第5話(予兆)
じめっとした梅雨が明け、高校は夏休みに入った。運動部の連中は毎日部活に忙しそうだけど、文化部の活動はあっても週一、二回で、秋の文化祭に向けた出し物、パソコンゲームの作成について話し合う程度だ。暇な日は、バイトを多めにいれて、ほしいと思っているゲームやパソコンの部品を買いたいと思っている。バイトは夏休みの少し前から、本屋で始めた。家族に反対されるかも知れないと心配したりもしたけど、俺があまりにギフトらしからぬせいか、あっさり許可がおりた。
自分としてはまだどういう風に生きたいとか、そこまでのことは考えていないけど、いい相手と出会うまでは無難にメイカーとして生活していくのがいいんじゃないかと思っている。言葉に出して伝えてはいないけど、家族も恐らくそのつもりなのだろう。どこのだれを好きになるか、全くわからない。でも、もし女性のメイカーを好きになったら、普通に結婚して、子どもが欲しければ養子をもらえばいい。男性のメイカーだったら、ギフトだとばれるリスクはあるけど、自分で子どもを作ることもできる。むしろ自分はギフトだとわかっていても、テイカーのパートナーになることの方が想像できなかった。今まで誰かに告白したことも、誰かに告白されたこともないような、見た目も中身も普通の人間が、テイカーに見初められることなんてあるわけがないと思っていた。
「飯塚君、これが終わったら今日はあがりでいいからね」
店長の声にはっとして、バイト中だったことを思い出す。今日はバイトの後に公人や直哉と会う約束をしていた。普段は誰かの家でひたすらゲームをすることが多いけど、今日は久しぶりに三人で近くのゲームセンターに行くことになっている。冷房のきいた店内にはすでに二人が待っていて、雑誌コーナーで立ち読みをしていた。
「お待たせ」
「いや、全然」
「外すげー暑いぞ」
「マジか」
「俺ちょっとこれ買うから待ってて」
直哉はそう言うと持っていた雑誌をもってレジに向かった。公人は読んでいた雑誌を元の棚に戻し、スマホを取り出すと時間だけ見てしまう。俺もつられてスマホを見たけど、たまに使うネットショップからメールが入っているだけだった。
直哉がレジ袋を片手に戻ってくると、俺たちは店を出て、目当てのゲームセンターに向かった。3時を少し過ぎているのに、外はまだまだ暑かった。店から出ると西日の眩しさに目が眩む。俺が顔を顰めて僅かに下を向くと、公人が不思議そうな顔をしていた。
「陽生、髪染めた?」
「いいや」
「あれ、そう?」
公人は納得がいかないのか、角度を変えて俺の髪を凝視する。直哉もつられて俺の方を方を向くと、「どうした?」と声をかけてきた。
「陽生の髪ってこんな色だったかなと思って」
「髪?よく覚えてねーな」
「なんもいじってねーよ」
「だよな」
「日差しのせいじゃね?」
「いや、確かにそう言われると少し薄くなった気がするというか、こういうの何色っていうんだっけ?」
3人で暑い中を、だらだらと会話をしながら歩いていく。ただ歩いているだけなのに、額からはじっとりと汗がにじみ出てきて、耐え切れずに道端の自動販売機でコーラを買って一気に喉に流し込んだ。でも、暑さはひくどころか、口を離した途端にペットボトルの中身が一瞬でぬるくなっただけだった。俺が残りをバッグにしまっている間も、髪の話は続いていた。
「アッシュグレーっていうのかな」
「なにそれ、初めて聞いた」
「お前髪真っ黒だったじゃん。絶対染めただろ」
「そんな金あったら他のことに使ってるわ」
「いや、だってほら」
「あ、いってー」
直哉は俺の髪を摘まむと、その一本をぶちっと抜いた。引っ張られた部分に一瞬痛みが走り、不意を突かれた俺は抗議の目を向けたけど、直哉は気にする様子なく、「ほら」と抜いた髪を俺の目の前に差し出した。
「一本でわかるわけねーだろ」
「そうか」
「もっと抜かなきゃな」
「そういう意味じゃねえよ」
言い出した公人は俺と直哉のやり取りを面白そうに見て、笑いながら茶々を入れる。無理矢理自分の髪を持たされたけおど、一本程度では黒っぽいというのはわかっても、色の濃淡まではよくわからない。渡された髪はそのまま捨て、誤魔化すように手櫛で髪を整えた。汗が手につき、タオルを出すのも面倒でそれをパンツで拭く。
「そんなことより、早く行こうぜ。暑くし死にそう」
そのまま髪の話題は流して、俺たちはゲームセンターへと急いだ。ゲームセンターでは、トレーディングカードや対戦型のアーケードゲームをして大いに盛り上がった。俺と直哉は同じトレーディングカード式のゲームにはまっていて、スマホにもそのシリーズのゲームアプリが入っている。公人は対戦型の格闘ゲームやシューティングゲームが得意だが、アプリゲームはあまりやらない。家にはゲーミングパソコンがあって、オンラインで対戦をしているらしい。こうやって好きなゲームは違っても、それぞれが楽しんでいる姿を後ろから見ているだけでも、十分盛り上がれる。最後に直哉が妹のためにと、流行りのゆるキャラのクレーンゲームに挑戦していたけど、妹のためとはいえ、自分の胴体くらいあるぬいぐるみを抱えて歩く姿は少し滑稽だった。
帰宅後、俺はTシャツが張り付くほどかいた汗を流すため、風呂場に直行した。モスグリーンのTシャツの所々が汗で色を変えている。脱いだ服はそのまま洗濯機に放りこみ、浴室に入るとすぐにぬるめのシャワーを浴びた。髪を濡らしながら、ふと二人に言われたことを思いだして、鏡に顔を近づけて自分の髪をまじまじと見てみると、言われてみれば、以前のように真っ黒ではなくなっているような気もした。そして、よくよく見てみると目の色も、髪と同様に少し薄くなっていた。
光の加減のせいかもしれないと思い、急いで髪と体を洗って、脱衣所の鏡を覗きこんだ。言われないとわからない程度ではあるけど、確かに色が変わっていた。直哉が言うアッシュグレーがどんな色かはピンとこないけど、色落ちしたように少し白っぽくなっている。同じように、瞳の色も灰色がかっていた。
普段あまり自分の身なりを気にしていないから、朝は寝癖を直してブラシでとかすだけし、顔を洗うときも、洗ったらすぐにタオルで拭いて、たまに保湿のために兄貴の化粧水を借りるくらいしかしていない。だから、今まで変化に全く気づかなかった。脱色に繋がるようなことで、思い当たるようなことは何一つしていない。こうなったのがいつ頃からなのかもわからなかった。
『子宮以外でも体に変化が起こるかもしれない』
ふと、芦澤先生に言われた言葉が脳裏を過った。子宮以外で変わるなんて、身長や体重くらいしか想定していなかった。髪と目の色が少し変わったからといって、体に不調が出ているわけではない。ただ、このまま変色が進むのか、何か別の変化の前兆なのか、どちらにせよプレゼンツが関わっていることは間違いないだろう。
次の診察の予定まではまだ日にちがあるし、目の色は至近距離で見なければ気づかないだろうけど、髪は目立ってくるようなら黒く染めた方がいいかもしれない。できれば、あまりクラスで目立つようなことはしたくない。俺の心臓は何かを警告するかのように早鐘をうっていた。
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