第165話
知りたいのは、時間的猶予がどのぐらいあるのかということだ。
それによって、プラスアルファの戦力要素を確保しにいくべきかどうかが変わってくる。
俺は鏡の前からしりぞいて、連絡の適任者にバトンタッチをする。
その適任者──アイリーンは前へと進み出て、鏡の前で片膝をつき、おもてをあげた。
「騎士アイリーンより、王へご報告をいたします。こちらの首尾は上々──無事に竜の協力を得ることに成功いたしました。協力者ウィリアムの活躍によるところが大きかったと感じております」
『おお、そうか! それはよかった、さすがはわが愛娘の婿候補だ。俺の目にもまだまだ狂いはないようだな』
このアンドリュー王の言葉には、アイリーンがぎょっとした顔になった。
なぜかと言えば、鏡に映ったアンドリュー王のむこうには、国の重鎮であろう騎士や宮廷魔術師たちの姿も映っていたからだ。
「ちょっ、ちょっと、お父さん! 婿候補って、こんなところでなに言って……!」
『はっはっは、照れた顔も可愛いぞアイリーン。その顔が見たかった』
「……こ、国王。冗談もほどほどにしてください。公私は分けてくださいと、いつもあれほど」
『必要なときには分けているぞ。それに冗談ということもないだろう。お前だってウィリアムのことは好いて──』
「わあああああっ! ストップストップストーップ! お父さん、それ以上言ったら絶交だからね!? もう口きかないよ!?」
『お、おう、そうか。お前こそ公私混同じゃないか?』
「うるさい! いまは国に関しての話でしょ! 僕の話をするときじゃないでしょ!」
『わかったから、そう怒るな』
「もぉーっ」
アンドリュー王の後ろにいる重鎮たちは、その二人の姿をほほえましく見ているようだった。
そうした様子を見るに、この親子のやり取りはいつものことなのだろう。
ひょっとするとアイリーンは、国の重鎮会議の場においてマスコット的存在となっているのかもしれない。
重苦しい場に緩和の笑いというのは必要なものだから、あるいはこれもアンドリュー王の計算のうちなのか。
……いや、そうであるにしても内容はもう少し考えてほしいものだが。
なお、王の後ろに映っている重鎮たちの中には、一人だけニコリともしていない者もいた。
誰かといえば、宮廷魔術師団長ジェームズ──俺の父親だ。
特に不愉快そうな顔をしているわけでもないので王の考えなども
……ひょっとすると俺も、他人からはあのように見えているのだろうか。
少し笑う練習でもしたほうがいいのかもしれない。
さてそれはともあれ、そろそろ話を進めてほしいところだ。
俺はアイリーンのかたわらから、彼女にやんわりと催促をする。
「アイリーン様、件の話を」
「あ、ごめんウィル。そうだね。聞かなきゃいけないんだった。──国王、お聞きしたいことがあります」
思い出したという様子のアイリーンは、再び騎士の顔で鏡のむこうの国王と対面する。
アンドリューは今度こそ厳かな態度をとり、応対してくる。
『なんだ、騎士アイリーン。言ってみろ』
「はい。そちらは魔王とはもう交戦されましたか?」
『ああ。すでに一度ぶつかった。先に言った良い知らせと悪い知らせは、その上でのものだな』
王国騎士団は魔王とすでに交戦したという情報。
その上で、良い知らせと悪い知らせがあるらしい。
アイリーンは一拍だけ考え、それから返答する。
「では、悪いほうからお聞きしてもよろしいでしょうか」
『分かった。悪いのはな、件の魔王の強さが洒落にならんということだ。まずあの氷の鎧の硬さが尋常ではない。
「……鉄壁ですね。その上に達人級の戦闘能力……打倒できる見込みは?」
『ほぼないな。だがそれも過去形だ。なぜなら騎士アイリーン、お前たちが首尾よくやってくれた』
そう言ってニッと笑うアンドリュー王。
一方のアイリーンは、それに対しうやうやしく
「称賛の言葉、ありがたく。──良い知らせのほうをお聞きしても?」
『良いほうはな、時間かせぎはうまくいったということだ。疑似的な監獄を作り出すアーティファクトを使って、やつとその配下の一部をまとめて閉じ込めることに成功した。一回こっきりの秘宝だから二度はないが、これで数日は確保できた』
俺はそのアンドリュー王の言葉に驚いていた。
思わず口をはさんでしまう。
「陛下、その『疑似的な監獄を作り出すアーティファクト』というのは──まさか、『
『おう、さすがウィリアム、博識だな。そのまさかだ』
