第144話
サツキの戦いぶりは、待機させていた
マザーロックワームはどうやら高い自己再生能力を持っていたようで、それは明らかに俺の計算外だった。
しかしサツキはそんな程度のイレギュラーはモノともせず、圧倒的な立ち回りでマザーロックワームをねじ伏せた。
それをおそらくは直観、フィーリングだけで実現しているのだから、戦士の世界には俺たち魔術師には計り知れない領域があると思う。
なお、先にマザーロックワームの総合力はAランク以上はないだろうと予想したが、こうして実戦での戦闘模様や再生能力の凶悪さを見てみると、あれをBランクという枠に含めるのも問題がある気がしてくる。
アイリーンや王宮近衛騎士などといったBランク級の戦士が、単身で互角に渡り合えるような相手とも思えない。
そのクラスが二人掛かりでようやく勝利を勝ち取れる程度であろうから、B+といったあたりが妥当なランク付けだろうか。
いずれにせよ言えるのは、あれを相手に一撃の被弾もなくあっさりと圧勝をもぎ取ったサツキの実力は、間違いなく本物だということだ。
俺が付与した魔法の効果を計算に入れても、過去のサツキの実力では辻褄が合わない。
そう思うと、俺の口の端が思わず吊り上がる。
サツキはまだまだ強くなるだろうとは思っていたが、こうも早く結果をつかむとは。
さすが、大したものだと言うほかはない。
彼女は毎日欠かさず早朝のトレーニングを続けていたが、それが蓄積となって、その成果がたまたまこのタイミングで開花したのかもしれない。
本来、人の成長なんてゆっくりとしたものだ。
日々精進をしていたって、そんなに簡単に「結果」はついてこない。
すでに一定以上の十分な実力を持っているなら尚更だ。
皆がそんなに簡単に結果をつかめるなら、誰だって一年後にはSランクの実力を持つ達人になれてしまう。
ゆえに、努力による成長は難しい。
すぐに目に見えるような成果が出ずとも腐らず、あきらめずに日々の努力を続けることは、誰にでもできることではない。
だが、それを日々たゆまず続けてきたサツキだからこそ、そこに至れたのだろう。
そう思いたがるのは、あるいは俺の感傷かもしれないが。
俺は
「う、ウィリアム! あれ……!」
そのとき、ミィが俺のローブを引っ張ってくる感触があった。
俺は
「ミィ、どうした?」
「見るですウィリアム、あれ!」
「あれ……?」
ミィが指さしている方角を見る。
それは俺たちのいるトンネルから、地下空間を隔てて少し離れた斜向かいだった。
俺たちがいるのとは別のトンネルの出口。
そこに二人の冒険者の姿があった。
それを見て、俺も息をのむ。
「もう来たのか……」
──グレン、そしてセシリア。
赤髪で黒甲冑の青年と、銀髪黒ローブの女性がそこにいた。
俺の想定よりも遥かに早い。
俺たちは
それなのにあの二人、やや遅れてとは言え、タイムラグ程度の差でここにたどりついてきた。
ひょっとしてセシリアも、
まったくあり得ない話ではないが……。
二人はトンネルの出口から地下空間を見下ろし、何やら話をしているようだった。
何を話しているかは聞こえない。
そしてしばらくすると、その二人は俺たちの存在に気付いた。
グレンが大声を張り上げてくる。
「おう魔術師! ここは虫けらの巣穴か? 俺と同じタイミングでここにたどり着くとは、テメェもなかなかの豪運を持っているみたいだな」
「……豪運? ──運、だと……?」
……まさか。
やつらは……いや、やつは──
ただ持ち前の運の良さだけで、このタイミングに、ここにたどり着いたというのか?
あり得ない。
いや、あり得なくはない。
あり得なくはないから、今やつがここにいる。
サイコロを三つ振って、全部六の目を出すぐらいの豪運を持っていればあり得る話。
舌打ちをしたくなる。
道理を、計算を、ただ運だけで覆してくる存在があっていいものか。
しかし一方で、安堵もする。
あれを相手に、純粋な運試しの勝負をしなくて良かったと。
自分の口元が吊り上がるのを感じる。
俺はグレンに向かってこちらも声を張り上げ、言葉を返す。
「いや、こちらは運ではない、必然だ。それに、厳密には同じタイミングではない。──サツキ!」
「──おう。呼んだ、ウィル?」
地下空間のすり鉢状の底。
二十体ほど残っているロックワームの幼虫たちが、一つの大型トンネルの入り口に集まろうとしていたところ、その先頭にいた一体がずしんと仰向けにひっくり返る。
そしてトンネルの中から悠然と歩み出てくるのは、刀を携えた着物袴姿の少女。
あの巨大幼虫がひっくり返ったのは、彼女が蹴り飛ばしでもしたのだろう。
持ち前のオーラによる力に加え、
サツキは一度俺の方を見上げ、それからグレンを見付けると、そちらに向かって声をかける。
「おー、聞き覚えのある声がしたと思ったら、やっぱりテメェか。──一歩遅かったな。ロックワームの親玉は、あたしがもう倒したぜ」
サツキはそう言いながら、ふっと緩やかに動き、何気ない仕草で刀を振るう。
それで、彼女に向かって行った幼虫の一体が斬られ、撃沈する。
……あれはもう、ほとんど敵を見ていないのではないか。
あらかじめ動作が入力されているような、そんな人間離れした仕業。
一方、そのサツキを見たグレンは、にわかにワクワクした獣のような表情を浮かべた。
「なんだぁ? ちっと見ねぇうちにあの女、随分と面白れぇことになってんじゃねぇか。──おいセシリア、
「……分かりました」
セシリアは不愉快そうに眉をひそめつつ、呪文を唱える。
それを見た俺は危機感を覚えた。
妨害のための呪文を思い浮かべつつ声を張る。
「おい、何をする気だ!」
「慌てるな。何も女と斬り合いやしねぇ。ただ──ちょっと一緒にダンスを踊ってみたくなっただけだ!」
セシリアによる
速い。
その姿はさながら大型の黒豹のよう。
グレンはあっという間にロックワームの幼虫たちの群れに飛び込むと、水を得た魚のように活き活きと大剣を振るい始める。
そしてサツキと二人で、お互い競い合うように巨大幼虫どもをばったばったとなぎ倒していった。
俺はそれを見て、ひとまず安堵する。
あの男がああ言うからには、サツキと直接切り結ぶようなことはないだろう。
そういうくだらない嘘はつかない男と思える。
一方でセシリアのほうはと見ると、彼女は大きくため息をついていた。
そしてちらと俺の方を見ると、こんなことを言ってくる。
「……人の想い人を奪うのやめてくれないかしら。私と重なっているときより興奮しているのを見せつけられるとか、嫉妬で狂いそうになるわ」
「それを俺に言われてもな。そちらこそ、猛獣を放し飼いにするのはやめてほしいものだが。首輪をつけて鎖でつないでおいてくれないか?」
「無茶を言わないで。私には飼われるだけで精一杯よ」
「……なるほど。そういうものか」
世の人間模様には色々あるものだなと、俺はあらためて思い知らされたのだった。
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