第167話

 一時間足らずの時間を、竜の背に乗って飛んだ。

 眼下に広がる景色はだいたいが森林や山地だったが、そのところどころに稀に小部族の集落のようなものも見えて、なかなかに新鮮な風景だった。


 だが一方で、この長時間を竜の背にまたがり続けるというのは、夢の世界ならぬ現実では結構厳しいのだとも思い知った。


 要は、座り心地がいいわけでもないものにずっと座っていなければならないので、尻が痛くなったということだ。

 せめて毛布ぐらいは敷いておくべきだったと後悔した。


 やがて遺跡の前にイルドーラが降り立ったとき、その背から降りたシリルも、しきりに尻をさすって気にしているようだった。

 ただほかの三人はケロッとしていたので、またオーラか、と若干嫉妬する。


 俺はメンバーでただ一人の同士である、シリルのもとへと向かった。


「シリル、俺はオーラの扱いを修得したいと、いま心から思った」


「奇遇ねウィリアム、まったく同感だわ」


 俺とシリルは、そう言ってがっちりと握手を交わした

 そして互いの友情を確かめ合うように軽くハグをする。

 オーラ使えない同盟の誕生であった。


「えっ、あの二人、なんで突然抱き合ったの?」


「あー、なんか共感があったみたい。でもうらやましい……」


「オーラ使えないとああいうボーナスもあるですか? ちっ、ぬかったです」


 サツキたちオーラ使える組がこちらを見てなにかを言っていたが、気にしないことにした。


 まあ、それはさておき。

 俺たちはそうして、遺跡の前へとたどり着いた。


 そこは丈の高い草がぼうぼうに生えた茂みで、遺跡は木々やツル植物などに覆われるようにしてひっそりとそこにたたずんでいた。


 遺跡は飾り気のない石造りの建物で、外から見た大きさは大貴族の豪邸ぐらいのもの。

 ただし見たところ一階建てで、その上には草木がいっぱいに覆いかぶさっていた。


 不思議な建物だった。

 入り口とおぼしき扉は見当たらないし、窓らしきものもない。

 ただのっぺりとした石壁だけが、建物の外観を形作っていた。


 それを見たミィが、腕を組んで難しい顔をする。


「これ、迷宮型の遺跡です? ミィはこういうの初めて見ます」


「おそらくはそうだろうな。住居や、なんらかの日常施設だったとは思えない造りだ」


 俺はミィに同意する。


 昨今、冒険者の活動によって世界中で古代魔法文明時代の遺跡があちこちで見つかっているのだが、そうした古代遺跡は大きく二種類に分類される。


 一つは住居・日常施設型の遺跡。


 これは魔法文明時代の人々が暮らしていた住居であったり、あるいは役所や図書館などといったなんらかの日常的な利用目的のある施設であったりが、そのまま朽ち果てずに今世まで残ったと目されているものだ。


 こうした遺跡の場合は、例えば住居であればリビングがあり、寝室があり、便所があり、厨房がありといったように、住居としての機能が垣間見える造りになっている。


 そうした住居・日常施設型の遺跡でも、探索をすれば現代では手に入らないような貴重な物品が見つかるようなことも少なくないので、遺跡としての価値はあなどれない。

 古代の呪文書や巻物、その他細々とした魔道具などは、こうした遺跡で見つかることも多い。


 しかし一方で、そのような普段使いの機能がまったく見受けられない遺跡というのも稀に発見され、そうした建物は「迷宮型」の遺跡と呼ばれている。


 これは一言で表現するなら、最初から冒険者が探索するような迷宮──すなわち「ダンジョン」としての機能を目的として作られた建物、ということになる。

 最奥に宝物があって、その宝物にたどり着くまでにはいくつもの障害があって……といった具合になっているわけだ。


 このような「迷宮型」の遺跡がどうしてできたのかは、現代でははっきりとは分かっていない。

 一番の有力説は「金持ちが道楽で作った」説で、俺もこの説が最も説得力があると感じている。


 だが、いずれにせよだ。

 遺跡を前にした俺たちには、一つ大きな問題があった。


「けどこの遺跡、どこから入るんだ?」


 サツキが遺跡の外観を遠巻きに見ながら、そんな率直な疑問を口にした。


 そう、まさにそれだ。

 建物なのに、扉などの入り口らしきものが見当たらないのだ。


 強いて言うなら──


「やっぱり、『あれ』ですかね?」


「まあ、普通に考えてそうだろうな」


 ミィが指さしたほうを見て、俺はうなずく。


 盗賊の少女が指さした先には、二つの石像と台座、石碑があった。

 それらが遺跡の前にひとかたまりになって、これ見よがしに置かれている。


「罠かもしれないです。ミィが先行するので、ちょっと待つです」


 ミィはそう言って、慎重にそちらへと向かっていった。

 石像付近やその周囲へと注意深く目をこらし、あるいは猫耳をぴくぴくとさせながら、ゆっくりと忍び寄るようにして石像のすぐ前まで移動した。


 それからミィは、石像のかたわらにある石碑をじっと見て、ついで俺たちのほうへと振り返った。


「ウィリアム、この文字読めますか? 来てほしいです」


 そう言われたので、俺はミィのもとまで歩み寄る。

 そして石碑に書かれている文字を見た。


 古代文明文字だった。

 そこに記された文面を、現代語に翻訳して読み上げる。


「──『比類なき大いなる炎の魔剣、ここに眠る。この試練に挑む資格持つは一組のつがいのみ。一人も多数も及ばず』か」


「えっと……」


 俺の言葉を聞いたミィが、その内容を咀嚼するように考え込む。

 そして俺を見上げて、答え合わせをするように聞いてきた。


「炎の魔剣がこの遺跡に眠っている、というのはいいとして、問題はそのあとですよね? この試練に挑む資格──『一組のつがい』って、ウィリアムはなんだと思います? ……やっぱり、その……これですか?」


