第11話(学園祭)

 学園祭が始まった。学園祭は二日間行われ、初日に開会式があり、生徒会から注意事項が伝えられる。

 あの日から、校内で矢場先輩を見かけることはあっても、会うことはなかった。一言お礼を伝えたいと思っていたけど、学年も違うし、先輩も忙しいだろうと思い諦めた。

 壇上にいる生徒会役員は、学園祭中、ブレザーにネクタイ、腕に銀色の腕章を附けるのが決まりだ。生徒会長だけが金色の腕章を附ける。近くにいる女子がかっこいいとか、一緒に回りたいとか言っているから、きっとファンなのだろう。誰かと一緒に回りたいとか、お近づきになりたいとか、学園祭はそういうイベントでもあるのかと感心させられる。俺の予定はと言えば、公人と直哉と遊ぶ約束をしている以外は、兄が遊びにくるだけだった。



 式が終わると、まずは学年で集まる。俺の学年の縁日は、初日は午前中に一時間半シフトが入っているだけだった。予定通り、ほとんどの時間は部活に費やすことになりそうだ。他の先輩たちも大概同じ感じのようだった。学園生活残りわずかの三年に「誰とも回らないんですか?」なんて聞くことなど到底できるわけもない。肝心のパソコンゲームは、数日前に完成してすでにセットがすんでいた。思いの外時間がかかったけど、そこそこ納得のいくものになっていると思う。来客者は子供だったり、同じオタクっぽい他校の高校生だったり、卒業生らしきおじさんやお兄さんだったりバラバラだった。でも、自分が作ったものを目の前で遊んでもらえ、楽しそうにしている姿を見られるのは嬉しかった。

 部室の受け付けに入って三十分程すると、生徒会の見回りが来た。部屋ごとの見回りは二時間おきと決まっている。やって来たのは大野先輩と顔だけは見たことがある二年の先輩だった。見回りではトラブルが起きていないかの確認と、控え室の点検が行われる。部活によっては、控え室が素行の悪い生徒の溜まり場になることもあるからだ。とは言え、うちの部活が見回りで引っ掛かることはまずない。

 校内では生徒会以外にも職員がたくさん見守りや案内をしているけど、生徒は生徒会以外は関与しない。以前案内役をしていた一般生徒がトラブルに巻き込まれたことがあり、それ以降学園祭委員というものはなくなったらしい。さすがに俺もこの日のために髪は染め直したし、コンタクトの上からメガネもかけ厳重体制で臨んだ。誰も俺なんて気にもとめないと思うけど、念には念をである。



 昼前になると、兄か遊びにきた。卒業してから始めて来るらしく、在籍していた生物部に寄れれば他は俺の様子を見に来るのが主な目的のようだった。昼食はみんな出し物のカフェだったり、模擬店だったりですませる。どうするか兄と歩きながら話していると、廊下の先の方が何やら騒がしくなっていた。足を止めて目をやると、前から三年の日比野先輩とパートナーらしき男性が歩いてきた。

 腰まである長い黒髪と、すっとした綺麗な顔立ちの日比野先輩はポーカーフェイスで有名だ。その日比野先輩が花が綻ぶように笑っていて、男性の手は彼女を抱き寄せるように腰に回っている。ついつい見とれてしまう光景だった。この学校の卒業生でもある日比野先輩のパートナーは、すでに卒業しているというのに在校生より堂々と廊下を歩いていた。それを見て兄が苦笑しながら言う。


「天野は相変わらずだな」

「兄貴知ってるの?」

「一年間だけ被ってるからな」


 兄が三年のとき、日比野先輩のパートナーである天野先輩は一年だった。天野と言えば、優秀なテイカーを多く排出している名家だ。身長は一八〇センチをこえるだろうか、ストレートの前髪をオールバックにしていて、自信に満ちた表情までよくわかる。そして、独特な雰囲気を醸し出す二人に引き付けられるように、人混みができてしまっていた。これでは先に進めないなと思っていると、人混みを掻き分けるように、見覚えのある人物がやってきた。金色の腕章のついた腕が周囲を退ける。慌てた表情で、急いできてのだろうか少し息をきらしているようだった。


