第168話
状況整理をしよう。
俺たちの前には遺跡がある。
だが入り口らしきものがどこにも見当たらない。
その代わりに石碑や石像があり、それらが示しているのは、おそらく男女一人ずつの合計二人でしかこのダンジョンに挑めないのであろうということ。
ミィによる石像まわりの調査も終わり、残りの四人──アイリーン、サツキ、シリル、イルドーラの四人も石像周辺まで呼ぶ。
なおイルドーラはすでに人化しており、少女の姿だ。
「さて、誰と行くかだが──」
俺は五人の仲間たちを見渡す。
少女たちは俺の前に横並びになり、イルドーラ以外の四人はいずれも緊張した様子だった。
誰と誰が遺跡探索に向かうか。
男女一人ずつと考えると、一人は俺で確定だ。
では俺のパートナーとして、誰を選ぶべきだろうか。
各メンバーの能力を比較してみる。
まずアイリーン。
剣とオーラの扱いの天才で、近接戦闘能力は五人の中でも最優秀の一人。
サツキと比べるとオーラの力が厚く、能力の偏りが少ない。
雇い主だとか王女だとか周辺事情がいろいろと面倒だが、アイリーン自身はその辺を気にすることはないだろうし、俺も特に意識する必要性を感じない。
次にサツキ。
その戦闘能力は以前にはアイリーンに劣っていたが、今はほぼ互角の戦闘能力を持ち、特に見切り能力に関してはアイリーンを超えて神がかっている。
半面、純粋なオーラの力ではアイリーンよりもやや劣るのと、言動が軽率なのでその点が少し心配だ。
三人目、ミィ。
盗賊として優秀な能力を持ち、どんな仕掛けがあるか分からない遺跡の探索では非常に頼りになる存在。
またアイリーンやサツキの陰に隠れて目立たないが、オーラを使いこなせるため戦闘能力もなかなかのものだ。
武器が短剣であるため攻撃力には劣るが、敏捷性だけならアイリーンやサツキにも匹敵するし、瞬発的な判断能力や機転にも優れる。
四人目、シリル。
神の奇跡の使い手としては侍祭級の高い実力を持つ。
だが鎚鉾を使った近接戦闘能力は最低限の訓練を積んだ程度で、ほかの面々と比べるとかなり心もとない。
俺自身に武器戦闘の能力がないこともあって、今回は真っ先に候補から除外せざるをえないだろう。
最後、イルドーラ。
能力は未知数だが、本人は「人化した状態での力はそっちの娘子たちといい勝負じゃろう」と言ってアイリーンやサツキを示していた。
竜の姿になれば戦闘力は間違いなくトップだろうが、あの遺跡の天井の低さでは竜に変化して戦うのは無理があると思われる。
なお、今は興味がなさそうに大あくびをしている。頼めばやってくれそうな気はするが、基本的にはやる気がなさそうだ。
さて、この中で誰を選ぶかだ。
戦闘力だけでなく、諸々のバランスなども考えれば──
……まあ、順当に彼女だろうな。
俺は決断し、その少女の前に立つ。
「ミィ、一緒に来てくれるか?」
俺は獣人の少女に向かって、手を差し出した。
が、当のミィは驚いた様子だった。
「へっ……? ミィでいいのですか? アイリーンでも、サツキでもなく?」
少女は不安と嬉しさが入り混じったような顔で俺を見上げてくる。
別におかしな判断ではないと思うのだが……。
どうもこのミィという少女は、自己評価をあまり高くもたないタイプのようだ。
「ああ。ミィの盗賊としての能力や戦闘能力などを総合的に見れば、俺が二人で遺跡探索に行くパートナーとしては、ミィが最も適任だと思う」
「そ、そうですか……はぅ、ちょっと予想外です……」
ミィは視線を逸らし、首をかいて照れくさそうにしていた。
「はぁ、振られちゃったか。──じゃあミィちゃん、お願いね」
「ま、しゃーないな。でもミィなら安心だ。任せたぜ」
「ミィ、私たちの分も、ウィリアムのことをお願いね」
アイリーン、サツキ、シリルの三人は、少し残念そうな、あるいはホッとしたというような様子でミィにエールを送る。
ちなみにイルドーラは、相変わらず興味がなさそうだ。
「あうあう……分かったです。ふわあっ、責任重大です……」
