第3話(診察)

 一週間後、俺と両親はプレゼンツ外来の待合室にいた。待合室は個室で、診察券がカードキーになっていて、他の受診者と一緒にならないよう配慮されていた。正直父が一緒に来たことには驚いたけど、さすがに息子がギフトとなると、普段子育てにあまり関心のない父も気になるようだ。

 予約時間から十分程過ぎた頃、俺たちは診察室に呼ばれた。白衣を着た三十代前半と思しき男性医師は「担当医の芦澤です」と自己紹介した後、改めて俺がギフトであることを伝えた。そして、ギフトは男性でも子宮や排卵があり妊娠が可能であること、逆に精巣はあるが無精子であることを図を使って丁寧に説明してくれた。看護師から渡された冊子でも見たけど、男性ギフトの子宮は尻の穴、所謂アナルの奥にある。子どもの頃は非常に小さく気づくことはまずないけど、第二次性徴とともに成長し、他の女性と同じ機能を有するようになるらしい。

 芦澤先生曰く、俺の子宮はすでに成長過程にあり、妊娠はまだ難しいものの、エコーで映る程度の大きさにはなっているとのことだった。自分の体の中で気づかないうちにそんな変化が起こっていたなんて、まさに青天の霹靂だった。下腹部に痛みはないか確認されたけど、今のところ俺に第二次性徴に伴う自覚症状はなかった。

 両親は芦澤先生の話を相槌を打ちながら神妙な面持ちで聞いたけど、母の「生理はあるんですか?」の質問には父も俺も目が点になってしまった。結論から言うと、答えはノーだったけど、男性のギフトは子宮への刺激によって内膜が形成され排卵が生じるため、内膜が形成されれば妊娠の確率は比較的高くなるとのことだった。しかし、排卵が生じたのに妊娠しなかった場合には、月経に似た出血があると聞かされ、頭からさっと血の気が引いた。元来男性は女性に比べ痛みや出血には弱いものだ。しかも、芦澤先生の話はさっきから子宮だの排卵だのアナルだの、性経験どころか恋愛経験すら乏しい俺には、その内容自体が非常に恥ずかしく、身の置き場のないものばかりだった。

 極めつけは芦澤先生からの「アナルでの性交経験はないよね?」という質問だった。両親の前でなんてこと聞くんだこいつと思ったけど、アナル経験どころか童貞だし、恋人もいないです!とはさすがに答えられず、短く「いいえ」と言うのが精一杯だった。でも、医者からするとこれはとても大事なことだったらしく、芦澤先生はあからさまにほっとしている様子だった。


「今時分高校生になるとすでに性経験のある子も多くて、同性愛も広く認められているから、知識もなく妊娠に繋がることがあってね。陽生君は他の子よりもプレゼンツの判定が遅かったので、ギフトだと知らないまま性行をしていないか少し心配していたんですよ」


 芦澤先生はそういうと、今度はギフトだけではない、プレゼンツの相関図のようなものを取り出し説明を続けた。


「周知の通り、ギフトは唯一テイカーの子を生める性です。そのため、テイカーの多くは有能な子孫を残すためギフトのパートナーを欲しがります。しかし、自分のプレセンツを公言するテイカーとは異なり、通常ギフトは自分からギフトですと名乗ることはありません。テイカーがギフトに気づくのは、相手が明らかなギフトの特徴を有している場合が圧倒的に多く、次に多いのが何らかの事情で周囲にギフトだとばれてしまう場合です。テイカーの本能は脳が相手をギフトだと認識しなければ生じないので、ギフトだと知られなければ望まぬ関係を強いられる危険はぐっと減ります。ただ、アナル性交をしてしまうと、男性の場合は子宮があるのですぐにばれてしまうでしょう。また、ギフトは受け入れる性なので、性交で快感を得やすい傾向にあって、それで気づかれることもあります。陽生君の年齢であれば、すでに自分のプレゼンツを自覚している子がほとんどでしょうし、テイカーは十代からパートナー探しをすることも珍しくありません。外見上ではギフトだとわからくても、気を抜かないように注意してください」

