第154話
「──
俺は草陰から、目標の巨大植物へと杖の先を向け、呪文を発動する。
杖の前に光り輝く魔力の矢が四本現れ、それが一斉に射出された。
風を切り裂くがごとき速さで、光の矢は標的へと向かって行く。
当然ながら、威力もそれなりである。
だが一方で、この呪文は術者の
そしてそのように複数の矢を作り出しても、個々の矢の威力は変わらないし、消費する魔素の量も呪文一発分なのだ。
ゆえにこの呪文、高位の術者が使えば、そのコストパフォーマンスはかなりのものとなる。
そして、俺が発射したその四条の光の矢は、一直線に件の巨大植物へと殺到すると、その茎や花弁などあちこちを部分的に爆散させた。
被弾した部分にそれぞれこぶし大の穴ぼこができた植物モンスターは、苦悶するようにその身と蔦をぶんぶんと暴れさせた。
だがそれも、大した速さではない。
それに高位のモンスターが持つ類の高い魔法防御力を持っているわけでもない。
やはり大したことのないモンスターのようだが──
「よし、行くよサツキちゃん!」
「オーライ姫さん、秒で片付けてやる!」
アイリーンとサツキが、隠れていた草陰から飛び出していく。
二人はともに素早く武器を抜き放ち、オーラを脚に纏わせると、一歩で数メートルを駆けるような凄まじい脚力と速度で目標の植物モンスターへと向かって行った。
「ミィたちも行くですか」
「一応ね。出番はなさそうだけれど」
短剣を手にしたミィ、
よし。
これであとは経過を見守るだけだろう。
そう思いながらも、一応気を抜かずに状況を注視していたのだが──
──そのとき。
ずっと緩慢な動作を繰り返していた巨大植物の体が、突如として桃色のオーラを纏った。
──どくんっ。
それを見た俺は、心臓が弾けそうな驚きに見舞われた。
あれは──!
俺は草陰から、慌てて立ち上がる。
「──待て! アイリーン、サツキ! そいつはまずい!」
「「へっ?」」
だが警告は、一手遅かった。
二人はもう、件の巨大植物の支配領域に踏み込んでしまっていたのだ。
巨大植物は突然に、先ほどまでの緩慢さからは想像できないような素早い動きを見せる。
そして──
──ぶわっ!
開かれた巨大チューリップのような花の奥から、何やら桃色の花粉らしきものを吐き出した。
しなやかな茎を首のように振って掃射するように吐き出された花粉のようなものは、それぞれ別の角度から接近しようとしていたアイリーンとサツキに襲い掛かった。
「うわっ……! けほっけほっ……な、何これ……まさか毒……?」
「げほっ……! くそっ、吸い込んじまった……!」
両者とも巨大植物まであと数歩というところで足を止め、涙目になってケホケホと咳込んでしまう。
まずい……あれは毒なのか……?
いや、あのモンスターが俺の知っている「あの古代魔術師」の作品であるなら、あれが彼女らの生命に直接的な危険を及ぼすものであることは考えづらい。
だがあの花粉、ある意味では毒と同種の性質をもったものである可能性は高い。
それならば──
「シリル!
「えっ? う、うん、分かったわ!」
状況に驚き戸惑っていたシリルが、俺の言葉を聞いて慌てて祈りを捧げ始める。
「ウィリアム、何かヤバい相手ですか!? 二人はピンチですか!?」
ミィも状況判断に戸惑い、件の植物モンスターに近付けずにいるようだった。
だがそれは結果として正しい。
「ああ、ピンチだ! 俺の推測が正しければ、彼女らの生命に別状はないとは思うが、別の大変なものがピンチだ!」
「……は? どういうことですそれ?」
「詳しい説明は後だ! とにかくミィはあれに近付くな! 二の舞になるぞ!」
「は、はあ……よく分からないけど、分かったです」
ミィは少し首を傾げながらも、俺の意見を受け容れてくれた。
よし、これで
あとは──俺の呪文であれを撃破するしかないか。
サツキやアイリーンが接近してしまった以上、広範囲を爆炎に包む
ここは
だがそれで間に合うか……?
