第7話(出会い)

 診察の後、俺と母はヘアカラーやコンタクトレンズを買うため、姉の優花を呼び出してショッピングモールにいた。優花は次姉の倫子と違い穏やかでマメな性格だ。相談をすれば自分のできる範囲で俺のためにできることをしてくれる。今日もわざわざバイト終わりに駆けつけて、買い物に付き合ってくれた。俺は姉のアドバイスで、ドラッグストアで黒染めのヘアカラーと、バラエティショップで黒のコンタクトレンズを買うことにした。

 染髪の経験がないとセルフヘアカラーでは色が入りにくいこともあるらしいけど、今はその場しのぎでも構わなかった。美容院を探す余裕もなく、とにかくこのままでは外出もままならないからだ。一通り買い終えた頃には俺はくたくたになっていて、母と姉が他の買い物をしている間、モールのフードコートで休憩をすることにした。

 スマホでゲームをしながら、注文したラーメンの出来上がりを待っていたところ、「相席良いですか?」と突然声をかけられ、俺は慌ててスマホから顔をあげた。目の前には、白シャツにジーンズ、俺と同じく帽子を目深に被った男性が立っていた。俺が返答に困っていると、返事を待つことなく、向かいの席に勝手に座ってしまった。

 辺りを見れば空席は他にもたくさんある。不審に思い、飲み物だけもって席を立とうとすると、声の主がボソッと呟いた。


「髪を染めるなら、専門の美容室に行った方がいいよ」

「えっ」


 ギクリと固まると、「座ったら?」と言われ、席に座るよう促された。俺は他に取るべき行動が思い付かず、仕方なくそれに従った。ただ、なるべく顔を見られないように下を向くようにした。


「プレゼンツ外来から顔も隠さず出てくるなんて、うかつすぎる」

「えっ」

「病院で偶然見て。申し訳ないけど、つけさせてもらった」


 男の声に茶化すような様子はなく、真剣に忠告してくれているようだった。キャップと眼鏡を外していたのは、病院の中でもほんのわずかな時間だ。プレゼンツ外来を出てから、総合受付に行くまでの廊下ではすでに母に注意を受けて、両方とも身に着けていた。病院で俺を見たというのは本当だろう。

 ただ、病院からここまでつけられたとなると、俺としては心中穏やかではない。つい身構えてしまい、それが相手にも伝わったのだろう。


「君をどうこうしたいというわけじゃないんだ。ちょうど用があって病院に行ったら、えらく無防備な子がいるから驚いて…···。君、ギフトだろう」

「…···」


 無言が肯定を表すとはわかっていても、頷くことはできなかった。相手にも、それは伝わっているようだった。


「銀髪なんて珍しいから。その年齢なら、もう少し警戒心を持ったほうがいい」

「…···すいません」


 数か月前にプレゼンツが分かったばかりだとか、元々は平凡な容姿だったとかそんなことは関係ない。今どういう状況で、自分がどんな行動をとったかが重要なのだ。だから、謝る必要なんてないのに、つい謝罪の言葉が出てしまった。うかつだったのも、警戒心がなかったのも確かだ。どうせ自分なんて誰も気づかないだろうという油断があった。

 彼は財布から名刺を一枚取り出すと、それをテーブルの上に置いた。


「知り合いがやってる美容室なんだ。プレゼンツによって色々配慮してもらえると思う。予約の時にギフトだと伝えるといい。店長はテイカーだけどパートナーのいる既婚者だから」

「ありがとうございます。でも、あの······なんで?」

「ただのお節介。ギフトのために滅茶苦茶なことするテイカーも、犠牲になるギフトも、それが許される社会も嫌いなんだ。君が慎重なギフトになってくれることを願うよ」


 彼はそういうと、さっと席を立ち、真っすぐフードコートを出て行ってしまった。背丈や声から、自分とそれほど変わらない年齢だということはわかった。そして、恐らくテイカーだろう。話した時に物腰や雰囲気は柔らかいのに、逆らうことができない圧力のようなものを感じた。本能的に、従わなければと悟った。これがギフトとテイカーの、抗うことができない圧倒的な違いなのだろうか。俺はラーメンの出来上がりを知らせるコールが鳴っても、しばらくその場から動けずにいた。



 伸びきったラーメンを食べ終えた頃、母と姉が合流した。俺は、周りの席に人がいないことを確認した後、さっき起きた出来事を説明した。母は狼狽えていたけど、姉は落ち着いた様子だった。


「テイカーの全員がギフトにとって危険なわけじゃないでしょ。その人みたいに良心的な人もいれば、見境のない人もいる。メイカーの私からすると、ギフトもテイカーも、もちろんロバーも同じ人間だし、何も変わりはないもの。ちょっと恋愛や結婚観が複雑だなって思うけど」

「姉貴って、意外と腹が座ってるんだな」

「私は所詮蚊帳の外だから。でも、その人が言うように、私たちもちょっと気が緩んでたのかもしれないね。陽生に限って何か起こるはずはないって思ってたもん。でも、実際に陽生をちらっと見ただけでギフトだって気づく人がいる。それが分かったんだから、やっぱり早く対処したほうがいいね」

「そうね、そうね」


 母も姉に同意したようで、大げさに首を縦に振っていた。俺はもらった名刺をパンツのポケットにいれ、母と姉に引きずられるように帰路についた。その後、名刺に書かれた美容室をインターネットで調べたところ、ギフトに限らずプレゼンツに配慮したサービスを提供しているサロンだということが分かった。値段はややはるけど、口コミを見ても評価が高く、安心できそうな場所だった。幸い家から近い場所に店があって、すぐに予約も取ることができた。

 自分が面倒くさがりで、人より抜けたところがあるのは俺も自覚していた。友達に言われるまで、自分の変化にも気づかなかったくらいだ。でも、ギフトなのは家族ではなく自分なのだから、自分で気を付けなければいけないことがたくさんある。面倒だといって避けていては、何が安全で何が危険なのかもわからない。自分に危険が及べば、周りを心配させるし、迷惑をかけてしまう。俺は漸くそのことに気づかされたのだった。

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