仲間の期待を一身に託されたミィは、その頬を染め、それから恥ずかしそうに俺のほうを見上げて、おそるおそるといった様子で俺の手を取ってきた。
「それじゃあウィリアム……よ、よろしくお願いしますです……」
そう言ってきた少女は、奇跡のように可愛らしい生き物に見えた。
***
しばらくの後、俺とミィの二人は、遺跡内部と思しき建物の中にいた。
結論から言って、俺とミィの二人が台座に乗ると、テレポーターは正常に機能した。
石碑に書かれていた『つがい』というのは、別に夫婦関係になくてもよかったということだ。
テレポーターによって移動した先は、石造りの小部屋だった。
念のためミィがたいまつを、俺が
それどころか、小部屋の天井には魔法による灯りまでが施されていた。
「
「逆に不気味ですけどね。こっちは宝物荒らしです。歓迎されるのはおかしいです」
ミィはそう言いながらも、注意深く周囲に視線を走らせ、同時に猫耳をぴくぴくとさせ耳をすませているようだった。
このあたり、周辺警戒の専門家であるミィが気を張ってくれるのは、いつもながら助かるところだ。
そのおかげで、俺は俺で別の思考に集中できる。
「ミィ、いつも助かっている。ありがとう」
「へっ……? な、何がですか?」
「いや、周辺警戒のためにいつも気を張っているのは疲れるだろう。それを文句ひとつ言わず当たり前にやってくれているんだ。感謝しかない」
「そ、それは、ミィの仕事ですし……でも、仕事を認めてもらえるのは、めちゃくちゃ嬉しいです……。こっちこそありがとうです……」
ミィはひどく照れた様子で、そわそわとしていた。
以前も思ったことだが、彼女は自分の仕事についてほめられ慣れていないのかもしれない。
こういった様子を見てしまうともっともっとほめて反応を見たくなってくるが──残念ながら今はダンジョン探索の最中だ、ほどほどにしておこう。
そんなことを思っていると、ミィは周囲の警戒を完了したのか一息をついて、それから俺のほうをチラッと見てくる。
「……そういえば、ウィリアムとこうして二人きりになるのって、なんだか初めてのような気がします。実際はそうでもないかもですけど」
確かに。
サツキもシリルもいない、二人だけというのは珍しい機会かもしれない。
「抜け駆けをしたくなりますけど、信用されて送り出されたんですから、お仕事はちゃんとやらないとですね」
ミィはそんなことを言って、部屋の一方の扉のほうへパタパタと駆けていった。
俺たちがいる小部屋は家具も調度品もない殺風景な場所で、床には大きく魔法陣が描かれていた。
魔法陣は転移直後には燐光を放っていたが、今はそれも失われている。
それ以外に部屋にあるものと言えば、二つの金属製の扉──俺やミィの最初の立ち位置から向かって前方と後方の壁にそれぞれある──ぐらいだ。
ミィが向かったのはそのうちの片方で、後方側にあった扉だ。
「ウィリアム、またさっきの文字です」
扉を調べていたミィがそう伝えてくる。
俺は彼女のもとまで歩みより、獣人の少女が指し示す金属製のプレート──扉のかたわらにあったそれを見た。
プレートには、古代文明文字で「退くならば其れもよし。但し二度と挑戦すること能わず」と記されていた。
横にいるミィが、俺を見上げてくる。
「なんて書いてあります?」
「帰ってもいいが、その場合は二度とこの遺跡には挑めないとのことだ」
「ということは、こっちは出口ですか」
ミィが扉を調べてから開くと、その先の小部屋には、遺跡の外にあったのと同じ二体の石像と台座が配置されていた。
あの台座に乗れば帰還できるのだろうが──まあ、試すのはやめておいたほうがいいだろう。
「ひとまずこちらに用はないな。ミィ、向こうの扉も調べてもらえるか」
「はいです!」
ミィはどこか嬉しそうに、もう一方の扉を調べに向かった。
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