エピソード4:突入

第142話

 ──side:サツキ



 地下空間を駆け下りる。

 地面が粘液で少しぬめっているけど、駆け下りる分には大したことじゃない。


 そんなことより、すごいスピードだ。

 いつもの五割増し以上の脚力で地面を蹴っている感覚がある。

 景色が飛ぶような速さで後に流れていって、向かう先のロックワームの幼虫の群れがあっという間に近くなってくる。


 きっとウィルが掛けてくれた身体能力増強フィジカルバーストって魔法の効果だろう。

 体の奥底から力が湧いて出てくる感じ。

 ヤバい。

 今なら誰にも負けないって感じがする。

 姫さんにも、あのグレンって野郎にも多分勝てる。


 だけどそれは、ウィルの力をもらっているからだ。

 あたし自身の力じゃない。


 ──だから、ここでつかむ。


 いつまでも負けっぱなしは嫌だ。

 ウィルのそばにいるのに、ウィルに甘えていたんじゃダメだ。

 あたしはウィルを支えられるようになりたい。

 そのためには、精進すること。


 でもビジョンが見えなかった。

 どうやったら今よりも強くなれるのか。

 日々のトレーニングは続けるにしても、それだけじゃ足りない。

 もう一つ、殻を破る何かが必要なんじゃないかってずっと思っていた。


 それでずっとあたしなりに、あまり頭良くはないなりに考えて、考えて、考えて──思い出した。


 昔、師匠が教えてくれたけど、できるようにはならなかった技。

 それがふと、今ならひょっとしたらできるんじゃないかって思った。


 すぐそこまできている。

 もう一つ、何かイメージがつかめれば──


 そんなことを思っていると、後ろからウィルの声が聞こえてきた。


「サツキ──気を付けろ、と言いたいところだが、キミにこの言葉は逆効果なのかもしれん! だから言い方を変える──キミのベストを尽くせ! それがどういう方法なのかは、キミのほうが分かっているだろう!」


