第一章 光魔法師の候補生②
島に着くと新入生は
講堂は全校生徒が集まる場所だけあり、ルーナの知る街で一番大きな教会よりも広かった。遠くに見える
講堂内に
入り口で受けた説明どおりに前方へ行くと、寮へ行く前に別れたルカと合流することができた。女子寮と男子寮は場所が
「ルーくん、寮どうだった?」
「おー、一人部屋で快適そうだった。ルーナは?」
「もうすっごくいいところだった! お
「それは何より」
ルカはルーナの反応におかしそうに笑った。
「でも、これからはお
「同じ島にいるんだから、すぐ会えるだろ。毎日同じ学園にも通うんだし」
「うん……そうだね」
ルカもルーナと同じで初めての一人暮らしになるが、まったく不安はなさそうだ。心配させたくはなくて、ルーナも笑顔でうなずいた。
そうこうしているうちにほとんどの生徒が講堂内への移動を終えたようで、ルーナたちの周辺にも特進生がそろったようだ。その中には船の上で砂器を拾ってくれた
ほどなくしてがやがやしていた講堂内が静かになっていく。周囲の生徒の視線が
「全員集まったようだな」
学園長は五十代だと聞いたが、四十代前半にも見える若々しさだ。白い長い
「一年生の諸君は、入学おめでとう。砂魔法師を目指すからには、砂魔法の技術だけでなく、私生活や教養についても一流として
生徒たちがざわついた。特に在校生のざわつきが大きい。一年生は入学式のつもりで来ているが、二年生や三年生は、チーム編成を知ることが今日一番のテーマなのだ。
「アメーラ先生」
学園長が
(もしかして、砂魔法?)
砂魔法師の資格を得た者のみがリスピ石の所有を、砂魔法の使用を許されるため、この目で見るのは初めてだ。例外的にこのウルビス島では生徒も砂魔法の使用を許されるが、リスピ石が配布される前の今は、当然砂魔法を使えない。
(それにしてもあれ……本当に先生?)
かなり若く、下手すれば生徒のように見える。服装は制服と異なり、ピンクのドレスワンピースに、短い黒ボレロだ。
「あの髪、いじってるらしいぜ」
彼女に見入るルーナに、隣のルカが言った。
「いじってる?」
「人工的な髪色ってこと。砂魔法で作った薬を定期的に飲んで、色を変えてんだよ」
「あー……なるほど」
確かに、ルーナたちがいた街では決して見ない髪色だ。
ピンク髪の教師が砂器を
(うわ、綺麗……)
宙に舞う砂が、魔法陣の発動により光に転じる。それから少しして壇上に現れたのは、大きな灰色の石板だった。そこへ、白い石で石板を傷つけていくかのように人の名前が書かれていく。どうやら、チーム構成が書かれているようだ。
「うわー……すごいね! ルーくん!」
「ああ、すごいな」
こうしてチームが発表されていく中、学園長がそうそう、と言葉を発した。
「砂魔法師は技術はもちろんだが、人間性も重視される。どこへ行っても重要な役割を任される立場だからな。その意味でも我が校では、チーム課題の成績を重視し、卒業時に国へ伝える成績へと反映している」
砂魔法師にもランクがあると聞いたことがあるが、国に伝える成績というのは、それに直結するものなのだろう。つまり、この学園での成績が将来の地位に
「しかし、これまでの結果は特進生のいるチームばかりが上位の成績をおさめている。これではチーム力など見られないという声もあり、また、今年は特進生が八名いるという異例の事態から、あらかじめ通常クラスと特進クラスを分けてチームを構成することにした」
ルーナは首をかしげ、小声で隣のルカに問いかけた。
「……つまり?」
「特進生が四人のチームを二つ作るって話だな」
「わ……ということは、私、ルーくんと同じチームになれるのかな」
確率は二分の一だ。ルーナは目を輝かせ石板に視線を戻した。
入学式を終えて全生徒へ配布されるリスピ石を受け取った後、ルーナはとぼとぼとルカの隣を歩いていた。今は特進生用に用意されたチーム部屋へ向かう最中だ。
「あーあ。二分の一の確率だったのに、そこで外すかなあ」
「まあ、そういうこともあんだろ。けどほら、ルーナが楽しみにしてたリスピ石も受け取れたわけだし」
「そうだね……ついにこれで、砂魔法が使えるようになるんだね!」
落ち込んだ顔から一転して
ルーナはあらためて
「なんだか、リスピ石に触れてると安心する。リスピ石に込められた
全選定で
反応のないルカの顔を見れば、めずらしくルカがルーナに向かって変な顔をしていた。
「え、変なこと言った?」
「あー……いや、無機物に対してその感想はあんま想像しなかったというか」
「無機物……無機物なのかな」
リスピ石が感情を持っている気がするなど、おかしな考えなのだろうか。
「まあ、リスピ湖に落ちた
「へー。リスピ石ってそうやって作られてるんだ! ルーくん、あいかわらず博識だね」
「昔、
校舎を出てからだいぶ進み、橋を
「いよいよチームメイトとの対面だね。
「変な
「それ、どこで聞いたの?」
ルカだって、ルーナと同じ街暮らしだったのだ。なぜルカだけそんなことを知っているのだろうと顔を見ると、ルカは目を泳がせた。
「あー……船の上でちょっと」
(ルーくん……まさか情報目当てで女の子に声をかけたとか?)
