第157話

 ストラングルクリーパーというちょっとした障害をくぐり抜けた俺たちは、やがて目的としていた水源地へとたどり着いた。


「おおっ、すっげぇ! いいじゃんいいじゃん!」


「ホントだね。わぁ、これは匂い抜きにしても来てよかったかも!」


 サツキとアイリーンが、笑顔を弾けさせてはしゃぎ始める。

 そこはそういった絶景であった。


 俺たちの前に広がっているのは、水しぶきがきらびやかに舞う滝つぼだった。

 苔むした高い岩場から流れ落ちる水が、その下に透明度の高い大きな池を作っている。


 ざあざあと流れる滝の音に、小鳥たちのさえずりの声が調和する。

 周囲には鬱蒼と茂る森の木々たちも、ここにだけは場所を譲るのだというように、昼下がりの陽光を惜しみなく分け与えていた。

 さらに、滝つぼのほとりにはほど良い岩場が広がっており、休憩をするのにも具合が良さそうだった。


「ねぇ、ここでお昼にしようよ。僕もうお腹ペコペコ」


 折しも雇い主のアイリーンがそう言うので、俺たちはそこでしばらくの休息をとることになった。

 だが、その前に。


「アイリーン、キミは自分の身を綺麗にしてくるのが先だろう」


 俺がそう伝えれば、銀髪の男装娘はぷくっと頬を膨らませる。


「もう、分かってるよ。服と体洗ってくるから、覗かないでよね」


「そんなことするものか。だいたいキミの裸身など、数年前に幾度も見ているだろう」


「あ、あの頃とは違うし! 僕だって成長してるの! してるんだからね!」


「分かった分かった。さっさと行ってこい」


「むっかぁ! 分かったよ、何なら見る!? 見ていいよ、どうせウィルだし!」


 何を思ったか、おもむろにストリップショーを始めそうになるアイリーン。

 それを羽交い絞めにして止めるのはサツキだ。


「どう、どう! 落ち着け姫さん! 頭に血が上りすぎだ!」


「放せぇっ! あいつにいまの僕を見せつけてやるんだ!」


「だから落ち着けって! そもそも見せつけるほどのもん持ってねぇだろ!」


「むっきゃああああああっ! サツキちゃんお前も敵か! こうなったらサツキちゃんも剥いてやるっ!」


「えっ、ちょっ、おまっ──きゃああああああっ!」


 アイリーンが羽交い絞めにするサツキを力ずくで振りほどいて襲い掛かったあたりで、俺はその光景に背を向ける。

 サツキの技量が上がったと言っても、純粋なオーラによる力押しでは未だにアイリーンが圧倒するのだな、などと益体もない感想を抱いたりもした。


 やがてじゃれ合いも終えると、アイリーンは滝つぼに水浴びと洗濯をしに向かった。

 なぜかサツキも一緒に連れて行って、さらなるじゃれ合いを始めたりもしているようであったが。


 俺はその光景を意識的に見ないようにしていたが、滝の音にまぎれ、サツキとアイリーンが水場できゃっきゃとはしゃぐ声ぐらいは聞こえてくる。


 俺はそれで、裸身で水をかけ合う少女たちの姿を図らずも想像してしまい、頭を振ってそのよこしまな妄想を振り払った。


 ……邪念がひどい。

 これでは公衆浴場で女風呂を覗こうとする悪ガキと一緒だ。


 するとそんな俺のもとに、シリルが歩み寄ってくる。


「どうしたの、頭でも痛い?」


「いや。自分の邪念に辟易していただけだ」


「……邪念? あら、ひょっとしてサツキやアイリーン様の裸を覗き見しようとでもしたの?」


 そう言ってうりうりと肘を入れてくるシリル。

 だが大外れでもなく、俺としては憮然とするよりほかはない。


「恥ずかしながら、当たらずも遠からずといったところだ」


「……へぇ、ウィリアムでもそういうのあるのね。まあでもそうか。ちゃんとあなたも男の子っていうことね」


 そう言ってシリルは、今度はいい子いい子するように俺の頭をなでてきた。


 ……何故そうなる。

 頬が紅潮しているのが自分でもわかるぐらい恥ずかしい。