 そう言ってミィは、すぐ目の前にある二体の石像を指さす。

 二体の石像はともに人間の姿を模したものだが、それぞれ造形が異なっていた。


 片や、筋骨隆々とした雄々しき男が剣を掲げた姿。

 片や、胸の前で祈るように手を組んだたおやかな女性の姿だ。

 それは明白に、男女という性別を象徴している像であるように見えた。


 そして、石碑の『一組のつがい』という表現。


 なお二体の石像を挟んで左右には、何も置かれていない台座が一つずつある。

 まるで、誰かここに立ってくださいと言わんばかりの配置だ。


「──だろうな。男女一人ずつ、二人でしか挑めないダンジョンということだろう。そしておそらくだが、この台座がダンジョンの入り口だな。遺跡内部に転移するテレポーターというのが定石だが」


 俺はミィに答えつつ、一つ呪文を唱える。

 使うのは魔力感知センスマジックの呪文だ。


 呪文が発動すると、俺の視界が魔力を映し出す。


 すると、石碑や二体の石像は魔力を持っていなかったが、石像の左右にある台座はどちらも魔力を示す赤い光を放っていた。


 また、もう一つ。

 遺跡そのものの外観も、全体が赤い光をまとっていた。


 これはつまり、遺跡の外壁すべてが魔力をもっているということだ。

 おそらくは遺跡全体に、なんらかの強力な防御魔法が張られているのだろう。


 俺が過去に読んだ冒険記によれば、この手の迷宮型の遺跡には、こうした仕掛けはありがちなもののようだ。

 透視シースルーの呪文による内部看破や、外壁を破壊するなどしての強行突破は不可能と考えたほうがよさそうだ。


 いや、本当はその辺りも、試してみなければ実際のところは分からないのだが、しかし試すにもコストというものがある。

 たとえば透視シースルーの呪文は、コスト──魔素の消費がかなり重く、いざ使ってみたら空振りでしたというのは、なかなかに痛いものがある。


 俺の魔素総量は冒険者になったばかりの頃よりもかなり伸びていて、いまや火球ファイアボールの呪文を最大七発まで放てるほどだが、その現在ですら透視シースルーの呪文は俺の魔素のおよそ一割をごっそり持っていくほどだ。


 それでも成果が見込めるなら使う価値はあると思うが──

 魔力感知センスマジックによる魔力反応が外壁に見えている時点で見込み薄だし、入り口の仕掛けを見ても、「この迷宮型遺跡の製作者」がそのあたりの対策をしていないとは考えにくい。


 ……まあ、ここは正攻法で行くべきだろうな。


 と、そんなことを考えていると──


「と、ところでウィリアム……ミィは一つ、気になることがあるです……」


 俺の傍らにいるミィが、少しもじもじした様子で言ってきた。


「ん、なんだ?」


「あのですね……この遺跡、男女一組しか入れないということは、ウィリアムは確定ですよね……?」


「まあ、そうなるだろうな。いくら何でもアイリーンを男にカウントしてくれるとは思えんし」


 恐ろしいことに、これだけ人数がいるというのに、パーティに男が俺以外に一人もいない。

 いまさらながらに、きわめて稀有な構成の冒険者パーティである。


「それで、もう一人なのですけど……ミィはその、『つがい』の意味がちょっと気になっていて……」


「ん……?」


 俺はミィに言われて、「つがい」という言葉の意味を思い浮かべる。

 複数の意味があるが、ここでは「動物のオスとメスの一組」を指すものと考えるのが自然だろう。


「人間はいわゆるところの動物とは違うから適合しないのではないか、ということか? それは考えづらいと思うが……」


「い、いえ、そうではなく。ほら、『つがい』って、『夫婦』っていう意味じゃないですか」


「……ああ、そういうことか」


 ミィに指摘されて、なるほどと思う。

 つまりミィは、単なる男女では足らず、夫婦関係にある男女でないと条件に適合しないのではないか、と危惧しているわけだ。


「もしそうであったならお手上げだが──まあ、試しにやってみるしかあるまい」


「──っ!? ヤってみるって、何をですか!?」


 ミィが尻尾をピンと立てて、口をパクパクさせる。

 あわあわと、あるいはそわそわとした様子だ。


「……? いや、いけるかいけないか、試しに二人で台座に乗ってみるのが最初だろうと思うのだが……何かおかしいか?」


「あっ……。……い、いえ、なんでもないです……」


 今度は顔を真っ赤に染めて、猫耳をパタッと倒し尻尾をぶんぶん振り回して恥ずかしそうにするミィ。


 何だかよく分からないが、とりあえず言えるのは、その姿がとても可愛らしいということだった。

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