第12話(騒動)

 二日目の午前中は、首からパソコン部の案内を掛けて、宣伝もかねて公人と直哉と回った。中学からの友達の演劇部の発表を見たり、模擬店を回ったり、少し、これって普通の高校生っぽいよななんて思いながら過ごした。校内は人で溢れかえっていて、たまにテイカーなのかな、と思うような他校の制服を着たグループがいても、あまり気にしないようにした。そういうグループは決まって他の生徒や来客者に声をかけられているから、俺たちはその横をサーとすり抜けるようにしていた。オタクと陽キャなんて、相性最悪なのだ。何かの間違いで粗相でもしたら目も当てられない。幸い空気のように目立たない俺たちに、彼らや彼女らが気づくことはなかった。

 こういう場でのテイカーの目的はギフト探しだ。容姿等からメイカーを装うのが難しい人や、ギフトだろうと噂になってしまっている人たちも、何とかテイカーの誘いをかわしているように見えた。ギフトとして見られることが多くなると、そういう術が自然と身に付くのかもしれない。ただ、本能的な衝動が働かない限り、ギフトだと噂されていてもテイカーもあまり深追いはしない。だから、テイカーのグループの周りを取り巻いているのはメイカーであることが多い。テイカーとお近づきになれれば、いろんなコネができたり、取り巻きとしてスクールカーストの上位にいられるからだろう。

 単純に、テイカーと付き合ってみたいというメイカーもいる。成就しない恋なんて意味があるのだろうかと思うけど、顔も頭も最上位のテイカーの恋人になってみたいという好奇心や、恋人になれたとい優越感を得たいのかもしれない。例えメイカーが本気になってもテイカーが本気になることはないのだから、本気になってしまったときに辛いような気もするけど、本気の恋を知らない俺には理解の及ばないことだった。



 午後はクラスの出し物のシフトのあとに、部活に顔を出すつもりでいた。クラスでも目立たない俺と直哉は、部屋の出口で感想カードを受けとる係についていた。係といっても、気持ち程度に書かれた感想を受け取って、ありがとうございましたなんて、お礼を言うだけの簡単な仕事だ。家族ずれは感想を書いてくれることが多い。特に子供は楽しかったと言ってくれたり、少し会話をすることもあって、そこそこ楽しみながら係につけていた。

 うちのクラスはテイカーらしき生徒が一人いるだけで、ギフトの噂が流れている生徒は一人もいない。だから、問題を起こしそうなグループが入ってきても、関心をもたれることもなく、すぐに出ていってしまうことが多い。たまに、プレゼンツとは関係なく純粋に学園祭を楽しみに遊びに来ているような他校生が、クラスメートに声をかけたりしている程度だった。生徒会や先生もギフトの噂がある生徒がいるクラスの見回りを重点的にしているから、うちは手薄な方で、全体的にほのぼのとした空気が流れていた。

 あっという間に交代の時間になり、受け取った感想をまとめる作業に入る。時間毎に分けられているファイルに、もらった感想カードをおさめるまでがこの係の仕事だ。形程度に着せられていた法被を脱いで、次のシフトのクラスメートに渡す。そしてそのまますぐ横の出口からクラスを出ようとしたときだった。


「離せ!!」


 怒鳴り声とともに、うちのクラスめがけて人が飛び込んできた。むしろ、すっ飛んできたに近い状態だったその人物に気づいたときには時すでに遅く、俺は完全にそいつの下敷きになっていた。後から腕章をつけた生徒会役員と職員が数名やってきて、クラスの出口を囲むも、その間も俺は下敷きのままになっていた。上を見ると、他校の男子生徒がかなりキレた顔で周囲を睨み付けている。


「学園祭での過度な声かけは禁止されています。これ以上は規則違反になるので、ご退場ください」


 声をかけたの三年で書記をしている蔵前先輩だった。言葉は丁寧だけど、口調は厳しい。少し乱れた黒い前髪の隙間から、氷のような冷たく鋭い視線が覗く。俺の上に倒れていた男子生徒はすぐに立ち上がると、掴みかからんばかりの勢いで先輩との距離を詰めた。先輩の後ろには可哀想なほど青ざめた顔のうちの生徒が、生徒会役員に守られるように立っている。しかし蔵前先輩は男子生徒の動きを一瞬でかわすと、片腕を捻りあげ後ろ手に拘束してしまった。恐らく相手もテイカーだろうに、圧倒的な力の差だった。


