第15話(始まり②)
言われた言葉に理解が追い付かず、俺は目を丸くしたまま矢場先輩に質問の意図を聞き返した。
「どういう意味ですか?」
先輩は微笑を称えたまま、「そのままの意味だけど」と答えた。頭の中で何回か先輩の言葉を繰り返し、漸く俺はことの重大さに気がついた。あの矢場先輩が、俺にパートナーになれと言っているということなのだ。急に全身がカーッと熱くなるのを感じた。
「いやいやいや!!パートナーってそんな簡単になるものじゃないですよね?!」
「俺は簡単な気持ちで言ったつもりはない」
先輩の目は真剣そのものだった。そもそもそういう冗談を言う人でもないはずだ。一方で、俺の頭はどんどん混乱していった。俺と矢場先輩は学校の先輩と後輩で、コンタクトを落とした日、つまりほんの数週間前まで、先輩は俺の名前すら知らなかった。もちろんその前に病院で見られていたという経緯はあるけど、大きな接点と呼べるものは何一つない。
学園祭の件で少し話を聞いてもらったくらいで、その時はそんな雰囲気微塵も感じなかった。今日だって、少し前までは穏やかで頼りがいのある元生徒会長というだけで、俺はただその場の空気で相談を持ちかけたにすぎなかった。それなのに、どうしたらそういう流れになるのかわからない。
「パートナーがいれば、ギフトであろうと隠す必要はないし、身の危険もない。それに、自分で言うのもなんだが、俺の名は使えると思う」
「何でそこまで気にかけてくれるんですか?」
「気にかけてるんじゃない。俺が飯塚をパートナーにしたいと思ったんだ。それで十分じゃないか?」
「それだけ?」
「テイカーがパートナーを望むのに、理由はいらない。本能だからだ」
プレゼンツの問題は、それまでの関係だとか、経過だとかを全て無にしてしまう。それがテイカーの本能だと言われてしまったら、ギフトは何も言えないのだ。ただテイカーの出方を伺うしかない。
「で、でも、今までそんな素振り一つも」
「飯塚を病院で見かけたとき、追いかけないといけないと衝動的に思った。あの時ただのお節介だと言ったのは、飯塚がこの学校の生徒である可能性を捨てきれなかったからだ」
確かに、うちの学校は色んな地域から生徒が来ているし、あのモールで同級生を見かけることもあった。
「あの時俺はまだ生徒会長で、校内でパートナーを作れないルールがあった。だがら何も言わなかった。通院している病院は割れてるし、サロンの紹介もしたから、いずれ自分で探せばいいと思ってたんだ」
「自分で?」
「それくらいのことは簡単にできる」
先輩の告白は俺にとって衝撃だった。自分の知らないところでテイカーに目をつけられて、その人が突然目の前に現れていたかもしれないのだ。しかも、やろうとしていたことは完全にストーカー行為なのに、先輩は探し出すのが当たり前のように言ってのけた。それも、テイカーの本能ならば当たり前のように話す。
「でも、飯塚本人のおかげで、自分で探す前に見つけられた。しかも、予想通り同じ学校の生徒だった。ただ、そうなると俺が会長を辞めるまで、他のテイカーに見つからないでいてもらわないと俺が困る。だから自衛しろと言った。そして飯塚はそれをしっかり守ってくれていた」
「あれって全部、自分のため?」
「飯塚もその間平穏にすごせたはずだ。俺のアドバイスのお陰じゃないか?」
先輩はそう言うと、今度は口角を片方だけあげてニヤリと笑った。その後すっと立ち上がると、制服についた埃を手で払い、少し着崩れたネクタイやブレザーの裾を正す。
「答えは急がない。全てのテイカーが天野先輩やこの前のような輩のように性急なわけじゃない。俺は気の長い方だし、一方的な関係は望んでいない」
一方的な関係というのはギフトの意向を無視して、テイカーがギフトとパートナーの契りを結ぶことを指しているのだろう。
「それは、答えを待ってくれるということですか?」
俺も、真意を問うように慎重に聞き返す。性急でないとは言え、矢場先輩もやはりテイカーで、どんな発言が琴線に触れるかはわからない。
「テイカーは本能的な衝動でパートナーに望むギフトを決める。でも、そこに何も気持ちがないわけじゃない。恋愛だったら、イエスだろうがノーだろうが告白したら答えを待つものだ。嫌なら今はノーと言ってもらってかまわない」
「今は?」
「一度嫌だと言われたからといって、無理強いしたり手込めにしたりなんて、そんな野蛮で馬鹿なことは考えていない。俺は特に急いでいないし、時間はある。それに、幸い飯塚をギフトだと気づいてるテイカーもいない。恋人もいない」
恋人がいないという言葉には少し傷つくけど、事実だから仕方がない。
「最終的な答えがイエスなら俺はそれでいいと思っている。ただ、俺もテイカーだ。イエス以外を受け入れる気はないから、飯塚がイエスというように動く」
「それって結局俺に選択肢はないってことじゃないですか」
「逃げたいなら、そうしてみたらいい」
テイカー相手に逃げ切る。そんなことができるわけもないことはギフトなら百も承知だし、先輩も逃がすつもりがないことは明白だった。
「普通の恋愛だと思えばいいんじゃないか?嫌いだった相手を好きになるなんてよく聞く話だし、少しの好意もない相手に相談事はしないだろう。その好意がどんな類いのものかは別として、飯塚が今日俺に話をしてくれたことで、一歩前進できた」
誰にでも平等で穏やかな元生徒会長の姿はそこにはなかった。勝利宣言のようなその言葉に、自分の気持ちの行方を勝手に決められたようで、俺は立ち上がって抗議の目を向けた。ただ、俺を見据える先輩を前すると、喉の奥が張り付いたように、思ったような言葉が出せなかった。テイカーの圧力だった。
「…···卑怯だ」
「ギフトを前にしたら、テイカーは誰だってこんなものだよ」
「俺はメイカーとして平凡に生活したいんです」
俺は、現状では難しくなっていくだろうとわかっていて、なお同じ希望を口にした。思い描いていた生活や人生が変わっていくのが、兎に角今の俺には怖かった。
「ギフトだと世間にばれることにはやっぱり抵抗があります。それに、まだよく知らない先輩といきなりパートナーにだなんて考えられません」
「だから?」
勢いなく話す俺の言葉の先を、先輩が促す。恐らく、先輩も予想している答えは同じだろう。
「俺は、今はノーとしか言えません」
俺はそう言うと、拳をぎゅっと握り閉めて、先輩から顔をそらした。先輩の強い視線に、耐えられる気がしなかった。
「わかった」
しかし、返ってきた言葉は案外短いものだった。黙ったままの俺を尻目に、先輩は「俺は答えがイエスにるように頑張らないといけないわけだ」と面白そうに言うと、固く握ったままの俺の左手に手を重ねた。何かと思い意識的に力を抜くと、指先は血の気が引いて真っ白になっていた。その手を先輩がそっと持ち上げる。
「周りにギフトだとばれないよう、上手に落としてみせるよ」
先輩は不敵に笑うと、俺のすっかり冷たくなった指先に口づけたのだった。
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