第27話(前夜)
一月に先輩とパートナーであることを公にしてから、幸いなことにトラブルというような問題は起こらなかった。今でも廊下を歩いていると影で何かコソコソ言われることはあっても、直接ちょっかいをかけてくるような輩はいない。矢場先輩のパートナーにわざわざ手を出すメリットなんてないからだ。そして、人の噂もなんとやらで、俺の見た目も、ギフトという性別も、時間がたてばそういうこととして受け入れられていった。
唯一残念なことと言えば、先輩との時間がほとんどとれていないことだ。三年の登校日がそもそも少ないのと、帰りの時間が早いせいで、授業の合間の休み時間に先輩が俺のクラスに顔を見に行くるのが関の山という感じだった。メッセージのやりとりは欠かさず毎日していたけれど、声を聞くと会いたくなるから、電話はあまりかけなかった。
卒業式の日も、車で迎えに来てもらって一緒に登校こそしたけど、一年の席は後方にあって、俺の席から先輩を見ることはできなかった。名前を呼ばれて卒業証書をうけとる姿を見て、この学校で制服姿の先輩に会うことはもうないのだと実感し、寂しくて涙が流れた。それは、先輩が卒業生代表として壇上で答辞を述べている間も止められなかった。ただ、卒業生だけでなく、在校生でも泣いている生徒はたくさんいたから、自分だけではないことを免罪符にハンカチを濡らした。
式後も卒業生はすぐに祝賀会があって、在校生といられる時間は少なく、俺は先輩に会うよりも部活の先輩に花束を渡す方を選んだ。それは先輩にも伝えていたし、お世話になった人にお礼を言えて、公人や直哉も含めてみんなで写真を撮れたのは嬉しかった。そうして、先輩の卒業式は俺がひたすら目を腫らして終わった。
三月十日、合格発表の日。俺は朝からスマホを握りしめ、ソワソワとしていた。発表は正午だが、いてもたってもいられず、部屋の中をぐるぐる回ったり、無駄に家の階段を昇降したりと落ち着かなかった。十二時が過ぎてすぐに着信が入ったときには、コール音がしてすぐに出てしまった。先輩の第一声は「合格した」という予想通りのものだったけど、何回も「おめでとうございます」と言った。電話越しに、先輩も喜んでいるのがわかった。純粋に大学合格を喜ぶ気持ちと、これで漸く先に進めるという気持ちで胸がいっぱいだった。だから、電話の最後に「週末は泊まりにおいで」と言われたときには、それが何を意味するのかも理解した上で、息を漏らすように「はい」と答えた。
家族には、先輩が無事合格したこと、週末は先輩のいるマンションに泊まることだけを伝えた。誰もパートナーの契りについては触れなかったけれど、泊まるということがどういうことなのか、皆ちゃんとわかっているようだった。だけど、金曜の夜に母が突然赤飯を炊き始めたのには驚かされた。母なりのお祝いの方法なのかもしれないけど、パートナーになるための行為を考えると、祝われるのも恥ずかしいものがあった。
普段は家族全員が夕飯に揃うことは滅多にないけど、この日は全員で食卓を囲んだ。こういうときに一番騒ぐのは決まって次姉で、思った通り「弟が先に嫁ぐなんて」と茶化された。でも、そんな言葉すら嬉しくて、俺は「結婚じゃないから」と言いつつずっと笑顔だったし、他の家族も一緒に笑っていた。先輩と正式にパートナーとなっても俺はこの家を出ないし、家族とはこれからも強い絆で結ばれていて、喜びを分かち合ったり、時には心配したり喧嘩したりするだろう。ギフトだとわかってから、体だけでなく、俺を取り巻く環境は色々変わったけど、その間俺を一番サポートしてくれたのは家族だった。それはこの先もきっと変わらない。ここには、俺が求めていた変わらない生活がちゃんと残っていた。
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