「このままこちらの指示に従っていただきます」

「手を離せ、俺はこのギフトに用がある」

「あなたに用があっても、ここは我々の学園です。それに、こんな人混みでプレゼンツを持ち出すなんて、正気を失いすぎです」

「だまれ、こいつは『俺の』だ」

「話にならない。彼を外へ」


 蔵前先輩がそういうと、他の生徒会役員と職員が彼の四方を囲い、別室へと連れていった。その間も男子生徒は、暴れこそしないものの周囲を威嚇し、生徒会に隠れるようにして震えて立っていた男子生徒を射るような目で見つめていた。『逃さない』と視線がまるでそういっているかのようだった。

 俺はというと、下敷きにされたときの状態のまま、床に倒れ込んでその状況を見ていた。皆が呆然としている中、蔵前先輩がいち早く「大丈夫か?」と俺に声をかけ、立ち上がらせてくれた。大きい怪我はなさそうだけど、彼が乗ってきた衝撃で体を床に打ち付けたのと、近くの机のポールに頭を強くぶつけてしまった。腕は擦りむいたのか、血が滲んでいる。でも、体の状態よりもいったい何が起きたのかよくわかっていない状態で、頭の方が混乱していた。


「申し訳ないことをした。あとで説明はさせてもらう。このあとの処理もこちらでしよう」

「あ、はい。でも、もうシフトも変わるところだったので大丈夫です」

「それなら早く保健室で手当てを受けるように。病院受診が必要な場合には生徒会に報告を」

「…···わかりました」


 蔵前先輩は必要なことを口早にいうと、残った生徒に会長への報告と相手のギフトの保護を指示していた。バタバタとクラスの前から人が散っていく。それでも、出歯亀で群がっていた群衆が口々に「テイカーってこえぇな」とか、「やっぱりあの子ギフトだったんだ」と漏らしているのが聞こえた。そこで、さすがの俺もギフトとテイカーのトラブルに運悪く巻き込まれたのだとわかった。不運すぎるだろうと思ったけど、落ち込んでいてもしかたがない。俺は直哉に付き添われて、蔵前先輩に言われた通り、すぐに保健室に向かった。



 保健室につくと、小松先生はすでに状況をある程度把握している様子だった。同情してますと顔に書いてあったからだ。直哉は俺の報告も兼ねて、部活のシフトに戻ってもらうことにした。


「えらいことに巻き込まれたわね」


 小松先生の言葉にも、俺は疲れ切っていて「はぁ」としか返せなかった。打ち付けた体は全体的にギシギシと痛んだけど、頭はたんこぶができた程度で、他に腕や足に数ヶ所打撲やかすり傷ができただけだった。

見た目は湿布や絆創膏で痛々しいものの、骨には異常はなさそうだ。頭は念の為病院に行くことも勧められたけど、面倒ごとは懲り懲りなので拒否した。小松先生は冷蔵庫から麦茶を出すと、手当をしながら「何年かに一回必ずこういうトラブルがあるのよね」と言った。


「そりゃ、どの学校でもありますよね」


 ギフトとテイカーのトラブルなんて、この学校に限った話ではない。


「そうなんだけど、うちはフリーのギフトが多いから、そこを狙ってくる質の悪いテイカーが偶にいるのよ」

「フリーのギフト?」

「あなたみたいにメイカーを装っていない、というか装えない程明らかなギフトがいるでしょ」


 確かに、先程見たギフトだと言われていた男子生徒も、モデルのようなすらりとした体型で、驚くほど整った顔立ちをしていた。メイカーだと言うにはあまりに無理がある。しかし、言われてみれば、ギフトだと噂になっている人たちにパートナーができたという話はほとんど聞かない。逆を言うと、パートナーがいないからギフト『らしい』という憶測に留まっているのだ。


「この学校はほとんどのテイカーが生徒会の役員になっちゃうから、なかなか在学中にテイカーとギフトがパートナーになることがないのよね」

「生徒会役員になるのとパートナーにならないことが何か関係あるんですか?」


 何気なく聞いた俺の質問に、先生が驚いた顔をする。


「あなた生徒会役員が在任中は恋愛禁止だって知らないの?」

「え?!」

「まぁ、正確には恋愛はしていいんだけど、恋人、パートナーは作ってはいけない決まりになってるのよ。生徒会になったテイカーが、権力でギフトを従わせないようにって」


 「本当に知らなかったの?」と小松先生に少し呆れたような表情で聞かれた。俺からしたら、逆に、どこでそんか情報を仕入れろというのか、校則にでも書いてあるのか、という感じだったけど、昔から俺はそういう暗黙の了解的なものに疎かった。プレゼンツ判定のときもそうだったし、周りが当たり前に知ってるようなルールや噂に無頓着で、自分事になって後から気づいたりする。テイカーだとわかっている人間が多いわりに、なんで生徒会役員には誰もパートナーがいないのだろうとは思っていた。