だとしたら、ルカに
(でも今はそれよりも)
「ここから先はルーくんと別行動かあ。ただでさえ学年も違うのに」
ルカはルーナと同じく今日ウルビスへ入学したが、
「まあなあ。けど、授業後は自由時間なわけだし。メシもさ、ルーナが
「うん……うん!」
やがてルーナたちは、
「ここ……?」
「入ろう」
言うが早いか、ルカはもう門を開けていた。あわててルーナもその後に続く。重い
「ここからは別行動だな。また
「うん」
ルーナは笑顔で手を振って、あっさり右の
広々とした部屋には中央に
チームメンバーは全員で四名。ルーナが最後の
その三人の顔を見て、ルーナは「げっ」と口の中で声を
(ルーくんの名前にばっかり気をとられてたけど、そういえば看板にイヴェリーナって名前があったっけ……)
「あー……えっと、はじめまして。私、ルーナ・クピスティといいます」
ルーナの
「僕ははじめましてではないけれど……覚えていないかな」
「もちろん覚えています! あの時は砂器を拾っていただいてありがとうございました」
深く頭をさげると、彼はほほ笑みを深くした。なんだかゆったりと話す口調や彼のかもしだす
「バラッコボリの人間と同じチームだなんて。断固異議を申し立てますわ!」
イヴェリーナがダンッとテーブルに手をつき席を立った。前例のない、平民の特進クラス入学だ。多少の困難は立ちはだかって当然だろうとは思ったが、本当に最初から
(あーミートパイミートパイミートパイ……)
目を閉じて、養護院のみんなとミートパイを食べる光景を思い
「あの、
「けっこうよ。あなたとつるむ気なんてありませんわ。チーム課題なんて私一人で……」
「課題はチーム力を見るものだよ。個人の力で作りあげる成果なんて、すぐに
ディーノが穏やかな口調で口をはさんだ。確か、彼は
「では、このチームではやっていけないと教師に
「今年は特進生で二つチームを作るという話だったけど、あちらはあちらでもう一人同じ街の出身がいると思うよ。確か、ルカ・クピスティって名前が……君のお兄さんだよね?」
「あ、はい! 兄も私にあわせて今年入学したんです」
イヴェリーナがルーナを
(なんか私とこの人のせいで、集まって早々に空気を悪くしちゃって申し訳ない……って、
チームメンバーは四人だ。もう一人の存在を見れば、ふさふさでもじゃもじゃの黒い髪が彼の顔を
イヴェリーナが
「僕はディーノ・ウルヴィス・メディスツァ。メディスツァ州を
「……イヴェリーナ・ピンスーティ。ピンスーティ
さすがに目上の人物に名乗られれば、自分も名乗らざるを得なかったようだ。不承不承というようにイヴェリーナが名乗る。
「あ、私はルーナ・クピスティです。これからよろしくお願いします!」
あらためて名乗ってから、まったく聞いていない様子のふさふさ頭の男をハッと見た。
「あの、すみません! すみません!」
大声で呼びかけると、ふさふさ頭がわずかに上がる。顔は見えなかったが、目は開けてくれていると信じた。
「今、自己
「名前……めんどい……好きに呼んで……」
それだけ言葉を発すると、また髪の毛が下に下がった。また眠ってしまったのだろうか。
「ええと……メンドイさん?」
「あなたバカですの!?
