第143話
あたしは選んだ「道」を走る。
正面から、何本もの触手があたしに向かって襲いかかってくる。
両手両足、太もも二の腕、胴体に胸に首──巻き付こうとする狙いはそんなところか。
一本や二本よけようとしたって無意味だし、大きく横っ飛びでもしてまとめてかわそうと思えば「道」から外れる。
それじゃあダメだ。
だったら、そう。
まっすぐ堂々と向かっていって、巻き付きたければどうぞって、それでいい。
そう思ったあたしは「道」を
だって、あたしのことはウィルの魔法が守ってくれるって分かっているから。
そうすると自然の成り行きで、触手があたしに絡みついてくる。
手足に、胴に、首に。
すると──
──ジュウッ!
何かが焼けた音と、焦げた匂い。
触手が慌ててあたしの体から離れる。
その触手たちは、あたしに巻き付いた部分からどろりと溶け、さらには炭化して崩れていっていた。
「ははっ、バーカ! 全部ウィルの手の内なんだよ!」
あたしはその隙を突いて「道」を突進。
触手を伸ばしている本体がいるであろうトンネルへと走っていく。
──ウィルがあたしにかけてくれた四つ目の呪文は、
要は
熱量は
で、そうするとどうなるかっていうと、あたしに組み付いてこようとする不届きな触手は、思いっきり大火傷を負うことになる。
──ってことで、分かったかな触手くん?
あたしに抱きついていいのは、ウィルだけだからね。
あたしに触ると火傷するよ?
……や、実際にはウィルでも火傷するから、抱きつこうとしても拒否されたんだけど。
それはさておき。
こうなってしまえば、触手はあたしに何にもできない。
いや、本当はぶん殴ってくるぐらいはできるはずだけど。
とっさのことで触手もどう動いていいか分からないのか、ふよふよとためらうような動きを見せていた。
その間にあたしは、さっさと「道」を進んで行く。
経路にいた巨大幼虫を調子よく斬り進みながら、ついに件のトンネルへと躍り込む。
その大きなトンネル──あたしの背丈の三倍ぐらいの天井の高さと横幅がある──の奥に潜んでいたのは、ウィルが言っていたとおりの化け物だった。
小っちゃい頃に絵本で見た、ヤマタノオロチってのに近いって言えば近い。
でも胴体から生えているのが大蛇の首じゃなくてロックワームっていうあたり、すっげぇグロテスク。
胴体から生えているロックワームの数は七つ。
それぞれがロックワームの成虫と同じぐらいの大きさで、そのうち真ん中の一体だけはさらに一回りでかい。
そんな化け物が、トンネルの中に伏せるようにして潜んでいた。
ただでさえでかいロックワームが束になっているようなもんだから、とにかくでかい。
トンネル自体が広いのに、そいつはその広いトンネルにみっちり詰まって横たわっているみたいな感じ。
ちなみに触手はどこから生えているかって言うと、胴体の左右の脇から一群ずつ伸びているみたいだった。
片方が十本ずつ以上あって、両方で三十本前後ってとこか。
「さて──こいつをどう料理すっかね」
あたしはトンネルの入り口で、一度足を止める。
その化け物──マザーロックワームの先端部分まで数歩といったぐらいの位置だ。
触手群はゆらゆらと、あたしの周囲をうろついている感じ。
向こうも攻めあぐねているってとこか。
まあ触ったら火傷するのが分かっているんだから、おいそれとは攻められないだろう。
だけど同時に気付く。
あたしに絡みついて溶けたり炭化したりした触手が今、おぞましい肉の盛り上がりを見せながら、もりもりと再生しつつあった。
……ったく、何でもありだな。
まあそのぐらいしてくれないと物足りないかって気もするけど。
触手だけじゃなく、本体も再生するかもな。
ま、だとしても大丈夫だろ。
それより早く生命力を削ぎ落とし続ければ多分殺せる。
あたしは敵の全体を見渡して「道」を探す。
『流水舞踏』は群れを相手にするときにしか使えないって技じゃない。
単独の敵を相手にしたって「流れ」はある。
ぼんやりと見ること一秒ほど。
そうすると──見えた。
あたしは軽く地面を蹴り、その「流れ」に乗る。
触手が振りかぶってあたしを引っ叩きにきたのは、その一瞬後だった。
空振りして地面を叩く。
もうそこにあたしはいない。
あたしは前進する。
最初は少し左に向かって行って、三歩目で急制動、反転しつつ右に切り返し。
化け物の首のうち二本が伸びて、直前まであたしがいたところに食いついてくる。
それを斬る。
表皮が分厚くて、ほとんど岩そのものを斬っているぐらいの手ごたえだったけど、ウィルがかけてくれた
あっさり斬れる。
一つ、二つ、三つ。
トータル三回斬ったところで、軽く後ろに跳ぶ。
一瞬遅れて別の首が降ってきて、誰もいなくなったところに食いつく。
そいつを唐竹割りで斬って、また本体に向かって前進。
あたしが少し身を沈めると、頭上を通り過ぎる首。
それを下から突き刺して、押し切って捌く。
少し横によけて、また進む。
──まあ、後もだいたい似たような感じ。
斬って、動いて、斬って斬って、動いて斬って。
わりと化け物の周りをあっちこっち動き回った。
多分トータル二十回以上は斬ったと思う。
そいつはやっぱり本体も再生してきた。
でも、それも追いつかない。
あたしが斬るほうが遥かに速く、そのダメージのほうが遥かに重い。
それでも、でかいだけあってタフだったけど──
「──ギュオオオオオオオオッ……!」
──ズゥン!
やがて断末魔の悲鳴を上げ、ついに力尽きて倒れ伏した化け物。
そしてびくびくと
一等でかいロックワームの頭部に刀を突き刺して、刺した部分がどろりと溶けていっても、そいつはもうびくりともしなかった。
どうやら、勝ったみたいだ。
「──ふぅ」
呼吸を整えて、ホッと一息。
すげぇ集中した……。
身体の方はともかく、精神的にめっちゃ疲れた。
ロックワームの親玉はまったくいいところも見せられないまま撃沈したけど、別に雑魚だったってわけじゃない。
ウィルの魔法がなかったら、流水舞踏に開眼していても勝ちきれなくて、やられていたのはあたしの方だったかもしれない。
っていうか、多分そうなったと思う。
触手のせいで近付くのも難しかっただろうし、仮に接近できて本体とやり合ったとしても、高い防御力と再生能力に阻まれて削り切れなくて、先に息切れしていたのはあたしのほうだろう。
まあでも、いずれにせよ勝ったのはあたしらのほうだ。
ウィルが支えてくれているんだから、こんな奴に負けるわけがない。
だってウィルと初めての──いや、初めてじゃない共同作業なのだ。
にひひっ、うへへっ、うひひひひっ。
……こほん。
「さぁて、そんじゃあとは──」
ロックワームの親玉を倒したあたしは、突き刺した刀を引き抜くと、後ろを振り向く。
そのあたしの視線の先には──こっちに向かって這い寄り群がってくる、ロックワームの巨大幼虫の群れの姿。
どうやら
「わりぃな──でもよ、こっちだって仲間を殺られたドワーフからの依頼なんだ。ぶつかっちまったら強い方の群れが生き残るんだよ」
さて、そんなわけでもうひと仕事だ。
あたしは刀を振って、巨大幼虫の群れへと向かっていく──
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