「……そういうことをされても、リアクションに困るのだが」


「んふふ、そんなことないわ。すっごくいい反応をしているわよ、いまのあなた」


「あのな。そう男性相手にマウントを取る言動ばかりしていると、男からは嫌われるだろう?」


「んー……ウィリアムはどう? こんなことをする私のことは嫌い?」


「いや、俺は別に構わんが……」


「だったらいいわ。あなたから嫌われなければそれでいい」


 シリルはそう言って、なおもにこにこしながら俺の頭をなで続けていた。


 ……手玉に取られているな。

 この娘はときどき、なぜ神官をやっているのか不思議なぐらい小悪魔になる。



 ***



 それからしばらくの後。

 俺たち五人は滝つぼの畔の岩場に腰を落ち着け、そこに昼食を広げていた。


 皆で囲んだ敷物の上には、サンドイッチが詰まった籠がいくつも並べられている。

 肉から野菜から、色彩豊かな具材が挟まれたサンドイッチは、どれもとてもうまそうだ。


「「「それじゃ、いっただきまーす♪」」」


 皆で食事の挨拶をしてから、それぞれが思い思いのサンドイッチをつまんでいく。

 俺も一つを手に取り、口へと運んだ。


「……うまい」


 感じたことを率直に口に出す。

 瑞々しい葉物野菜とジューシーな肉、それに適度な甘みのソースが絡んで、香ばしく焼かれたパンによく合っている。


 俺が一個をぺろりと平らげると、それを横で見ていたサツキがとても嬉しそうな顔をする。


「へへっ、いまウィルが食べたの、あたしが作ったやつだぜ」


「……驚いた。サツキは料理の才能もあるのか」


「まあなー♪ もっと褒めて褒めて」


 そう言ってサツキは、でれでれに照れながら身をよじらせる。

 ……まあ、幸せそうなのはいいことだ。


 いま目の前に並んでいるサンドイッチは、サツキ、ミィ、シリルの三人が共同で作ったものらしい。

 朝早く起きて宿の厨房を借りて作ったらしいが、旅先では味気ない保存食が普通だから、初日の昼だけでもこうしたご馳走にありつけるのは大変にありがたいところだ。


「いや、具材の調理もソースの味付けも、全部シリルの指導でやったですよ? サツキは言われた通りに作っただけです」


 ミィがそうツッコミを入れると、サツキがちぇっと言って口を尖らせる。


「何だよ黙っててくれたっていいじゃん。ミィがバラさなきゃ全部あたしの手柄だったのに」


「それが浅ましいと言っているです。少しは恥じろです」


「でも、そう言うミィだって自分が作ったのウィルが食べて『うまい』って言ってくれたら嬉しいだろ?」


「なっ……!? そ、それとこれとは話が違います! 話をすり替えるなです!」


 ミィが尻尾をピンと立てて抗議すると、サツキはからからと笑う。


 一方で俺は、近くでおこした焚き火の方へと向かったシリルへと視線を向ける。

 そして戻ってきた彼女から紅茶の入ったコップを受け取ると、その後俺の隣に腰を下ろした少女へと声をかける。


「シリルは料理が得意なのか」


「まあ、そうかもね。一応それなりの商家で生まれて、一時期は花嫁修業みたいなこともやらされていたから、ある程度はね」


 シリルの生まれについては聞いたことがなかったので、少し新鮮だった。


 しかし生い立ちを知らないのは、サツキやミィについても同様だ。

 その人の歴史を知らなくても、いまを共に過ごすことはできるのだなと今更なことを考えながら、シリルが淹れてくれた紅茶に口をつけた。


 そのようにして俺たちは食事を終える。

 一休みの時間も過ぎれば、また新たな旅立ちの時だ。


「──よし、そろそろ行くか」


 俺は遥か彼方に望む火竜山の姿を見上げると、再び仲間たちを連れて歩き始めた。

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