こうなってくると、開幕一発叩き込んでおいたのは幸いだったが──
一方、俺がそうして思考を回している間にも、事態は刻一刻と進んでいる。
「うっ、何これ……力が、出ない……!」
「くそっ……体が、動かねぇ……」
アイリーンとサツキは、吸い込んだ花粉の効力かその手から武器を取り落とし、がくっと膝をつく。
その二人の少女へ向けて、それぞれ何本もの巨大植物の蔦がシュルシュルと近付いていった。
そして──
「くっ……蔦が、絡みついてきて……!」
「やめろ……放せよ……!」
二人の少女剣士は、巨大植物の蔦に巻き付かれて、縛り上げられてしまう。
そしてそれぞれが拘束されたまま蔦に持ち上げられ、宙吊りの状態にされてしまった。
しかも、それで事は終わらない。
「えっ……? ちょっ、ちょっと、どこに入ってきて──!?」
「ば、バカ! 着物の中入ってくんな! やめろこのエロ植物ーっ!」
始まってしまった……。
巨大植物の蔦は、さらにうねうねと、あらぬ動きをし始めたのだ。
傍で状況を窺っていたミィは、呆然とした様子でそれを見ていた。
「えっ……な、何ですかこれ……」
俺も呪文詠唱の最中なので、そのミィの質問には答えられないのだが、脳裏には一人の古代魔術師の名前を思い浮かべていた。
現代よりも遥かに優れた魔法文明が築かれていたと言われている古代魔法文明記。
その文明が滅びた理由も含め、その詳細の大部分は未知のヴェールに包まれたままなのだが──
その中にあって珍しく、その人物に関してかなり多くの史料が出土されているという古代魔術師がいる。
I・K・ポーンという名のその古代魔術師は、絶大なまでの魔法の力を修めながらも、ある一つの執念にその人生を衝き動かされていたのだろうと目されている。
それは何かといえば──
……まあ、ありていに言ってしまえば、性的な欲望だ。
彼は自らの願望実現のため、信じられないほどの執念を発揮し、その目的のために人生を尽くしたのだ。
……いつの時代も、男子は根っこの部分で愚かということなのだろう。
ただ彼が尋常でなかったのは、異性との真っ当な性的交渉を求めたわけではなかったということだ。
彼が求めたものが何であったのか、それを一言で表すことは難しい。
だが、彼の理念はその「作品」に表れている。
彼はその深淵な魔法への理解を用いて、様々なモンスターや魔道具を作り出した。
そしてそのいずれもが、「女性をあられもない状態にする」類の力を持っているのだ。
彼が作り出したモンスターは、どういう魔力によるものか、女性に対してのみ異様に強力な力を発揮するという特徴がある。
あの植物モンスターが纏った「桃色のオーラ」は彼が作り出したモンスターに特有のもので、女性が接近した時のみ発現すると言われている。
そしてあのオーラを纏ったモンスターは、突如として信じられないほどの戦闘力を発揮するのだ。
なお、これも作成者の理念の一環なのだろうが、彼が作り出したモンスターが女性の生命を脅かした例はないと言われている。
なので、いま捕まっているアイリーンやサツキも、命に別状はないとは思うのだが……。
「ふぁあああああんっ! だめっ、ウィル、見ないでぇっ……!
「うわぁん、助けてウィルぅ! もうらめっ、やめろぉっ……!」
二人の天才剣士はいまや、何だかとてもあられもない姿になっていた。
ちなみに二人の言葉をトータルすると、見ないで助けろという無茶な注文が飛んできたことになる。
気持ちは分かるが、残念ながらそれは無理だと思う。
そして一方、そのときようやく、シリルの祈りが完成した。
「──
シリルが鎚鉾を掲げて凛々しく声を上げると、アイリーンの体に神の奇跡の輝きが降り注いだ。
二人同時には対象にできないから、まずアイリーンからという考えだろう。
そしてここで言う毒物というのは、致死性のものだけを指すのではない。
麻痺性の毒や、その他正常な状態を害するさまざまな薬物に対しても効果があるのが
あの植物モンスターが放った花粉もおそらく致死性の毒ではなく、多分もっと碌でもない何らかの効果を持ったものなのだろうが、それに対しても
そして、そのことを証明するかのように、シリルが放った治療の光を浴びたアイリーンは──
「ふんがぁーーーーっ!」
そう力強く叫んだ。
と同時に、彼女は自分を縛り上げていた蔦を力ずくで、ぶちぶちと一斉に引き千切った。
宙に浮かされていたアイリーンが落下し、その運動神経を活かして四つ足の獣のように見事に着地する。
そして、足元に転がった剣を拾い上げ、ゆらりと立ち上がった。
「ふ……ふふふふっ……よくもウィルの前で、こんな辱めを……僕、本気で怒っちゃうなぁこれ……」
一部はだけた衣服を気にすることもなく、アイリーンはちゃきっと剣を構える。
そして──
「──ぶっ殺す! このエロモンスター絶対許さない! ぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺おおおおおおおすっ!」
何だか一国の王女が口に出したらいけない響きの言葉を連呼しながら、アイリーンは巨大植物のモンスターを滅多切りにし始めた。
桃色のオーラで強化されているはずのモンスターなのだが、その俊敏性も防御力もすべてがねじ伏せられ、彼女の怒りの前に為す術もなくずたずたにされていく。
……あ、これ、
俺は呪文詠唱をキャンセルしつつ、様子を見守る方向へと方針をシフトした。
そして、最終的にみじん切りにされて活動を停止した植物モンスターを前に、植物の体液を返り血のように一身に浴びた少女は──
「ふっ、ふふふっ──あっはははははははは!」
そう、天を仰いで哄笑したのだった。
それを見て、あー、あれはアイリーン壊れているなと思いながらも、ひとまず大事にまでは至らなかったことにホッとした俺だった。
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