第39話 怒りの中条くるみ怖し

 駅前のハンバーガーショップにいる。


 二階の一番奥にある席だ。たしかに、二階は仕切りが高い。この一番奥だと、ほかの席から全く見えなかった。


「あれから、室田先生に呼びだされた?」


 聞いてきたのは、前の席にいる小林さんだ。


「いや、なんにも」


 担任からも言われていない。室田先生は、うやむやにして終わらせるようだ。


「それで小林さん、友達の中条くるみは来るって?」

「わたしの話におどろいてたけど、最初はしぶった」


 マジか。だいぶイカれてるな。友達が妊娠したって言ったら、大ごとだろう。


「でも、相手が山河くんだって言ったら、私も話があるから行くって」


 わお。結果として、妊娠の話は要らなかったのかも。


「あっ、二階に着いたみたい」


 小林がスマホを見て言った。それから立ちあがって手をふる。


 中条くるみが、おれたちの席に来た。背が低く黒髪のショートボブ。普段ならかわいらしい子だと思われた。だがいまその目は釣りあがり、バッキバキに怒っている。


「探してよね」

「はっ?」

「あなた投げたやつ」


 おー、アメ玉のことか。友達の妊娠じゃなく、もはやそっちなのか。


「くるみ、とりあえず座って。あなたのコーヒー頼んでおいたから」


 中条くるみはムスッとした態度で、席に勢いよく座った。その表情のまま砂糖とミルクを入れ、おれをにらむ。怖え。反抗期をこじらせた男子でも、こんな顔はしない。


「あなたが投げたんだから、探してよね」

「わかったわかった。あとで探すよ」

「今すぐよ!」

「まあ、コーヒーでも飲めよ。おれ、バーガー食うから」


 おれが包みをあけてハンバーガーを口にすると、中条くるみもコーヒーを飲んだ。よし、ひとくち飲んだぞ。


「カリン、なんでこんなやつと?」


 カリンとは小林のことだな。妊娠のことを思いだしたらしい。


「あー、まあ、その場の勢い?」

「おえっ」


 小林のセリフもどうかと思うが、吐き気のマネをして嫌悪感マックスな中条の顔がすごい。おれ、こんなストレートに嫌われたの初めてかも。


「お待たせしておりました、ナゲットです」


 店員の声がして、ナゲットを持ってきたのは室田夫人だ。


 うわー夫人、霊薬エリクサーをひとくちだけ飲むと言っていたが、それでも妙に輝きがある。ここ数日で何回も霊薬エリクサーを口にしたからだろうか。もともと赤毛でハッキリとした顔立ちだったので、ずいぶんと美人オーラがただよっていた。


 夫人がナゲットを置いたあと、そっと中条くるみの肩に手を置く。


浄化プリフィカート


 夫人が小さくつぶやいたのが聞こえた。そしてすぐに去っていく。


「あれ?」


 中条くるみが目をしばたかせた。


「なんかへん」


 まわりをキョロキョロしている。


「くるみ、それ、変じゃないの。前が変なの」


 横に座る小林が言った。さあ、これから、ごりごり強引な作り話の始まりだ。


「くるみが、最近ずっとなめてたアメがあるでしょ」

「う、うん。よく知ってるね」

「私に一個くれたじゃない。おいしいからって」

「そうだっけ?」

「そうよ!」


 小林、なかなか自然な態度で説明できてる。


「それで、家で食べようと思ったけど、変な匂いがして」

「えっ、しないわ!」

「私はしたの。鼻がいいのかも」


 おう、いい誤魔化し。その鼻に今日はタネが入ってたけど。


「気になったから、知り合いに調べてもらったの」

「えー?」

「だって、嗅いだことない匂いだったんだもん、くるみがお腹壊したら心配でしょ」


 なんとなくだが、中条くるみも納得している。


「そしたらね、使っちゃいけない成分が入っるんですって!」

「なにそれ?」

「気分がアゲになるらしくて、クセになっちゃうそうよ」

「えっ、ドラッグ?」

「そこまでじゃないみたい。でも食べないほうがいいって言われた」


 中条は眉をしかめた。まだ納得はしてないようだ。


「ほら、くるみ、小学校のときだって、冷蔵庫にオレンジソーダがあったって持ってきて、ふたりで飲んだらカクテルだったでしょ。あれも私がさきに気づいたし」


 ふたりは小学校からなのか。けっこう長い。


「そのコーヒーに、成分を打ち消す薬を入れてたの。いま頭がスッキリしてるでしょ」


 コーヒーを見つめる中条の顔は、かなり複雑だ。でもひとつ良かった。一般人がどうやって成分なんて調べるんだとか、そういう細かい所はショックで思い至ってない。


「ちょっと瀬尾さんに聞いてみる」

「うわあ、それ三年の人だろ。上級生か」


 おれは白々しく声をあげた。


「上級生に目を付けられたくないから、おれの名前は出さないでくれる?」

「そんな人じゃないわ。すっごいやさしくて。下級生に怒るような人じゃないわ」


 あいつ、怒らないけど、笑いながら人殺しそう。


「くるみ、なにかの偶然でそういう成分が入ったのかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。あんまり近づかないほうが、いいんじゃない?」


 小林が正論だと思うが、中条くるみは首をふった。


「そんな人じゃないわ」


 そんな人だよ!


