第19話(暴露)
冬の寒さが強くなってきた十二月。冬休みに入る前に、久しぶりに先輩と外で合う約束をした。原作が漫画の、今話題になっている実写映画を見たいと話をしたら、先輩が一緒に行こうと言い出したのだ。先輩が好みそうな映画ではないし、本当は公人と直哉を誘おうと思っていた。でも、俺はあっさりと友人より先輩を選んでしまった。
近場にも映画館はいくつかあるけど、学校の生徒に見つかると後が大変だけらと、少し足を伸ばすことにして、現地待ち合わせにした。高校は色んな場所から生徒が集まるから、完璧なんて不可能だけど、先輩と一緒に出歩いているところを目撃されたら、一瞬で噂になってしまう。だから、俺の家からだと電車で四十分くらいかかる小さめの映画館の一番最初の上映時間を選んだ。
「おはよう」
「おはようございます」
先輩の私服姿を見るのも久しぶりだった。黒のチェスターコートのせいで、先輩はいつも以上に大人っぽく見えて、本当に自分と二つしか違わないのかと疑いたくなった。先輩から購入済みのチケットを受け取ると、俺たちはすぐに館内に入った。中でポップコーンやコーラを買う俺を見て、先輩が「パンフレットはいいのか?」と聞いてくる。自分が見たいものに、興味を示してくれているのが単純に嬉しかった。その上、パンフレットは結局先輩が買ってくれた。
シアター内に入ると、さすが人気な作品だけあって、満席とはいかないまでも、かなりの人がすでに席に座っていた。ただ、指定の席を探して座るも、上映時間になっても両隣は空席のままだった。盗撮禁止のアナウンスや、いくつかのプロモーションムービのあとに本編が始まる。俺はすぐに映画に引き込まれて、ポップコーンやコーラを片手に正面のスクリーンに集中した。基本的にはコメディータッチの映画だけど、シリアスなシーンもあって、何度も息を飲んだ。ちらっと横を見ると、先輩もおかしそうに笑ったりしていたから、安心した。自分の好みで付き合ってもらっている映画だけど、できることなら楽しんでもらいたい。
ところが、映画もそろそろ終盤に差し掛かるという頃だった。ふいに肘掛けに置いていた手を引かれた。先輩の右手が、俺の左手の甲をするすると撫でる。指先や爪をつまんだり、手首に指を回してみたり、それ自体は大した刺激ではないけど、こそばゆくてそわそわする。その間も映画はどんどん進んでいくのに、スクリーンに集中できなかった。俺が手を引いて戻そうとしても、捕まれ、握られ、そのまま手を繋がれてしまう。先輩の視線は変わらずスクリーンに向いたままで、抗議の視線は無視されてしまった。俺は仕方なくされるがまま、映画に意識を向け直すしかなかった。空調のせいではなく、片手だけが人の熱で温かい。映画のクライマックスは、内容こそ頭にあるとのの、どんな感情で見ていたのかよくわからなくなっていた。
映画が終わって照明がつくと、先輩はすぐに手を離してくれた。観客がゾロゾロと出ていく流れに、俺達もついていく。
「楽しみにしてたのに」
「手を繋いだことはないなと思ったらつい放せなくなった」
少しだけ申し訳なさそうに言われて、確かに手を繋いだことがないことを思い出し、急に気恥ずかしくなって、照れ隠しで前をいく先輩の背中をバシッと叩いた。午後は先輩に予定があって、映画を見たらすぐ解散することになっていた。恐らくこの時間だって無理矢理予定を開けてくれたに違いない。先輩の実力に疑いの余地はないけど、自分のせいで受験勉強が疎かになってしまっては困る。このあとは恐らく予備校にいくのだろう。先輩と俺では使っている路線が違うから、駅に向かう途中で別れることになったけど、ほんの少し名残惜しさを感じた。
「また学校で」
「先輩も、頑張ってください」
「まあ、俺のことはあまり心配しなくて平気だから」
何度か後ろを振り返りながら先輩と別れた後、行きと同じ駅へ向かう途中で、大きめの本屋を見つけて中に入った。バイトをしていると、他の書店の陳列やコーナーの作り方が気になってしまうもので、漫画や雑誌を物色した。そこで読んでいる漫画の最新刊を買い忘れていることに気づいたけど、バイト先で買った方がいいからグッと我慢して店を出ようとしたところだった。後ろから、「すみません」と声をかけられた。振り向くと、書店員ではなさそうな二十代半ばくらいの男性が立っていた。店内なのに勧誘かと無視しようとしたところ、「矢場成海のことで、話したいことがあるんだけど」と言われ、つい体がピクリと反応してしまった。
「なんのことかわかりません」
「成海と一緒だっただろう。そこのファミレスでいいから入らないか」
男性の口調から、映画館にいたときからつけられていたことを悟り、諦めて誘いに応じることにした。ファミレスなら何かトラブルが起きても、危険に晒されることは少ないはずだ。店内に入ると他の客からは目につきにくい奥の席を案内してもらい、飲み物を注文した。恐らく話というのはプレゼンツに関することだろう。あまり良い状況でないことは明らかだったから、こっそり先輩に連絡を入れようとしたけど、スマホをテーブルの上に出しておくように言われ阻止されてしまった。