「でも、天野先輩と日比野の先輩は…」

「彼らはね…」


 小松先生が顎に手をおいて肘をつきながら、溜め息を漏らす。天野先輩は在学中から日比野先輩と交際していたと聞いているけど、天野先輩が生徒会長の座を退いてから卒業まで数ヶ月しかない。でも、俺が入学した時にはすでには日比野先輩はもう婚約状態で、同棲もしていたはずだ。全く計算が合わない。


「天野君はね、生徒会役員の退任式で会長職を矢場君に譲った瞬間、日比野さんにプロポーズしたのよ」

「はっ??」

「天野君と日比野さんの家は元々懇意な間柄でね、お互い昔から面識があったみたいなんだけど、体育館の壇上から、『お前は俺のパートナーだ』って勝手に宣言したの」


 退任式なんて公の場でテイカーがギフトにプロポーズするなんて、意味不明すぎて想像が全く追い付かない。でも、昨日の天野先輩の姿を思い出すと、それくらいのことはやりそうだというのは理解できた。


「他の生徒は静まり返っちゃうし、先生たちも動けなくなっちゃうし、そうしたら日比野さんが席から立ち上がってね。何て言ったと思う?」

「わかりませんよ」

「『わかりました』そう言ったのよ。学校中大騒ぎになったわ」


 日比野先輩は、プレゼンツを隠すのが難しい部類のギフトだ。絵画のように整った顔立ちと、艶やかな黒髪、同じギフトだというのに魅了される色気がある。小松先生の話では、どうやら天野先輩は日比野先輩に変な虫がつかないよう相当裏で手を回していたらしい。そして、日比野先輩がこの学校を志望していることを知ってわざわざランクを落として先回りして入学したとも言われているらしい。周囲は全く気づいていなかったようだけど、恐らく日比野先輩はずっとそのことを知っていて、天野先輩の言葉を受け入れたのだろう。


「そのあとはトントン拍子だったわね。パートナーになったと聞いたらすぐに婚約して、日比野さんが天野家に入る形で同棲が始まって、卒業する頃には送迎がついて」


 さすが天野先輩としか言えない。ただ、昨日見た二人の姿を思い出すと、決して一方的な関係でないということもわかる。日比野先輩が天野先輩を見るときの、幸せそうな、柔らかな表情はとても綺麗だったし、腰に回された手を自然に受け入れ、安心して身を任せていた。それは、少し羨ましいとさえ思える光景だった。


「でも、日比野さんが拒否していたら、それこそ地獄だったでしょうね。テイカーのギフトへの執着は私達メイカーにはわからない本能的なものだから」


 そう言われて、俺は先程の出来事を思い出して、顔を顰めた。テイカーの一方的な執着と威嚇、絶対に逃さないという宣言。肉食獣に目をつけられた草食動物のように、ただ怯えるしかできない、あの恐怖に満ちたギフトの表情。


「あの、今日の人は…···平気、なんですか?」

「あまり、状況はよくないわね。本人は頑張って目立たないようにしていたけど、元々ギフトだと噂されることが多い子だったし。顔が完全に割れてしまっているから、相手は諦めないでしょうね」

「それって、彼が受け入れるしかないってことですか?」

「テイカーが求めれば、結果的にそうなることが多いけど…···」


 小松先生が言葉を濁す。天野先輩と日比野先輩のような理想的な関係もあるけど、やはりギフトとテイカーの関係は不平等だ。ひっそりと静かに隠れていても、一度目をつけられたら逃げることは難しい。今回自分はただのとばっちりですんだけど、いつ自分が当事者になるかはわからない。俺は湿布の貼られた左腕をさすった。痛みはあるけど、手当をしてもらうことができて、傷もすぐ治るだろう。でも、あのギフトはこれからどうなるのだろうか。俺は俯いたまま、しばらく保健室から出ることができなかった。

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