第166話
極獄の宝珠の力で魔王を閉じ込めたことにより、数日の時間が確保できた。
アンドリュー王はそう言っていた。
であるならば、炎の魔剣を取りに行くべきだろう。
戦力はあればあるほど望ましい状況だ。
「竜よ、先ほど言っていた炎の魔剣だが、取りに行くのに時間はどのぐらいかかる?」
俺はいまだ俺の右腕に抱きついている幼女姿の竜に問いかける。
「んん……件の遺跡までなら、竜の姿で飛べば一時間足らずでたどり着けるかの? ところで
…………。
なんだろう、あまりにもツッコミどころが多すぎて、突っ込む気力も失せるのだが。
「……わかった、イルドーラだな」
ひとまずあたり障りのないところだけ答えておく。
すると竜娘──イルドーラは「うむ♪」と満面の笑顔で応じてきた。
困ったことにとても可愛らしかった。
俺の中で、荘厳な竜のイメージがガラガラと音をたてて崩れていく。
いや、もうだいぶ前からそうだった気がするが、そろそろ致命傷だ。
それはともあれ。
片道一時間たらずなら、遺跡の探索時間などの諸々を考えても数日というリミットに間に合わせて十分にお釣りがくるはずだ。
雇い主であるアイリーンにその旨を伝えると、
「うん、そうだね。ウィルの言う通りだと思う。じゃあその炎の魔剣、取りに行こう」
と、二つ返事の答えが返ってきた。
そうして俺たちは、次なるミッションへと挑むことになったのである。
なお国王に再度
だが一方で、先の俺に関する誤解を解く機会は、そこでは得られなかった。
国事に関する重要な連絡で俺個人に関する弁明を行うのは、話の流れがなければさすがにはばかられるところだった。
まあ、他人からどう見られようが構わないというスタンスでこれまでもやってきているのだから、いまさら気にすることもないかと思い直す。
それよりも、現在の問題を考えることだ。
さしあたりの問題はなにかといえば、まずは俺の魔素の残量だろう。
先ほどのトリプル
それを踏まえて、俺はアイリーンに相談する。
「アイリーン、遺跡に向かう前に十分な休息をとりたい。出発は明朝にしないか?」
「そうだね。僕もさすがに疲れたよ。今日はもう休んで、また明日にしよう」
「それならわしのねぐらを使うといい。たいしたもてなしもできんが、広さだけはたっぷりあるでの」
そうしたイルドーラの厚意もあり、俺たちは竜のねぐらである広大な洞窟で一晩をすごすこととなった。
夕食はイルドーラが狩ってきた熊の肉を分けてもらった。
熊はイルドーラとミィがさばいて、それを料理上手のシリルがステーキと肉スープに仕立てあげた。
熊肉はあらかじめ最低限の血抜きはされていたようで、少し硬いがうまみが強いワイルドな味わいだった。
シリルはスープを煮込む際、持ってきていた干し野菜を使いつつ「野菜がもっとあれば」とぼやいていたが、それでも旅先で食べられる料理としてはずいぶんなごちそうだった。
実際イルドーラも「これはうまいのぅ。うまい。ほんにうまい。これじゃから人間は侮れん」と言って、シリルが作った料理に夢中でかじりついていた。
そうしてあとは風呂に入り、各々が毛布に包まって就寝するばかりだ。
ところで風呂といえば、以前エルフたちに風呂を作ってからこっち、旅先ではサツキたちから風呂を作るよう頼まれることが日常になった。
旅先であれ、できれば一日の終わりには風呂に入ってその日の疲れや汗や汚れを洗い流したいのだという。
個人的な意見としては、結構な魔素を食うために夜間に何か起きたときの対応力が落ちること、入浴中は無防備になりやすいこと、それに旅汚れにまみれることまで含めて旅の醍醐味だと思うので、よほどのことがなければ作る必要はないと思っていたのだが──
この理屈、特に最後の一つに関しては、女性陣にはまったく通用しなかった。
果ては三人から、毎日銀貨一枚ずつ払うから風呂を作ってほしいとまで言われて、その熱意に押され、現在では旅先で労賃を受け取りつつほぼ毎晩風呂を作ることになっている。
