのは山々。されどいまは急ぎの用がありますので」

「玲奈を置いてけ」

「いえ、この娘を探しておりました。魔力が足りませんので」


 瀬尾が漆黒の翼を広げた。


「待て、瀬尾!」


 吸血族の男はにやりと笑い、翼をはばたかせた。なにか投げるものはないか。周囲を見る。屋上だ。なにもない。


「くそっ、たのむ!」


 ポケットからトランプをだした。ピンチのトランプ。箱のフタをあけ一枚取りだす。『ハートの9』なにも起きない。なんでだ!


 頭上の瀬尾を見る。かなり上昇していた。腕の中で玲奈はぐったりとしたままだ。このまま連れ去られるしかないのか。


「くそっ!」


 思わず玲奈に向かってトランプを投げ捨てた。投げ捨てたはずのトランプは、一直線に夜空を飛び、玲奈のスカートに張りついた。ハートのマークが光る。


 今夜の空は、分厚い雲におおわれていた。真っ暗な夜空でハートの光が目立つ。光はどんどん遠くなった。星がまたたくほどの大きさだが、それでも光は見える。必死に目で追いかけた。


 光は駅の方向だ。それが上空で消えた。いや、着いたんだ。目をこらすと大きな建物の影だとわかる。開発中のエリア。建設中のビルだ。


「山河くん!」


 小林を見た。柵のあいだから手を入れ、中条くるみの服をつかんでいる。中条は柵の向こうにあるわずかな幅にへたりこんでいた。


「飛ぶのを見て、気を失っちゃった!」


 そういうことか!


 駆けより、おれも中条の服をつかむ。柵のこちらに引きずりこんだ。


「あとは大丈夫。玲奈ちゃんを追って!」


 小林にうなずき、おれは駆けだした。武器がいる。坂本店長のとこに寄らないと。

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