飲み物が来る間に、男性から小さな封筒と名刺を渡された。名刺には、
「君の名前は?」
「…···言いたくありません」
「そう」
名前を聞くということは、俺のことはほとんど知らないで声をかけたに違いない。男性は俺の不遜な態度も気にしていない様子で、黙ったまま表情を変えることはなかった。暫くすると店員がコーヒーとコーラを持ってきて、伝票を男性側に置いて去っていった。
「成海と付き合ってるの?」
「なぜですか?」
「あいつのどんなところがいい?テイカーだから?」
男性の口から出てきた言葉の意味がわからず、つい眉間にシワが寄った。見ず知らずの人間にプレゼンツについて言及されるのは気分が悪いし、何より初対面の人間に聞く内容でもない。俺は飲み物には手をつけずに、そっとテーブルの横にずらした。残念なことに俺はどちらかと言えば気の弱い方だし、何か意に反することを言われても言い返すことができない。それは初対面の相手なら尚更で、余計なことを言われたり、聞かされてりするくらいなら、さっさとこの塲を後にする方が良いと思った。
「何を言ってるのかわからないです。俺、このあと用事があるんで…···」
そう言って無理矢理席を立とうとすると、テーブルに出していたスマホを奪われた。
「ちょっ!」
取り替えそうと腕を伸ばすも避けられ、逆に顔をじっと見つめられた。今はコンタクトもメガネも帽子もつけているけど、視線がぶつかり顔をそらしてしまったのは完全に反射的なものだった。とにかく席につくよう促され、仕方なく椅子に座り直す。スマホはすんなりとテーブルの上に返してくれたけど、男性はコーヒーを一口のむと、衝撃的なことを言い出した。
「成海は俺の異父弟なんだ」
「えっ?」
俺が瞬時には言葉の意味を理解できないでいると、男性はそのまま話を続けた。
「俺の母はギフトであることを隠して、メイカーの父と結婚して、俺を生んだ。でも、俺を出産した直後から体に異変が起きて、ギフトであることを隠すことが段々難しくなっていった。それでもなるべく田舎の町にすんで、ひっそりと暮らしていたんだ」
田舎は都会よりも閉鎖的な上、テイカーは都心部に暮らしていることが多い。場所によっては、地元の名手しかテイカーがいない土地もあるという。
「そこに、会社の視察だとかでやって来たのが、あいつの父親だった。何がきっかけなのか俺は知らない。でも、運悪く俺の母はギフトだとばれて、メイカーの父は母をテイカーに奪われた。俺が五歳の時に、母は家からいなくなって、その後に生まれたのが成海だった」
あまりに想定外の内容に、何も反応できずにいると、先ほど渡された封筒を開けるように言われた。俺が言われるまま封筒を明け、中身を取り出すと、中には何枚か写真が入っていて、男性と同じ黒い髪の長い女性が、赤ん坊を抱いている古めの写真がまず目に入った。恐らく、赤ん坊はこの男性で、女性がギフトの母だろう。
「無理矢理パートナーにさせられた母は、出産後も成海を受け入れられなかった。だから、小さい頃はほとんどベビーシッターに育てられてる。俺は最初の取り決めで月に一度母と会っているけど、望まないテイカーと一緒にいるせいで今も不安定なことが多い」
「だからなんなんですか?それが本当の話だったとして、俺と先輩には何の関係もない」
「そうだな。でも、望まないパートナー関係を強いられることを嫌うギフトは多いんじゃないか?君は違うのか?テイカーだったら、メイカーからギフトを奪ってもいいと思うか?あいつはそういう家庭で育った人間だぞ」
矢継ぎ早に問い詰められ、俺は言葉に詰まってしまった。男性は興奮をおさめるように、コーヒーに口をつける。どことなく、口元が先輩と似ている気がした。
「他の写真も見たらどうだ?」
男性に促され、残りの写真を一枚ずつめくっていく。すると、途中から女性の姿がどんどん変わっていくのがわかった。髪や瞳が黒色から灰色へ、灰色からシルバーグレーへ脱色していた。そして、最後の写真は綺麗な銀色の髪と瞳の女性が、男の子を膝にのせている写真だった。
「なぁ、帽子で隠れてるけど、髪染めてるだろ」
「っ!」
「君みたいな子が、何でそんな微妙な色に染めてるのかね」
俺の髪は、変色していく髪の色に合わせて、周りに気づかれないように少しずつ染める色をグレーに寄せていっていた。確かに、俺の見た目考えると、普通は選ばない色だろう。何が面白いのか、男性は可笑しそうに笑っていて、俺は気分が悪く、胸焼けがした。
「…···なんで俺にこんな話をするんですか?」
「興味とか、復讐とか、とにかくあいつがパートナー探しを始めたら、どんな奴か確かめて、暴露してやろうと思ってた」
「嫌がらせってことですか?」
「そうかもな。でも、俺から家族を奪ったのはあいつなんだからそれくらい許されるだろう」
男性は最後に「話はおしまいだ」と言って、俺の前にあった写真を掴むと、会計を済ませて一方的に店を出ていってしまった。俺は消化不良のまま、残された名刺だけをくしゃりと握りしめて鞄にしまった。注文したコーラには最後まで手をつけられなかった。
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