第139話
ロックワームに案内されて進んで行く。
やがて坑道を外れ、ロックワームが掘り進んだと思われるトンネルの一つを進んで行くことになる。
人の背丈ほどの直径を持つロックワームが通れるトンネルなのだから、人間が歩いて通れない道理もない。
だがドワーフ用の坑道がそうであるのと同じ程度には、窮屈な高さだった。
一方、トンネルの横幅に関して言えば、坑道よりも明らかに狭い。
坑道では二列縦隊で進んでいた俺たちだったが、ロックワームのトンネルに入るところから、縦一列で進むことになった。
ロックワームの制御者である都合上、俺が最前列で、そのあとにサツキ、ミィ、シリルが続く形だ。
「うぇぇ……なんか足元とか壁がぬるぬるネバネバすんだけど……うわっ、なんか上から垂れてきた!」
「にゃうぅ、多分実害はなさそうですけど、長居したい場所ではないですね」
「もう死にたい……早く帰ってお風呂に入りたい……」
意外なことに、最も泣き言がひどいのはシリルだった。
いや、泣き言以前に、実際ひっくひっくと泣いているような声が後ろから聞こえてくる。
どうも本当に苦手なようだ。
それでも嫌だ嫌だと駄々をこねたりせず、頑張ってついてくるあたりはさすがの自制心だが。
そんな調子でしばらく進むと、やがて前を進んでいたロックワームが動きを止めた。
トンネルの狭さの都合上、ロックワームは振り返れないのだが、尾部をぶんぶんと動かして何かを俺に伝えようとしているようだった。
俺は後ろを振り返って、仲間たちに伝える。
「おそらく目的地に着いたのだと思われる。……大丈夫かシリル?」
「ぐすっ……大丈夫じゃないけれど、頑張る」
最後尾のシリルは涙目だったが、ぐっと食いしばって我慢している様子だった。
……まあ、頑張るというのだから、ひとまず信じよう。
さて、それはともかく。
おそらく目的地にたどり着いたのはいいが、制御しているロックワームが邪魔でその先の様子が見えない。
どうしたものか。
「──ロックワーム、道を開けられるか? キミの同胞たちには気付かれないようにしたい」
ひとまずそう指示を出してみる。
するとロックワームは、自分の横手の壁を食い破って進み、そちらへと自分の身を退避させてみせた。
……なるほど。
そうして、それまで俺たちの前方をふさいでいた案内役のロックワームがいなくなると、その先の光景が見えるようになった。
俺はさらに数歩を進み、そこにあったものを眺める。
「これは……驚いたな。ある意味で、なかなかに壮観な景色だ」
「えっ、なになに、あたしも見たい。──って、うげぇっ、なんじゃありゃ」
サツキが俺のすぐ後ろに引っ付いてきて、俺の肩越しにその光景を見ると、すぐさま嫌悪の声をあげた。
そういった声を上げたくなる気持ちは、俺も分かるところだった。
俺たちが進んできたロックワームのトンネルは、ある開けた地下空間に繋がっていた。
そこはすり鉢状になった空間だが、おそろしく広大で、その広さは王都グレイスバーグの王城が城壁ごとすっぽり収まってしまうのではないかと思えるほどだ。
俺たちは今、そのすり鉢状の地下空間を見下ろす位置にいる。
今いるトンネルを抜け出して、その先の傾斜の急な下り坂を下りていけば基底部に辿り着くといった立ち位置になる。
今いる位置からは、どちらかと言えば天井のほうが近く、
なおその地下空間の外壁には、俺たちが今いるトンネルのほかにも、いくつもの「穴」が見受けられた。
いくつものトンネルからこの空間に繋がっている──というよりは、この空間を起点にしてロックワームがあちこちにトンネルを掘り進めた結果と考えたほうが、おそらくは妥当なのだろう。
その広大な地下空間に、大量に蠢いているものがいた。
サツキ同様に俺のかたわらから首を出したミィが、小さく声を上げる。
「あれはロックワーム……の、幼虫ですか? 数は……三十以上は確実ですね。多分四十……もしかすると五十ぐらいいるかもです?」
「幼虫ってデカさじゃねぇけどな。でも確かに、昨日から見てる普通のロックワームと比べると半分ぐらいの大きさか。でもあれでも、あたしたち丸呑みにしてすっぽり腹の中に納めちまうぐらいはできるだろ」
そうミィとサツキが言う通り、その地下空間の底には、大量の小型ロックワームがうじゃうじゃと蠢いていた。
ただ小型と言っても、全長は人の背丈の五割増しほどであるし、口を開けば人間一人を頭からどうにか丸呑みにできるだろうというぐらいのサイズではある。
ちなみに、一人反応がないので後ろを見てみると、そこにいたシリルは置物のように固まって涙目でぷるぷると震えていた。
あの位置からだと地下空間の光景はほとんど見えないと思うが、サツキたちが喋っている内容だけでもうダメなのかもしれない。
まあ、シリルはひとまず気にしないでおこう。
今回の作戦上、彼女が決定的な役割を果たすこともないだろう。
一方でミィとサツキは、
「でも成虫は──見た感じいないですか?」
「みたいだな。大人は餌探しの出稼ぎにでも行ってんのかね?」
