一章 二色のまじわり②
渡り鳥のような生活は慣れている。大陸は広いと聞いた。どこにだって飛んでいける。石を投げられたら、また新しい
小鈴は背負っていた
一度は手放すと決めた力を使おうとする姿を見たら、祖父は笑うだろうか。
(おじいちゃん、ごめん。ちょっとだけ力を貸して)
手に
絵の具の元になる粉を、
まずは筆を朱で
小鈴は子熊の小さな手を
この熊と出会ったのは運命だと思った。祖父が黄金の瞳を
「今、助けてあげるよ」
小鈴はゆっくりと幹に隠気を移す図柄を描いていく。
(相手が木でよかった。人間や動物だったら今の私には無理だったもん)
植物に比べて、人間や動物の身体は
図柄を描いていくと、つい鼻歌交じりになってしまう。
それは
一割ならば、身体への
いつの間にか、男がいることも忘れていた。鳥の
「おい」
ふう、と息をついたとき、後ろから声をかけられた。振り返れば、
「まさか、絵を描いて『咲きました』とでも言うつもりか?」
「ここからが本番。ここに手をかざしたら、
小鈴は
手をかざせば、彼の隠気が杏の木に移るようになっている。何も知らない人を
「そんな
「ずっと見ていたでしょ? ただ絵を
「
「あなたが一人で熊退治をしようってくらい勇気のある男だってことはわかった。
彩絵術を知らない嵐南国の人にとって、これはただの絵でしかない。
男がゆっくりと手を
彼は静かに幹に描かれた絵に右手を伸ばした。その
(よし! うまくいった)
「おい、絵が消えたぞ!?」
「
「何が見ていて、だ。何も──……」
男は言葉を失った。
増えていく蕾。木に隠気という血が
「おい、どうなっているんだ?」
「枯れ木に花を
その木だけ時間が早送りになっているかのように、枝についた蕾は大きくなり、
(あれ? 思ったよりもたくさん咲いたな)
男は何度も自身の手と木を交互に見ていた。
当分、
「約束どおり、この子は
小鈴は男に背を向けた。奇跡に
「待て! この木に何をした?」
男は
うまい言い訳など考えている暇はなかった。
「ただ願いを込めて木に絵を描いただけ。天がこの子を
この国の皇族には天賦と呼ばれる力がある。しかし、
男の
「話はそれだけ? 私もあなたと
「まだ話は終わっていない」
「だから、あの木は──……」
「とりあえず、あの木は天の
男は小鈴の腕を離さない。小鈴と一緒に子熊を
「そんなに心配なら、すぐにここを出て行くから安心して。それなら、あなたたちも安心して暮らせるでしょう?」
「家族はどうするつもりだ?」
「……家族なんていない。
小鈴の
男は驚いたのか、掴んでいた手を離す。小鈴は
「すまない。悪いことを聞いた。だが、なおさら無責任に放ってはおけない。女一人で都の外に出るのはやめておけ。外は
札を目の前に差し出された。手のひらにのるほどの大きさだ。銅でできた札には文字が書いてあるが、なんと書かれているかはわからない。
「これは?」
「それが何かもわからないのか。まあ、いい。何かあれば城に来て、門番にこれを見せろ。俺にすぐ
城という言葉に
断ろうと口を開いたとき、男は小鈴の
「ちょっとっ!?」
「お守りだと思って持っていればいい。金に困ったら売ってもいいぞ? それで、どこに住んでいる? 後日、君がこの
家にまで来られてはたまったものじゃない。何もかも言いなりになどなるものか。
「家は教えたくないか。まあ、またここで会えそうだからいいか。なら、名くらいは教えてくれ。それくらいならいいだろ?」
「……
「俺は
「だから、
「
夏涼は熊の頭を乱暴に
彼の姿は少しずつ小さくなっていく。
「ほら、怖いお兄さんはいなくなったよ。網から出してあげるから離れてもらえるかな?」
小鈴は腕の中で
地に足をつけようとしてうまくいかなかったのか、地面にコロンと転がった。そのまま
「待って。動いたら
頭を何度か撫でてやれば、子熊は落ち着きを取り戻す。おとなしくなったところで、網に小刀を当てた。網から引き出せば、安心したように地面に座る。大福のようにぽってりとした形は愛らしく、つい頭をぐりぐりと撫でた。
「
見張るつもりなど、はなからない。夏涼の言うとおり、どんなに小さくても
まだ小鈴が
夏涼は確認しに来るというようなことを言っていたが、「いつの間にか消えた」とでも言っておけばいいだろう。子熊は言葉が理解できないのか、ただ小鈴を見上げる。
小さく愛らしい子を置いて行くことに後ろ
「ちょっと!? 離してっ! お願い!」
離さないとばかりに抱きついた
杏の花の下で、小鈴と小さな熊の
「あのね、私と一緒のほうが危ないんだよ?」
人間の言葉が理解できるかはわからない。対話を試みたものの、子熊の必死な様子を見ると、簡単に
(この子も変な柄だから親に捨てられちゃったのかな?)
「……よし、わかった。一緒においで。一人は
幸い、まだ
子熊の目が
これを妖獣だと思った人は、目が悪かったのだろう。
「一緒に暮らすなら名前が必要だね。ずっと『熊』って呼ぶわけにもいかないし。白と黒だから……『
子熊はきょとんとした顔で小鈴を見る。小鈴は腰につけていたお守り
「これが碁石。私のおじいちゃんはね、囲碁が好きだったの」
子熊の前に白い石を一つ置く。その石の左右に黒い石を一つずつ置いた。
「ほら、そっくり」
ね? と笑えば、子熊の瞳の輝きが増したような気がする。子熊は
「友情の
三つの碁石をお守り袋にしまうと、小鈴は子熊の首にくくりつけた。喜びを表しているのか、碁石は小鈴にしがみつく。
後宮彩妃伝 その寵妃、天賦の筆で初恋を隠す たちばな立花/角川ビーンズ文庫 @beans
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