序章
月が笑う夜、
額に
水鏡に映し出された黒い
「ありがとう、おじいちゃん。
「……本当にこれでよかったんじゃな?」
祖父は息を
「小鈴の
祖父の手が額の花を
小鈴は黄金の瞳を持って生まれた。黒い瞳ばかりの
この瞳には
この世界で生きる
隠気が
小鈴はその
「私はずっと、こんな力があるより、みんなと同じになりたかったから、これでいいの」
先ほどまで見えていた祖父の身体に流れる隠気は、もう見えない。小鈴の能力は黄金の瞳とともに
生まれたころからともにあった能力だが、隠気が見えないことに少しだけほっとしている。
祖父の
ここ数日、祖父の中に巡る隠気は少しずつ、身体から
死期が近いからだ。
小鈴にとって、祖父は
「ずっとこの黄金が小鈴を苦しめておったこともわかっておる。だが、小鈴の黄金の瞳を封印するということは、同時におまえの能力と特技も
「わかってるよ。耳にたこができるくらい聞いたもん。〈
小鈴はへらっと笑うと、
小鈴は
彩絵術──それは、絵を
彩絵術は単純だ。決まった
床の上に描いた図柄は、彩絵術を学ぶときに一番に教えられるものだ。水を大地から呼び出し、
小鈴は図柄に手をかざす。しかし、隠気が流れる気配がなかった。本来なら、すぐに小鈴の隠気が絵を
「本当だ。何もできないや」
小鈴は小さく笑う。彩絵術は小鈴にとって逆立ちをするよりも簡単なものだった。図柄は完璧だ。自身の手をまじまじと見る。何も変わらない。不調を感じるわけでもなかった。
小さなため息を
「小鈴の隠気は全て、その額の花を介して黄金の瞳の封印に使われておる。黒を保つにはそれくらい隠気が必要じゃ。今後、彩絵術を使うことは無理じゃろう」
「つまり、これからは飲み水も
自然に干渉する彩絵術を使えば、いつでも
「だから
「はいはい。これからはちゃんとやるから。もう十八なんだから、それくらいできるよ」
(そうだ。これからは一人で何でもできないといけない)
まだ文句を言いたりないと祖父は口を開きかけたが、
「ほら
彩絵術が使えたならば、冷え切った部屋を暖めることも容易だった。しかし、今はどうすることもできない。自分の分の
吐く息が白かった。
(これが、普通ってことか)
普通になっても、笑うのは下手なままだ。
「おじいちゃん、黄金の瞳は
瞳の封印を施すか
祖父の
「そんな顔しないで。私はもう、どこに行っても石を投げられることもないし、雪が降る中、追い出されることもない。今は最高の気分なの。だから、気に
満月が二つ並んだような瞳が
この瞳を
片方の口角だけが上がった下手な笑顔を見せる。
祖父がゆっくりと口を開いた。
「小鈴の黄金は神に愛された特別のものじゃ。
祖父の弱々しい手が小鈴の手に重なる。幼いころ、祖父の手はもっと力強くて大きいと感じていた。今はなんと弱々しいことか。
「
「
「花が散ることを怖がることはない。それが運命だからじゃ。花が散らねば実はならん」
まるで別れの言葉だ。とうとう一人になる。物心ついたころから、祖父は小鈴のすぐ
「小鈴、これをやろう」
祖父は
親指の
「
「それは碁石じゃない。儂が何年もかけて作り上げた……
「どこへでも?」
「ああ、好きなところに行きなさい。そこで幸せを見つけるといい。小鈴とは色々な場所を巡った。気に入った場所が一つくらいあったろう? 南でも北でもいい。おまえの全てを受け入れてくれる人が見つかるはずじゃ」
しわくちゃの手が小鈴の手をゆっくり撫でる。祖父は目を細めて笑った。
「全てを受け入れてくれる……か」
祖父以外にそんな人が現れるとは思えない。
巣から飛び立つひな鳥はどんな気持ちで羽を広げるのだろうか。
それから数日後、小鈴にとって唯一無二の花が散った。
「おじいちゃん。私をずっと、ずっと遠くへ連れて行って。同じ場所に行くなんてつまらないよ。行くなら私のことを知っている人がいない場所がいい」
小鈴は強く願った。幻倭国の中は行き
しかし、願いを受けて宝珠が太陽のように
祖父の手のようなぬくもりだ。
これから
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