第2話(判定)
俺、
そもそも、両親がメイカーで、五つ上の兄も、三つ上の姉も、二つ上の姉も、何ならおじいちゃんもおばあちゃんもメイカーだったから、俺自身どうせ自分もメイカーに違いないと勝手に思い込んで節はあった。しかも、相手にプレゼンツを聞くのは非常識とされているから、友だちが判定を受けたという話を聞いても、ふーん程度にしか思っていなかった。しかし、この反応は一般的にはちょっとおかしいらしく、普通だと「早く自分も受けなくちゃ」と焦るものらしい。というのも、自分がどのプレゼンツかによって、その後の人生が大きく変わる可能性があるからだ。
学校でも、小学校の高学年頃からプレゼンツ判定は早めに受けましょうと何度も言われていた気がする。それなのに判定を忘れていたのは、周りをあまり気にしないこの性格と、第四子でやや手を抜かれてきた子育てのせいだろう。父なんて、判定を受けていないと知ってなお「お前、メイカーじゃなかったか?」なんて言っていたから、その台詞には流石に呆れてしまった。
管理局も管理局で、十六歳になっても判定を受けていない場合には申請書を再送していると言っていたけど、随分気長過ぎるだろう。もっとガンガン催促状を出すとか、一年おきに申請書を再送するとかしてくれてもよいと思う。そうすれば、自分が実はギフトでしたなんて大切なことは、もっと早く知ることができたのだ。
プレゼンツ判定に関わる検査は、国が指定するプレゼンツ外来がある特定の医療機関でのみ行われる。医療機関は各都道府県にいくつかあり、判定自体は検査のみで診察もなく、結果は自宅に直接郵送されると聞かされていた。実際、判定は血液検査やらエコーのみで、一時間ほどで終わり、申請書の控えを渡されただけだった。
しかし、検査から二週後、俺と母は医療機関から伝えたいことがあると呼び出しを食らった。さすがの母も兄姉のときとの違いに戦々恐々としていたし、俺も判定が遅かったからもしや怒られたりするんじゃないかと検討違いの心配をしていた。そして、ドキドキしながら診察室に入り、椅子に座らされ、担当医からまず言われたのが「お子さんはギフトです」の一言だった。
その後も担当医は第二次性徴がどうとか、子宮がどうとか言っていた気がするけど、内容はよく覚えていない。母は間の抜けた声で「はぁ、はい、はい」と担当医の話を聞いていたけど、混乱しているであろう俺たちを見かねたのか「詳しい話はまた後日、プレゼンツ外来の専門医から聞いてください」と言われ、話を切り上げられた。診察室を出る際に看護師からプレゼンツに関する冊子をいくつか渡されて、次の診察までに読んでくるよう指示された。会計もなく、受付でプレゼンツ外来専用の特別な診察券を渡され、次の診察日を決められた俺は、頭が真っ白になったまま母の運転する車で帰宅し、母から連絡を受けて家で待機していた次姉の
「陽生がギフトとか笑える」
と言われ、漸く怒りで我に返ったのである。
「というのが、先週末の話でして、俺どうしたらいいんですかね」
「飯塚君、あなたプレゼンツの授業ちゃんと受けてきたの?」
「はぁ、まぁ、一応は」
「寝ながら?」
「…···はい」
そして俺は今、学校の保健室にいる。週末に看護師から渡された冊子を読み込んだ俺だったけど、混乱している頭ではうまく理解することができず、おまけに話のわかる兄と長姉は家におらず、聞けるのは俺をバカにした次姉だけという状況で、元来面倒くさがりの俺はすっかり匙を投げてしまった。父母も慣れないインターネットを駆使して一生懸命検索をしていたけど、さすが俺の両親というべきか、キャパオーバーしたのか「次の診察まで待とう」ということでまとまったらしく、俺が何を聞いても「担当の先生にもう一度詳しく聞きましょう」としか言わなくなってしまった。餅は餅屋ということなのだろうけど、諦めが早い。しかし、一般的なメイカーの家庭にとって、両親がメイカーなら子どもももちろんメイカーというのが普通であり、ギフトという存在はそれだけ縁遠いものだった。