イヴェリーナに
「じゃあ……まあ好きに呼んでって言ったし、ブロッコリーさんで」
もじゃもじゃの黒髪がブロッコリーを
「あなた本当にバカですの!? その方は、カルミネ・コヴェリ。コヴェリ
ディーノがルーナとイヴェリーナのやりとりを見て、くすくすと笑った。彼女が顔を赤らめる。思わず怒鳴り声をあげてしまったことが、良家の
「まあ自己紹介もすんだところで。よろしくお願いします。ディーノ
「ですから、あなたとよろしくする気はありませんの」
「…………じゃあせめて、リーダーを決めませんか? それを決めたら、イヴェリーナ様もその人に従えばよくなるし……」
「ではご自由に決めてくださいな。今日は私、もう帰りますわ」
「ええ!?」
「あなたと一緒の時点でチームの優勝はあきらめましたわ。私、個人成績で
「ぐ……」
本来ならルーナも同じセリフを返せばいいのかもしれないが、あの約束がある。チーム優勝をしなければ、学園を去るというあの約束だ。
「そんな……あの、カルミネ先輩も起きてください! 今大事な話をしているんです!」
ルーナはカルミネの
「いや……僕もね。個人成績のほうでもう賢者試験資格は持っているから、特にチームで成果を出す必要はないんだよね」
「なっ……」
一番の味方かと思われたディーノは、どうやらこのチームで一番優勝する動機がないらしかった。カルミネはそもそものやる気がなさそうだし、となると、優勝してメリットのある人物はイヴェリーナくらいしかいないようだ。
すがりつくように彼女の顔を見たが、返ってきた答えはある意味予想どおりだった。
「お話はこれまでのようですわね。あきらめて自分の居場所へ帰ったらどうですの?」
まるで犯罪者は犯罪地域へ帰れとでも言っているようだ。
(もー、犯罪なんてしたことないって言ってるのに、しつこい!)
「あの!」
思わず口から低い声が出れば、イヴェリーナが何よと言いたげな視線を向けてくる。
「私のこと気に入らないって言いますけど、せめて私を知ってからそう言ってくれませんか? 何も話す前から一方的にあれこれ言われても困ります! だいたい、バラッコボリのことだってなんにも知らないくせに……」
「知ってますわよ」
え? とイヴェリーナの顔を見れば、彼女はルーナを睨みつけた。
「私が
特段
「ですが、だから言っているわけではありませんわ。私、最初は貧困街の人だって、私と生まれた場所が
「それは、なんて言ったらいいか……」
「それだけではありませんわ。私、花売りの娘から高値で花を買いましたの。そしたら
「イヴェリーナ様……」
(十回も
それは確かに、バラッコボリが
気づけば、ディーノが話を聞いていられないというように横を向いてこちらを見ないようにしている。一見すれば彼女の話に同情しているように見えるが、ルーナにはなぜか分かった。彼は、笑いをこらえている。
「なんか……十回も信じてくれたのに、期待に
「別に……あなたに謝ってほしいわけではありませんわ」
「そうかもしれません。でも、バラッコボリの人が
イヴェリーナはルーナが差し出した右手を
「お断りですわ。あの頃は子どもだから信じられましたの。もう大人になったんですもの。真実は見えるようになっていてよ」
冷たく
重い
(エリートの集まり、かあ……)
別に期待なんかしていなかった。ルカがいるチームだって特進生の集まりだ。自分だけがチームメイトに恵まれているとは思わなかったし、貴族の中に飛び込むのだからと相応の反発も
(それにしたって、これはあんまりじゃない……?)
あきらめるには早い。そうは思っても、あらためて自分を奮い立たせる時間は欲しいものだ。
星の砂を紡ぐ者たち おちこぼれ砂魔法師と青銀の約束 三浦まき/角川ビーンズ文庫 @beans
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