アンドリュー王は気を悪くしたふうもなく答えてくる。
むしろその後ろにいる宮廷魔術師団長──俺の父親のほうが、一瞬だけこちらを睨みつけたように見えた。
「なぁなぁウィル、そのキョクゴクのナントカってなんだ? すげぇの?」
かたわらにいたサツキが、俺にこっそり耳打ちで質問してくる。
俺はサツキに、同じく耳打ちで答える。
「極獄の宝珠──グレイスロード王国に代々伝わるとされるアーティファクトの一つで、国の宝物庫にある魔道具の中でも秘宝中の秘宝だ。陛下がそれをためらいもなく使い捨てにしたことに驚いた」
いや、そもそもが使い捨てのアイテムなのだから、使い捨てにするのは道理ではある。
だが、なにしろ歴史と伝統が今世まで残した遺物である。
アンドリュー王、やることがとにかく豪胆だ。
あるいは、ほかの誰かの入れ知恵なのか──
俺は、先ほど自分のほうを睨みつけた父親へと、われ知らず視線をそそいでいた。
一方アイリーンは、もう一度うやうやしく礼をして、話を切り上げようとする。
「状況は把握しました。ではまたご連絡いたします。──で、いいよね、ウィル?」
と、最後に俺に確認をとってきた。
すると鏡のむこうの重鎮たちの視線が、一斉に俺へと集まる。
……いや、まてまて。
アイリーンにはあとで説教だ。
これでは俺とアイリーン、どちらが主導権をもっているのかという話になってしまう。
少なくとも外面上は、アイリーンの立場のほうが上でなければならない。
この困った事態をどう取りつくろおうか思考をめぐらせていると──ふと、意外なところから横槍が入った。
「ちと待った。わしにも話をさせてくれんかの」
そう言ってアイリーンに場所をゆずるよう要求したのは、少女の姿をした竜だった。
アイリーンも、なにげなしにその場をゆずってしまう。
「アンドリュー、久しいの。しばらく見ないうちにずいぶんと可愛げのない面構えになったのぅ」
竜娘が鏡の前に立つと、対するアンドリューが相好をくずした。
『おお、イルドーラか! いや懐かしい。お前はあのときとほとんど変わらんな。あれからもう二十年はたっているだろうに。いや、少しだけ背が伸びたか?』
「阿呆か。竜の姿ならおぬしの頭一個分は伸びておるわ。……それよりもじゃ小僧、此度は遣いをよこすなどと、ずいぶんとなめた真似をしてくれたのぅ」
『あー、いや、それはすまなかった。こいつらが俺に行くなって言うもんだから仕方なくな。王になったからできることもあるが、こういうときは世俗のしがらみが足枷になる。許してくれ。──だが、遣いに送ったうちの娘とその護衛たちもたいしたもんだったろう? 特に──』
鏡のむこうのアンドリューは、そう言って俺へと視線を向けてくる。
それを受けた竜娘は、ニヤリと笑った。
「ああ、それには満足しておるぞ。というかの──」
言って、竜娘はその全身を使い、俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。
「わしはもうこの強いオスにメロメロじゃ。身も心もめちゃくちゃにされてしもうた。アンドリュー、おぬしはいい友人じゃったが、わしはもうこのオスのモノじゃ。それを伝えておこうと思ってな」
『……ほう。なんだウィリアム、意外と手が早いな。そういうタイプではないと思っていたが、いやはやさすがの色男ぶりだ。お前ほどの男はそうでなくてはな』
…………。
……どうしたものか、この事態。
とはいえ、もう
「失礼ですが、陛下はなにか誤解をしておられると思います。──ところでまもなく
『おう。美女をはべらせるのはいいが、あんまりうちの娘を泣かすなよ? ではな』
「で、ですから陛下──」
──ぷつん。
…………。
……これは俺の社会的な立場に、なにかとてつもないレッテルがはられてしまったのではないだろうか。
あの場には国王と親父のほかにも国の重鎮たちが大勢いたようだが、彼らの目に俺の姿はどう映ったのか。
それを想像すると、にわかに頭が痛くなってくる。
と、その俺の肩に、シリルがぽんぽんと手を置いてきた。
「ご愁傷様、ウィリアム。泣きたかったら胸を貸すけれど?」
「……それは非常に心惹かれる提案だ。確かに泣きたい。だが遠慮しておく」
「そう、それは残念ね」
そう言ってシリルはくすくすと笑う。
俺は途方にくれながら、はるかな夕暮れの空を見上げるのだった。
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