「ありうるです。でも幼虫の護衛に、何体かは残っていそうなものですけど」
「んー、言っても幼虫でもそんじょそこらのモンスターより強そうだしなぁ。あれに護衛っていらないんじゃねぇ?」
「そうかもですけど……」
ミィは少し腑に落ちないという様子で考え込んでいた。
俺もどちらかと言えば、ミィと同じ危惧をしていた。
すなわち、どこかに「護衛」が隠れ潜んでいるのではないか。
少なくとも、その可能性は視野に入れて動くべきだろう。
「
俺はそろそろ定番となってきた
ちなみに「目」を進めるための精神集中をするかたわらで、ミィとサツキの会話が聞こえてくる。
「サツキ、分かるですか、この
「わーってるよ。ウィルの凄さはあたしが一番よく分かってんの!」
「ホントですかぁ? ミィのほうがウィリアムの凄さをよく分かってると思うですけど」
「んなことないし! あたしのが分かってるし!」
妙なことで張り合っている二人がいた。
だが自分の仕事の価値を正当に評価してくれる仲間というのは、意外に得難いものだとも聞く。
そのあたりも俺は、仲間に恵まれているのだろうと思う。
それはともあれ、俺は「目」を進めていく。
下り坂の地面から常に一メートル半ほどの高さ──俺の目線の高さを目安にキープして浮遊させ、すり鉢状の地面に沿ってゆっくりと前進・下降させていく。
そして「目」を進めながら、あちこちのトンネルを見て、隠れているロックワームがいないかを注意深く確認していく。
見たところ、そうした様子はないようだが──
──いや、いた。
すり鉢状の底、ロックワームの幼虫が大量に蠢いている場所のだいぶ近くまで来たとき、基底部近くの大型トンネルの中に、そのおぞましい怪物が潜んでいるのを発見した。
それは複数体のロックワームを一つに束ねて、尾の部分で接着したような形状をしていた。
例えるならば、ヒュドラのようだとでも言えばいいのか。
そしてヒュドラで言うところの胴体に当たる部分から、長い触手のようなものが無数に生え、それがじゅるじゅると蠢いていた。
あれがマザーロックワームだろう。
偵察をしておいて正解だった。
あれの存在を意識せずに攻めていたらと思うとゾッとする。
俺はその後、「目」でほかのトンネルも見て回り、それ以外に特に潜んでいるものがいないことを確認してから、
トンネルの中から、地下空間をのぞき見ている視界が戻ってくる。
その俺のかたわらには、サツキとミィ。
俺はミィの頭を半ば無意識的になでる。
「ミィ、ビンゴだ。護衛はいる。それもとんでもないのがな」
「にゃうっ、とんでもないの、ですか……? ──あっ、ひょっとして!」
「ああ、マザーロックワームと思しきものが隠れていた。例の冒険譚に記述されていた姿形とも一致する」
俺はそう言って、「目」で見た光景を仲間たちに伝えた。
ちなみに背後では、俺の説明を聞いたシリルが、涙目を超えて
……あれはひょっとしたら本当に使い物にならないかもしれない。
一方、俺の話を聞いたミィは、考え込むような仕草とともに俺に聞いてくる。
「ふみゅう……けどマザーロックワームって、どのぐらい強いのか分からないのが怖いです。モンスターランクは分からないですよね?」
「ああ。そもそもモンスター事典にも掲載されていないほどの珍種だ。分かる分からない以前に、格付け自体が為されていない状態だろうな」
一般にモンスターランクというのは、モンスター学の研究者と冒険者ギルドの格付け担当者との間の協議をもとに決定されるものだ。
つまり人間が格付けをしているものなので、誤りもあるし、今回のケースのようにレアモンスターであればそもそも格付け自体が行われていない場合もある。
なお多くのモンスターでよく見られるパターンは、ある集団の統率者──いわゆる「ボス」のモンスターランクは、そのモンスターの一般種と比べて二ランクから三ランク程度格上であるというものだ。
例えばHランクのゴブリンに対し、Fランクのゴブリンメイジや、Eランクのゴブリンロードが群れのボスを担当しているといった具合である。
そう考えると、Dランクのロックワームのボスであれば、BもしくはAランク相当の強さであることが一応の予想としては成り立つ。
だがそれも一般論や傾向にすぎず、必ずそうであるという保証はどこにもない。
場合によっては、Fランクのオークの軍勢を率いているのが、その四ランク格上のオークエンペラーなどということも現実にはある。
いずれにせよ、未知の強さのモンスターに不用意に攻撃を仕掛けるのは危険だ。
サツキを突入させる前に、何らかの手段で敵の戦力を計っておきたい。
一つ考えたのが、
だがそれは脳内ですぐに却下される。
親殺しを指示したところで、ロックワームがその指示に従ったりはしないだろう。
となれば──
「ならば、これを使うか」
俺はトンネルの岩壁に手を置いて、そうつぶやいた。
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