 このウィルの言葉を聞いて、あたしは、ああそっかって思った。

 そして、嬉しく思った。


 ウィルはいつもあたしに、気を付けろ、注意が足りないって言う。

 ミィやシリルもそうだ。


 でもあたしには、それがよく分からなかった。

 気を付けるっていうのがよく分からない。


 あたしはいつも、体と気持ちが動く方向に動いて、刀を振るう。

 動きには流れがある。

 流れに逆らったらうまくいかない。

 気持ちと体とが自然に向かう方向に動く。

 それがあたしのやり方で、そうじゃないやり方なんて分からない。


 だけどウィルが言うんだからきっと正しいんだろうって思って、気を付けたり、注意したりっていうのをやってみようとした。

 それがあたしを成長させてくれるんじゃないかって思って試してみた。


 でもやっぱりうまくいかなくて。

 気を付けるとか、注意するっていうのが、流れを止めるものにしか思えなくて。


 で、もっと考えて考えて考えるうちに、思った。

 ウィルとあたしは、違うんじゃないかって。

 ウィルにはウィルに合ったやり方が、あたしにはあたしに合ったやり方があって、ウィルのアドバイスはあたしには違うんじゃないかって。


 そう思ってから身が軽くなった気がして──それで、今のウィルの言葉だ。

 あたしと同じところに、ウィルが来てくれた。


 ウィルだっていつも絶対に正しいわけじゃないんだ。

 ウィルだってあたしと同じで、今も少しずつ、一歩一歩前に向かって進んでる。


 それに、誰かの言うことは、誰かの言うこと。

 あたしがやることは、あたしが決めること。


 何があたしのベストかは──あたしが一番よく知っているんだから。


「うっしゃあああああああっ!」


 気合を入れなおす。

 ロックワームの幼虫の群れはもうすぐ目の前だ。

 幼虫って言ったってあたしよりでかい巨大幼虫だけど。


 タン、タン、タンと力強く跳ねるようにして駆け下りていく。


 すると、あと数歩というところで、視界の端から触手が飛んできた。


 来やがったな。

 でもあれじゃあ、今のあたしの速さには届かない。


「──ひゃっほおおおおおおおぅ!」


 勢いのまま、地面を強く蹴ってジャンプする。

 それで一気に、何十体もいる巨大幼虫の群れの真っ只中へ向かう。


 何本もの触手が、一瞬遅れてあたしが直前までいた地面に殺到していた。

 遅ぇよバーカ。ノロマ。


 でも巨大幼虫の群れのいる場所に着地しようとすると、そこにいた巨大幼虫の一体が、あたしを呑み込もうと上に向かって口を開いてきた。


 ぐぱあっと、唾液まみれで開かれた大口。

 気持ち悪いけど、怖いとは思わない。


「邪魔だっ!」


 あたしは落下中の空中で足を振り、そいつの顎を蹴っ飛ばす。

 オーラと魔力で強化された蹴りのパワーは、巨大幼虫の中途半端に大きい図体に直撃すると、それをずしんとひっくり返した。


 近くにいた別の一体がその下敷きになって、ぐぎゅっという可愛くない悲鳴をあげる。

 いや、可愛くても困るけど。


 地面に着地するなり、瞬速で一歩を詰めて刀を振るい、まずその二体を斬って捨てる。


「ギュォオオオオオオオッ!」


 悲鳴。

 振った刀はロックワームの岩のような皮膚を一瞬で溶かし断ち切って、その肉体もろとも縦一文字に斬り落とす。

 刀身の長さの問題で完全に輪切りにはできないけど、生命力を奪うには十分だ。


「まず二つ。次は──」


 すると周囲にいた山ほどの数の巨大幼虫たちが、やっぱりぐぱぁっと大口を開いて、巨体を揺らしてあたしのほうへと向かってくる。

 うーん、動きがノロいからやられる気はしないけど、見た目は軽くホラーだよな。


 あたしは体感的にスローモーションで迫ってくる巨大幼虫の群れをぼんやりと見回して、通るべき「道」を見出す。

 どのルートを通っていけば手詰まりにならず、巨大幼虫どもを斬り捨てていけるか、それを直観的に見つけ出す。


 その最中、さっきの触手群がまたこっちに向かってきたのが見えた。

 それもスローモーション。


 触手の出所を追いかけると、一個の大きなトンネルの穴の中。

 ウィルが言っていた通りだ。


 あたしはそれも視野に入れて、そのトンネルまでの道筋を探る。


 辿るべき「道」は、一瞬で閃いた。

 ウィルに強化してもらった身体能力があるからこそ、それを前提にするからこそ見える「道」。


 地面を強く蹴ってスタートする。

 そして加速し、切り返し、稲妻のようにジグザグに迅雷の速度で「道」を駆け抜ける。

 巨大幼虫の群れの間のわずかな隙間を縫って抜けていく。


 再び殺到する触手も、次々と降り注ぐ巨大幼虫の噛みつき攻撃も、一瞬前にあたしがいた場所を攻撃するだけ。

 意識的に回避する必要すらない。


 その道すがら、流れを殺さないように巨大幼虫たちを斬っていく。

 必然、踊るような、舞うような動きになる。


 三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ──

 次々に悲鳴を上げ、地に伏していく巨大幼虫たち。


 ──あ、これか。

 これでいいんだ。

 オッケーオッケー。全部つかんだ。

 何も難しいことなかったじゃん。

 何やってたんだろあたし。


 ってわけで、奥義『流水舞踏りゅうすいぶとう』、修得完了!


 でもこれ、地の身体能力がないとしんどいかもなー。

 普段のあたしじゃ、相手によっちゃ難しいかも。

 やっぱり地の力は必要だ。

 ま、それはそれとして。


 うーんしかし、こんだけ潰してもまだ何倍も数いるのな。

 こいつら全滅させるの結構めんどいな。

 これやっぱ後回しだな。


 それよか──ほら来た、触手第二陣。

 最初に襲ってきた第一陣の触手と、別の第二陣の触手、それぞれ別の方角からあたしに向かって迫ってくる。


 あたしはとっさに「道」を探す。

 ──でも、やりたいこと全部を満たす「道」は見えない。


 あー、どっちかの触手群とぶつからないとダメだなこりゃ。

 一度退けばそうでもないけど、それやったらジリ貧だろうし、


 ちなみに、触手群と正面衝突して切り抜けるのはちょっと難しいと思う。

 うまいこと一本一本よけてかいくぐるっていうのはなかなか至難の業だし、あれだけの数を全部まとめて切り捨てるっていうのも無理がある。


 多分、ぶつかったら捕まるよな。

 でも──まあいっか。


 あたしは触手第二陣と正面衝突する方向で進路を決める。

 それは触手の出所である穴に、最短ルートで進む「道」だ。


 前に向かって地面を蹴る。

 触手群が、あたしの正面やや上方から、あたしに向かって降り注いできて──



 ***



「……な、何ですかあのサツキの動きは……。すげーです……」


 トンネルから首を出し地下空間を見下ろしながら、隣のミィがそんな感想を漏らす。


 一方の俺も、驚きを隠せなかった。

 ロックワームの幼虫たちの間をかいくぐり、縦横無尽に動き回るサツキの小さな姿。


 彼女が通ったあと、その周囲の幼虫たちが次々と地に伏していく。

 触手の攻撃も幼虫の攻撃も、彼女に及ぶどころか次元が追い付いていない、そんな印象。


 それはサツキの本来の運動能力に身体能力増強フィジカルバーストの効果を加味して考えても、想像もつかないほどの恐ろしい戦果だった。


 ただ、それは速さのみによって為されているものとは見えなかった。

 言葉で表現するならば、「恐ろしく無駄がない、完璧な立ち回り」とでも評するのが近いだろうか。


 どこをどう計算して動いたらあんな動きになるのか。

 どんな速度で思考してもあの動きには至れるはずがないと思える。


 まるで最初から決まり切った動作のルートをそのまま現実化してたどるような、そんな予定調和。

 川の水がそう流れるのだと決まっているように、出来事があるがままに起こり、サツキの無双を追認していく。


「──あ、でも」


「むっ……」


 だがそれゆえに、ミィも俺も上から見ていて気付く。


 サツキの正面から迫る第二陣の触手群。

 それは今のサツキの「流れ」を殺すせきのように、無双をする少女へと迫りゆく。


 そしてサツキ自身も、それに向かって突っ込んでいって──

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