「天野先輩、来るなら事前に言ってもらわないと困ります」

「気にするな、邪魔はしないさ」

「日比野も、なぜ教えてくれなかった」

「私はてっきり報告済みだと」


 生徒会長が現れたことで、廊下はさらに混雑し、人がどんどん集まっていた。


「あなたがいるだけで騒ぎになるんですよ」

「お前が来たせいで酷くなったんじゃないか?」

「人のせいにしないでください。それに、いくら婚約中とはいえ、こんな人込みの中、ここが高校の校内だとお忘れですか?」


 矢場先輩も身長は一七〇センチを優に越えていると思うけど、天野先輩からは見下ろされる体勢だった。矢場先輩が飽きれとも怒りともとれる表情で詰め寄っても、天野先輩はそれすら面白いといった様子で笑っている。


「お前はあいかわらずだなぁ。気にする必要ないだろう。美香は俺の正式なパートナーだ。愛する相手を隣につれて何が悪い」

「そういうことは外だけでお願いしますと何度言えば…···」

「矢場くん。彼にこれ以上言っても無駄よ。今までだってずっと無駄だったでしょ。一周りしたら私が責任をもって校門まで見送るから、生徒会は気にせず仕事をして」


 日比野先輩が涼やかな声で、仕方なさげに仲裁にはいる。体はぴたりと天野先輩に引き寄せられたままだ。兄の話では、天野先輩は一年の秋に生徒会長の座についたらしい。学園祭が終わると生徒会は役員改編があり、今の三年は引退する。生徒会長は選挙で選ばれるけど、大抵は二年の副会長の単独立候補で、形ばかりの選挙となることが多い。一年で生徒会長になったということは、在学半年ほどで当選するほどの票を獲得したということだ。それだけ求心力があったということだろうけど、矢場先輩とのやりとりをみていると、学年の違いを考慮しても、矢場先輩が力で圧されているのがわかる。テイカーにも、力関係というのがあるのかもしれない。すると、天野先輩が矢場先輩の肩を組み、観衆には聞こえない声で何かを囁いているようだった。


「学園祭が終わればお前も引退だ。ようやく動けるようになる。相手はもう見つけたのか?」

「先輩、そういう話は」


 矢場先輩が何か言いかけると、日比野先輩が明らかに怒った顔で天野先輩の手を叩いた。


「それは、廊下で話すものではありません」

「すまない、可愛い後輩が気になっただけだ。怒るな」

「少なくとも、あなたほど手の早い人なんていません。矢場くんも卒業した人に気を使う必要なんてないんだから、迷惑な来校者には堂々と注意していいのよ」

「それは俺のことか?」

「他に誰がいるんです?」


 言われた天野先輩は肩をすくめて見せると、再度するりと日比野先輩の腰に腕を回し、引き寄せる。


「そう怒らないでくれ。悪かったよ」

「周りがりが見えない人は嫌いです」


 天野先輩は反省している様子こそ感じられないが、日比野先輩の機嫌は気にしているようだった。これが、本来のあるべきパートナーの姿なのかもしれない。対等とまではいかないまでも、テイカーがギフトを従えているということもない。日比野先輩は言いたいことをしっかり言っているし、天野先輩を叱ることもできる。


「それじゃあな、大野にもよろしく伝えてくれ」

「わかりました」


 どうにも日比野先輩の機嫌が直らないとわかると、天野先輩は不機嫌なままの日比野先輩を連れ、モーセのように人混みを分けて去っていった。その後、残された矢場先輩はひどく疲れた様子で廊下の人の流れを正し、生徒会長としての責務を果たすと、再び人混みの中に消えていった。


「あれが今の生徒会長か?」

「そうだけど?」

「さすがテイカーって感じ。目立つな」


 特にあの二人が揃ったから目立ったというのもあっただろう。でも、テイカーだからかはわからないけど、生徒会長が校内でもとりわけ特別な存在なのは確かだ。俺は特に否定することもなく「そうだね」と兄の言葉を肯定したのだった。

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