 中条は、ふっとなにか気づいたように、おれを見た。


「じゃあ、アメの瓶を投げたのって・・・・・・」

「あれは偶然!」


 横から小林が言った。


「でも、山河くんには相談してたの。友達がこうだって。なので、今日はとっさに動いてくれたのね」


 いきなり立ちあがった中条は、おれのほほをバシッ! と平手打ちした。


「それで、仲良くなって、カリンに手を出したのね!」


 ・・・・・・い、痛い。シラフに戻って、妊娠の話がフラッシュバックしたようだった。




 小林と一緒に、ご当地コンビニ『シックス・テン』に帰る。


 学校が終わり、ハンバーガーショップ、それからここだ。もう、日は暮れ始めていた。


 地下におりて山小屋みたいな部屋に入る。尊師坂本店長に、玲奈、それに室田先生と娘の早貴ちゃんもいた。


 テーブルには、コーラの空き瓶が数本ある。おれたちを待ちながら飲んでいたようだ。


「おう、首尾はどうだった?」


 ドワーフ店長が聞いてくる。


「はい、なんとか、わかってもらえました」

「おれは平手打ちされたけど」


 小林の返事に付け足しておく。おれと小林も席に座り、ハンバーガーショップでの出来事を話した。


「じゃあ、妊娠の誤解も解けたのか?」

「はい、呼びだすためのウソだった、という話にしました。彼女、私を無視していたのも覚えているので、そこはすんなり信じてくれました」


 殴られ損のような気がしないでもないが、まあ、丸く収まって良かった。


「先生、おれの問題行動は、職員室で話題になってません?」


 室田先生に一応聞いてみたが、先生は笑って首をふった。


「一年生の生徒から、担任の先生に話はいくかもしれないが、放っておけばいいよ。当の本人であるぼくが言いださない限り、事は大きくならない」


 そう言われて安心したが、室田先生は顔をしかめた。


「しかし、瀬尾くんか」


 先生が悩むのも無理はない。少年少女の中にオッサンが混じり、やりたい放題なわけである。


「あっ、でも、あいつ、もうすぐ街を出るって言ってました!」

「もうかい? 転校してきたばかりなのに」

「おれもそこは聞き返してみましたが、答えてはくれませんでした」


 そんな話をしていると、ドアがひらき、入ってきたのは室田夫人だ。


 まっさきに小林さんが立ちあがり駆け寄る。


「今日は、ありがとうございました!」

「うまくいった?」

「はい!」


 娘の早貴ちゃんが不思議そうに夫人を見ていた。


「お母さん、今日なんかキレイ」

「そう。ちょっとしか飲んでないのにね。霊薬エリクサーの影響よ」


 聞けば、ほかのスタッフや客から妙に視線を集めてしまったらしい。


「きみは、もとが美人だから」


 そう言ったのは室田先生だ。


「お父さん、キモッ!」


 これ、娘。


 夫人が席に着くと同時に、玲奈がポケットからサファイアのような小石をだした。


「室田さんのお宅で拾ったものです」

「あら、魔石ね、それもなかなかの大粒!」


 先生が興味津々の顔で小石を取った。


「魔石か、すごい・・・・・・」


 先生もすっかり『こっち側』だ。


「葉月さん、借りてもいいかな? 調べてみたい」

「それは、先生たちのものです。おうちで拾ったのですから」

「ダメよ、この大きさと輝きなら、けっこうな値のはず」


 夫人はそう言って、ドワーフ店長を見た。


「そうだな、百万ちょっとってとこだな」

「ほら、もらえないわ!」

「わたしのために霊薬エリクサーを一本使いましたし」

「あれは、こっちがお礼したいぐらいよ!」


 おれとしては、100万貯めて玲奈の絵を買いたいところだが、玲奈がガンコにゆずらないので夫人のほうが折れた。


「じゃあ、せめて、いまからみんなで、ご飯に行きましょうか」

「お母さん、それ最高ー!」

「いいのですか? 人数が多いですが」


 心配そうな顔をした玲奈だったが、夫人は笑顔でうなずいた。


「いいのよ。子供が三人増えたみたいで楽しいわ」

「むぅ、わしは勘定かんじょうに入ってねえみたいだ」

「ごめんなさいね。今日は家族水入らず、ですので」

「おう。わしはワンカップでも飲むか」


 今日のドワーフは、やさぐれてはいない。哀愁だ。

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