第29話 屋上にヴァンパイアと

 昼休みを告げるチャイムが鳴った。


 月曜日。玲奈には用事があると伝えてある。昼飯は別々で食べる予定だ。


 怪人マスタードこと、おれとしては、玲奈にウソはつかないと自分に誓った。ウソはついていないが、昼になにをするかは言ってない。


 席を立ち、教室をでた。


 おれらが通う学校「朝倉西高等学校」は一年生が四階だ。階段で二階までおりる。体つきがひとまわり大きい三年生が廊下にあふれていた。


 3A、ここだな。扉があけっぱなしの入口から中をのぞく。お目当ては、一番うしろの窓際にいた。ぼうっと外をながめている。おまえは青春映画の主人公か。じじいだろうに。


「一年、どうかした?」


 入口近くの三年生男子に声をかけられた。


「あっ、はい、瀬尾センパイに呼ばれまして」


 完全にウソだが、三年生はくるっとふり返り大声をあげた。


「瀬尾くーん、一年来てるよ」


 窓の外をながめていた瀬尾が、こっちを見る。3秒ぐらいは見つめ合った。さあ、どうでる?


 瀬尾は席を立ち、こっちに歩いてきた。


「瀬尾くん、この街に知り合い、いたんだ」


 呼んでくれた三年生が瀬尾に声をかける。


「ああ、親戚なんだ」

「へー!」


 適当に答えすぎだろう、瀬尾パイセン。またの名をヴァンパイア瀬尾。


「屋上行って話すか」


 瀬尾が言う。おおう、ほんとに青春映画みたいになってきた。




 今日は晴れていて、屋上は気持ち良かった。ほかの生徒の姿はない。


 瀬尾は屋上の手すりまで進み、背中を手すりにもられさせた。アメリカ人というよりドイツ人っぽい彫りの深い外人顔。さらっさらのブラウンヘア。こいつ、モテるだろうなぁ。


「いきなり来るなんて、やるじゃん。想像してなかったよ」

「うん? センパイ、口調ぜんぜんちがう」

「そりゃまわりに合わせるさ。覚えるのに数日かかったけどな」

「手慣れてますねぇ」

「まあ、高校生を演じるのは、今回で三回目だしな」


 まったく意味わからん。


「三回目って聞いてもいいです?」

「いいよ」


 意外にあっさり教えてくれた。話によると、この瀬尾という男、ずっと架空の戸籍を作り続けているらしい。おじいちゃんも、お父さんもいる。でもそれは自分。


「すんません、全然わかりません」

「頭悪いな、勇者」


 むっとするが、頭悪いのも確かだ。


「そうだな。戸籍上おれは今年で18歳。三年後ぐらいに架空の女性と結婚して、一年後に架空の子供を産む。その子が17歳になったとき、また生身の俺が登場するわけさ」


 すごい噛みくだいて説明してくれたっぽいけど、それでもよくわからなかった。


「じゃあ、だいたい20年ごとに高校三年生をするって感じですか?」

「まあ、そんな感じ」

「なんでまた?」

「俺ら吸血族は見た目が変わらないからな」


 ああ、なるほど。高校一年生と三年生でもずいぶんちがう。


「毎年、三年生じゃだめなんすか?」


 偽造ネットワークは巨大な組織っぽい。毎年あらたな戸籍でも作れそうだった。


「持ってる土地やビルがいくつもあるんだ。運営していくには、架空の瀬尾一族が必要になる」


 うわぁ。金持ちだ、このヴァンパイア。


「あれ? そんな重大な秘密をペラペラ。これ、おれは殺されるパターンっすか?」


 瀬尾は冷笑を浮かべ、くるり背を向けて手すりを持った。


「もうすぐ街をでる予定だ。おまえが騒ぎ立てなきゃ、なにもないよ」

「えっ、来たばっかじゃないですか」


 この人のその20年ぶりぐらいの高校生活は、始まったばかりだ。


「おまえ、ひとりで来たのは、あの魔王の女。そのことだろ」


 そのとおり。


「別に、俺、女に不自由してないんで、もう興味は失せた」


 マジすか。


「ただし、あんま図に乗ると、殺すぞと伝えておけ」


 ぞっと鳥肌が立った。たぶんこいつ、本気をだすと相当に強い。


「ハイ! サーセン。瀬尾センパイ!」


 おお、怖え。戦わないで済むなら、それが一番だ。


「き、きみたち、ケンカじゃないよね」


 階段のほうから、声がしてふり向く。先生だ。


「ちがいますよー」


 瀬尾が答え、おれに小声でささやいた。


「俺のクラスの担任だ」


 なるほど、あの入学日の校門だ。この瀬尾と一緒に歩いていた先生か。


 先生は心配そうにこっちを見ていた。


「なにか問題でも起きたかな? クラスの子から、瀬尾くんが下級生を呼びだしてたって聞いたから」


 ありゃりゃ。気弱そうな先生だけど、この先生、いい先生かも。心配して見にくるんだから。やる気のない先生なら、ほっとく。


「そのチクったウゼーのは、だれです?」

「せ、瀬尾くん、チクったんじゃないよ。心配されたんだよ」


 瀬尾は先生のほうに歩きだした。


「俺もおまえらに関わらないから、俺にも関わるな」


 横を通るときに、瀬尾はそう言った。


「室田先生、心配しすぎですよー。俺、なんもやってないじゃないですか」

「転校生だから、心配はするよ」


 瀬尾は先生と話しながら、屋上から去っていった。


 ・・・・・・えっ?


 おれは自分のクラスへもどった。


 席につき、机の中に入れっぱなしにしていた『入学式のしおり』を取りだす。


 ページをいくつかめくり、凍りついた。先生の一覧だ。


「3年A組担任:室田むろた泰典やすのり 担当科目:数学」


 残留者リメインダーであり僧侶、室田婦人の旦那さんだ。

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