まあ対応力や無防備うんぬんは実際にはたいした問題ではないし、それで彼女らのモチベーションが上がるなら悪くもないかと思うところだ。
なお以前に一度あった騒動としては、タオルも身に着けずに入浴していたサツキが「ウィルも一緒に入ったらー? なんちって」などと言ってきたので、冗談と理解しつつもこちらもジョークとして「分かった。いま行く」と答えたら、サツキが大慌てでぴぎゃーぴぎゃー騒ぎだした、というのがある。
さすがのサツキでも完全な裸身で男と共同入浴するのは恥ずかしいのだと知れたわけだが……まあ、まったくの余談ではある。
さてそんなこんなしつつ、洞窟で夜を明かしての翌朝だ。
シリルの手作りによる簡単な朝食をいただいてから、静かな空気に朝日の降りそそぐ早朝に、俺たちは出立することにした。
竜の姿に変身して伏せたイルドーラの背に、俺とアイリーン、サツキ、ミィ、シリルの五人がまたがる。
頭頂から尻尾の先までが十メートルほどにもなる竜は、乗用馬のような大型の騎乗動物と比べても比較にならないほどの巨大さだが、それでも五人も乗れば飛べるのかどうか心配にはなった。
しかし、そこはさすがの魔獣の王である。
『このぐらいどうということもない。あと二、三人も乗ればあやういかもしれんがの』
とは、竜になったイルドーラの言だった。
そして実際、彼女がその大きな翼を羽ばたかせれば、魔力をもった翼は竜の巨体を浮き上がらせ、やがてその魔獣の身を大空へと飛びたたせたのだった。
俺たちは竜の背に乗り、雄大な景色の上空を飛んでいく。
すると後ろにいるサツキが、俺に向かって声を張り上げてきた。
「──ウィル! やっぱり予知夢だったな!」
「ああ! こんなことがあるものなのだな!」
びゅうびゅうと風が吹きすさぶ中、俺も同じく叫ぶようにして返事をする。
俺は、少しテンションが上がっていた。
竜の背に乗って空を飛ぶ。
まるで童話の世界で、まさしく夢のようだ。
初めて
だが一方で、問題もあった。
イルドーラが速度を上げるごとに、正面からの吹き付ける風が強くなり、俺は若干の息苦しさと寒さをおぼえたのだ。
このあたりは夢と現実の違いだなと思い知らされる。
後ろの仲間たちは大丈夫なのかと振り向けば、どうやらアイリーン、サツキ、ミィの三人は体にオーラをまとわせて風を防いでいるようで、シリル一人が寒そうに身を縮ませていた。
なおオーラ使いの三人は、その体がほんのり光り輝いているようにも見える。
……オーラ、ずるいな。
なんでもありか。
だが、ないものねだりをしても仕方がない。
いずれ俺もオーラを使いこなせるようになりたいものだと思いつつ、いまは自分がもっているもので解決することにする。
「──
呪文を発動すると、俺の周囲に空気の層ができあがる。
それにより、先ほどまでの風あたりが嘘のようになくなり、俺を包む空気が穏やかで静かなものになった。
人心地がつき、ホッと息をつく。
なお呪文の効果範囲は最後尾のシリルまでを包んでおり、後ろを見れば、その神官衣の少女は驚いた様子をみせていた。
「暖かい……これも、ウィリアムの魔法?」
「ああ。初級の呪文で、通常は有毒ガスなどを防ぐのに使うのだがな」
障壁の範囲内では声を張り上げずとも会話できるようになったのも、この呪文の副次作用だ。
ちなみに、より上位の
それら上位の呪文と比べれば、初級の呪文は限定的な効果しかもたないものが多いが、その分だけ魔素の消費量も少ないため、うまく使えば高いコストパフォーマンスを発揮することができる。
シリルが俺に向かって笑顔を向けてくる。
「ありがとうウィリアム。寒くて死にそうだったの」
「うわぁ……本当、ウィルの魔法って何でもありだよね」
そのアイリーンの言葉には、サツキとミィがうん、うんとうなずいていた。
人は他人の持ち物を羨むものなのかもしれないなと思った。
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