そこで仕方なく相談したのが、学校の養護教諭だった。プレゼンツは、自分から申告しない限り学校や職場でも把握することはできず、情報は管理局が一括にして管理している。そのため、担任がテイカーやロバーである可能性もあり、学校で相談する場合は養護教諭にするよう冊子に書いてあった。そこではじめて、もしかしたらこれまでに何度も授業で聞いていたのかもしれないけど、養護教諭はメイカーでないとなれないということも知った。
「まさか十六になってまだ判定を受けてない子がいたなんてねぇ」
「いや、俺まだ十五ですし、判定は受けたんです。小松先生、俺どうしたらいいんですかね」
「どうしようもなにも、プレゼンツのことをしっかり勉強して、自分の身を守りなさいとしか言えないわねぇ」
小松先生は俺の兄が高校在学中からいるおばちゃん先生で、気さくで話しやすく、怪我や病気の時も優しいと学校でも人気の先生だ。保健委員の俺は、ちょうどあった委員会の後に先生を捕まえ、相談したいことがあると伝え時間を作ってもらうことに成功した。人前で「プレゼンツのことでちょっと」と言えないところが面倒だけど、周りに自分がギフトだと知られるのは危険なので仕方がない。といっても、どのくらい危険で、どうして危険なのかはまだいまいちよくわかってないところでもあった。
「俺絶対メイカーだと思ってたのに…。これからは誰がテイカーだとか、ロバーだとか気にしながら生きていかなきゃいけないってことですか?」
「知識をちゃんとつけて自衛すれば大抵のことは大丈夫よ。必要以上に怖がらないこと。ビクビクすることで、逆に要らぬ詮索を受けることもあるからね」
「そういうものですか?」
「今まで普通に過ごしてきて、あなたがギフトだって気づいた人間がいた?」
「…···いないです」
「そういうこと。ただ、大人になるとどうしたって恋愛とか結婚とか妊娠って話が出てくるから、自分がどう生きたいかよく考えて行動する必要があるということ」
「自分がどう生きたいかなんてまだわからないですよ」
「ギフトに限らず、プレゼンツ判定を受けたら必ず誰もが考えることよ。飯塚君だけじゃない。クラスの子も、早い子は小学生で判定を受けるんだから」
これまでは、今何したいかとか、先のことでもせいぜい来月の試験程度のことしか考えてこなかった。それが急に人生という壮大なスパンになってしまった。でも、小松先生の言うように、プレゼンツは本来もっと早くに判定を受けているものなのだから、俺はむしろ自分と向き合うのが遅すぎたのだろう。
ギフトに限らず、プレゼンツが判明した時点で、どういう生き方ができるのかということはある程度わかることだ。特にギフトはパートナーの選び方や妊娠の問題が大きい。どう生きたいかによって、パートナーのプレゼンツは変わるし、同時に子を生むか否かの選択も決まってくるからだ。
「ずっとメイカーだと思ってきて、メイカーとして生きるつもりで、俺…···」
「すぐに決めることはないわ。判定が遅かったからと言って、早く結論を出さなければいけないわけではないし、プレゼンツの許す範囲で、生き方なんていつでも変えられる。皆そうやって生活しながら生き方を考えていってるの。今はそれを覚えておくこと。後は次の診察で担当医の話をしっかり聞いてくることね。ギフトの男の子は第二次性徴で体の構造が大きく変化するから、ちゃんと見てもらって。学校でのフォローは、今日みたいに私に相談してくれれば大丈夫だからね」
小松先生は、そういうと優しく微笑み、俺の肩をポンポンと叩いて励ましてくれた。家族以外に、見守ってくれる人がいるということにまず安堵した。次の診察は来週の金曜日だ。それまでに、もう少しプレゼンツのことを諦めずに自分で勉強しないといけない。ただし、『体の構造が大きく変化する』という先生の言葉は、俺はあえて聞かなかったことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます