第6話(変化)

 公人と直哉とゲームセンターに行った日から十日、日に日に俺の髪も瞳も変化していた。まるで、体の色素が急速に塗り替えられていくような急変だった。最初は家族もその程度大丈夫だろうと軽くみていたけど、三日前にはバイト先の先輩にまで髪を染めたのかと聞かれるようになり、呑気な俺でもさすがに見過ごせない状態だと焦りを感じ始めた。白みがかったグレーの髪は、くすんだ銀色になりつつあったし、瞳はすでにグレーというより銀色に近かった。

 幸い夏休み中で学校の人間に会うことはほとんどなかったけど、昨日の部活だけは体調不良を理由に休んだ。公人と直哉から『大丈夫か?』とメッセージもらったけど、そこは夏バテということにした。でも、今日のバイトはとうしても休みがとれず、イメチェンに失敗したと無理矢理な嘘をつき出てみたは、店長からは失笑されてしまった。ただ、バイト先も地元の本屋だから、いつ知り合いに会うかわからない。少なくとも公人と直哉と会えば誤魔化すのは難しいだろう。

 結局家族と相談して、病院の予約を早めることにした。髪を染めることは簡単だけど、メイカーの人間があれこれと勝手に判断するより、芦澤先生に診てもらった上で指示を仰いだ方がいいだろうということになったのだ。家族は俺の変化を心配しつつも、戸惑いが大きい様子だった。さすがに母は他に体に変わりはないか、具合は悪くないかと気にしていたけど、父はどうすればいいのかわからないのか、兎に角困惑しているようだった。

 兄の泰基は珍しくギフトの友人がいるらしく、俺のような変化が起きなかったか聞いてくれたけど、その人は身体的な変化は起こらなかったらしい。長姉の優花ゆうかの周りでも、そういう人は見たことがないというから、もしかしたら稀なケースなのかもしれない。次姉の倫子に至っては、「陽生でもこうなるとちょっとはギフトらしく見えるものだね」なんて言っていたから、本当に失礼な奴だと思った。



 そして診察の日、俺はキャップを目深に被り、兄から借りた伊達メガネをかけて病院へ向かった。診察室に呼ばれ、挨拶もそこそこに身に着けていたキャップと眼鏡を外すと、芦澤先生は静かに、でも確かに驚きを含んだ声を漏らした。


「これはこれは…···いつからですか」

「二週間前くらいから少しずつ」

「診せていただいても?」

「お願いします」


 芦澤先生は椅子を近づけ、俺の髪を前や後ろ、根元までしっかり確認した後、「一本抜きますね」と断ってから採取した。目も診察室を暗くした後、スリットランプで検査をしてくれた。先生の真剣な面持ちから、俺は自分の身に起きたことが、ギフトにとっても珍しいことなのだろうということは理解できた。


「毛根からシルバーに近い色に変わっていますね。頭髪だけでなく、まつげや眉毛も弱冠薄くなっているようだ」


 電子カルテに入力しながら芦澤先生が話し始める。


「過度のストレスなどで急に白髪化することもありますが、陽生君の様子や色を見てもそういった感じではなさそうです。虹彩も銀と言うべきか、一応今はグレーですが、こちらは炎症の兆候であることも否定できないので、念のためこの後眼科の診察を受けてください。ただ、髪の変化と併せて考えると、病気の可能性は低いかと思います」

「こういうことってよくあることですか?」

「加齢に応じて毛髪の色や髪質が多少変わることはありますが、一般的にはここまで急激な変化はないと思います。ギフトに限って言えば、そもそも先天的に毛髪や虹彩が特徴的な場合が多いですが、変色の症例は少ないてすがいくつか前例があります。ただ、私自身がこれまで目にしたことはありません」


 芦澤先生は俺が不安にならないよう、ゆっくりと、丁寧に説明してくれた。色素が薄くなったことは一目瞭然だし、ギフトで前例があるのならばそれが原因だと考えるのが妥当だ。でも、俺は喉が張り付いたようにうまく言葉が出せず、代わりに母が質問をしていた。


「これは、元に戻りますか?」

「現状では原因がはっきりしないので、医師としてはイエスともノーとも言えません。しかし、これまで見聞きした中では、ギフトに起こった変化で元に戻ったという話は聞きません」

「そう…···ですか」


 落胆する俺に、母がそっと目をやる。なんとなくわかっていたことだけど、これからのことを考えると頭が痛いかった。とにかく、この見た目をどうにかしないと生活に支障が出る。


「髪を染めたり、コンタクトをするのは問題ありませんか?」

「染髪は問題ありません。コンタクトは眼科の検査次第ですが、異常がなければ大丈夫でしょう。ただ、瞳は色素が薄くなっているので、光を以前より眩しく感じたり、ちょっとした刺激でしみたりすることがあるかもしれません」

「わかりました」

「あと、気がかりなのは、全体的に色素が薄くなっていることです。肌にも影響が出るかもしれません」


 先生の言葉に、これ以上まだ何かあるというのだろうかとますます気が滅入った。


「瞳の色だけで言うと、生まれつきグレーの虹彩の人はそもそも色素の欠落が著しいので、肌も色白の人が多いんです。だから、日本人にはそもそもグレーの瞳の人は少ない」

「これから白くなるということですか?」

「頭髪や瞳のように全体的に徐々に薄くなっていくという可能性が一つ、もう一つは白斑という病気があります。皮膚のメラノサイトという色素細胞が減少したり消失したりすることでおこります。もちろんこのままということもあり得ます」

「マジか…···」


 次々に出てくる言葉に、ついつい本音が漏れてしまう。外に出ることが少ないとはいえ、俺も多少の日焼けはしていて、今のところは平均的な日本人の肌色をしている。それさえこれから変わるかもしれないのだ。


「脅すわけではないですが、用心に越したことはありません。紫外線が心配なので、念のため、外に出るときには日焼け止めを塗ることをお勧めします。」

「日焼け止めですか」

「男性だとあまり馴染みがないかもしれませんが」

「あ、姉がいるので」

「そうですか。でしたら、市販品で構いませんので、選んでもらうといいと思いますよ」


 その後、先生は次の診察や生活の注意点を話していたけど、俺の基づく耳にはあまり入ってこなかった。母が何かメモをとりながら聞いていたから、必要ならそれを見せてもらえば良い。そんなことより、とにかく頭の中がぐるぐるしていた。

 これからまず髪を染めて、コンタクトレンズを作って、外出時には日焼け止めも塗らなければいけない。しかも、もしかしたら病気になるかもしれないなんて、ギフトだとわかってからほとんど不便を感じることはなかったけど、ここにきて問題だらけになってしまった。正直、滅茶苦茶面倒だし、髪や目の色なんてイメチェンで通る程度ならそうしてしまいたい。でも、バイト先の店長でさえ失笑する程だ。実際このままでは夏休み明けに学校で目立ってしまうだろう。

 診察が終わったらまず髪を染めに行って、それが終わったらすぐにコンタクトレンズを購入しないといけないだろう。ゲームばかりしてきたくせに視力は良いから、目に異物を入れるのは不安だった。ずっとつけていられるだろうか、痛くはないだろうか。そんなことも頭の中を巡っていた。そもそも、普通の美容院に行っていいものなのかとか、市販のコンタクトレンズを使っていいのだろうかという疑問もあって、診察室を出た後も、俺の頭の中は色々な疑問でパンパンになっていた。だから、暫くして母から注意されるまで、キャップを被るのも眼鏡をかけるのも忘れていた。まさか、その姿を誰かに見られていたなんて気づきもせずに――。

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