「つまり、セックスすることで自分のプレゼンツが知られてしまう可能性があるということでしょうか」


 父が珍しく口を挟む。


「そういうことです。もちろん、ギフトの中には十八歳になると同時にテイカーのパートナーと結婚する人もいます。愛する人の子を生めるというのは幸せなことです。ただ、ギフトの気持ちを無視して自分のものにしようとするテイカーがいるのも事実です。その場合、テイカーにギフトだとばれることは、不本意な結婚や妊娠に繋がるリスクを高めるだけです」


 芦澤先生ははっきりとそういうと、再度プレゼンツの相関図に目をやり、話を続けた。


「また、ギフトが知らずにロバーと性交をした場合、本人も気づかないうちに生殖能力を失う、所謂ブレイクが生じてしまいます。これはロバーにとっても奪う体験となり、双方にとって傷となります。それは避けなければなりません。大抵のロバーはブレイクを嫌がるので、ギフトのパートナーを選ぶことはないですが、ギフトがプレゼンツを偽りメイカーとして生きていく場合、事故的にブレイクが起きてしまうことがあります。もし、パートナーがロバーだとわかっている場合には、本当のプレゼンツを開示して、ブレイクを避ける方法を取るか、ブレイクを受け入れるか、別れるかの選択をする必要があります。もちろん、メイカーとパートナになる方もたくさんいらっしゃいます。ただ、男性ギフトは無精子なので、女性のメイカーがパートナーの場合には子どもを作ることはできませんから、希望があれば養子制度を使うことになります」


 芦澤先生は一気に話し終えると、一旦椅子に深く座り直す。


「とはいえ、陽生君はまだ十五歳です。ゆっくり考えても問題はありません。幸いというべきか、一目でギフトを疑われることも少なそうなので、最低限の自衛だけ忘れなければ、当面の心配はないと思います」


 最後の『一目でギフトを~』というのは、間接的に容姿の美醜について言及されたのだろう。確かに、ギフトは容姿端麗だったり髪や目の色が特徴的なことが多いと聞くけど、幸か不幸か、俺の見た目は平均平凡な男子高校生だった。髪も目も真っ黒だし、不細工ではないと思うけど、平凡なメイカーの両親から生まれた普通の顔立ちだ。身長はこれからまだ成長すると思うけど、現状は平均よりやや低い一六五センチ。どこをとってもメイカーを疑う余地はないだろう。


「体が完全に安定するまでは、定期的に通院してください。思春期はホルモンバランスが崩れたり、子宮以外にも体に変化が生じることがありますからね」


 芦澤先生はそういうと、にっこりと笑い、何か質問はないかと尋ねた。小松先生同様、思いやりのある優しい笑顔だ。プレゼンツ外来はテイカーが患者として来ることもあるから、医師はメイカーかすでにパートナーのいるテイカーが多いという。でも、先生の左手に指輪はなかったから、もしかしたらメイカーなのかもしれない。俺は最後に、この数週間で一番聞きたかったことを聞いた。


「ギフトだからといって、何か生活を変えないといけないということはありますか?」

「ギフトであることを隠す以外には、パートナーの問題が出ない限り、何かを変えなければいけないということはありません。これまで通りでいいんですよ。ただ、陽生君がどう生きたいかによってパートナー選びは大きな課題となります。なので、少しずつ考えておく方がよいと思います」


 芦澤先生も小松先生も同じことを言うんだなと思った。結局は自分の生き方、考え方次第ということなのだろう。ただ、自分がギフトだと判明して以降、何か世界が変わってしまったように感じていた俺にとって、これまで通りでいいという言葉は救いだった。あまり周りは気にせず、これまで通り、ゆっくり考えていけばいい。俺は次の診察日を三か月後に決めると、先生にお辞儀をして、両親とともに診察室を後にした。

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