第138話
「お前たちの巣穴、あるいは同胞が多数いる場所があれば、そこまで案内してくれ」
すると、指示を受けたロックワームは巨体を方向転換させ、俺たちを案内するように坑道をずりずりと進み始めた。
ちなみにだが、これは俺が発したその言葉をロックワームが理解するわけではなく、その言葉を発している俺の思念が直接ロックワームに伝わる、という意思伝達形式になる。
「さて、これであとは、多数のロックワームの巣窟になっているような場所があれば、こいつがそこまで案内してくれるはずだ。そこを一網打尽にするのが最も効率の良い討伐方法になるだろう」
俺はそう仲間たちに伝えると、ロックワームの巨体が進むあとをついていった。
仲間たちも俺に続く。
「なるほど、そういうことね。でもそんな呪文があったなら、どうして昨日の段階で使わなかったの?」
シリルがそう質問をしてくる。
だが、声が遠かった。
振り向いてみると、彼女はだいぶ後方にいた。
少し引きつった笑顔で、こちらを見ている。
つまり──冷静になると、やはりロックワームにはあまり近付きたくないらしい。
まあ、この程度の距離なら探索や戦闘などのパーティ行動に支障が出るわけではないし、特に問題はない。
シリルもその辺りを考慮して、心理的にギリギリの距離があそこなのかもしれない。
俺は苦笑しつつ、再びロックワームのあとについて歩き始めた。
そしてシリルに向けては、少し声を張り上げて、言葉だけで返事をする。
「それは昨日の段階では、野良のロックワームを少数討伐するだけの想定だったからだ。多数のロックワームが一ヶ所に集まる巣窟がなければ、この方法には意味がない」
「あ……そうか。そう言われればそうね。昨日の段階だと、マザーロックワームなんていう親玉がいるなんて思ってもみなかったものね」
「ああ。もっともそういった巣窟や親玉が実際には存在しない可能性は、いまだに捨てきれないがな。だが、あの指示に対してああしてロックワームが誘導を始めたということは──」
「──実際に、近くにロックワームの巣窟があるんじゃないかってことか。んで、あたしたちは今そこに向かってる」
シリルと違い、俺のすぐ隣を歩いていたサツキが、そう口を挟んでくる。
俺は彼女に対して小さくうなずいてみせる。
「ああ、その可能性が高い。だが首尾よく巣穴に遭遇できたとして、そこからが本番だ」
「ま、そりゃそうだな。一体でも安い相手じゃないロックワームが、巣穴に行きゃあワゴンセールの大バーゲンだろ?」
「そうだ。加えて、戦力未知数の親玉がいる公算が大きい。気を引き締めてかかる必要がある」
「にゃー、その上にあのグレンたちとの勝負ですか。今回はいつもにも増してヘビーなお仕事です」
同じく俺の傍らにいたミィが、そんな軽口をたたく。
彼女の言う通り、確かに重量級の仕事ではある。
「どう考えてもDランクのクエストじゃねぇよな。実際どんぐらいだ? C? B? あ、バストの話じゃないよ? にひひっ」
「……サツキ。どうしてそこでミィの胸を見るですか。ミィはアイリーンじゃないので、そんなことにコンプレックスは持っていないのですよ。だいたい、よくもあれがいる中で、胸の大きさをどうこう言えたものですね」
サツキの視線を向けられたミィが、ジト目をサツキに向け返しつつ、後方を指さす。
その先には、おずおずと神官衣を揺らし歩くシリルの姿。
「いや、あれはだって、規格外じゃん。あたしのは理想のプロポーションだろ。シリルのは……エロい?」
「うっわぁ……サツキ今、いろんな意味でとんでもないこと言ったの分かってるですか?」
「えー、だって事実じゃん。なあウィル、ウィルもそう思──ぁ痛っ!」
俺は杖の先でサツキの頭を小突いていた。
「まったく……気を引き締めろと言っている。そもそもそこで俺に振るな。どう答えろというんだそんなもの」
「えー、そうだなぁ、例えば──『サツキはとても美人で可愛い。俺の最高の嫁だ。だがシリルはエロい。とてもエロい』……とか?」
俺の口真似なのか、妙な口調でそんなことを言うサツキ。
俺はもう一度サツキを小突く。
「誰の口真似だそれは」
「痛っ! えっへへー、ウィルのツッコミ~♪」
サツキはなぜか嬉しそうだった。
俺は頭が痛くなった。
「……キミがマゾヒストだったとは初耳だ。──ともあれ、もう一度言うぞ。気を引き締めてくれサツキ。キミの力も必要になる」
俺がそう言うと──
サツキは今度こそ「よし」と言って、これまでとは違った
そして俺から視線を外し、前を向いて、こう言った。
「──ああ、任せろウィル。あたしだっていつまでも負け犬は嫌だ。──それになんか、やれる気がするんだ。姫さんに負けて、あのグレンとかいうクソ野郎にも負けて──でも、ここであたし、殻を破れるんじゃないかって」
「……ほう」
サツキが見すえているものは、どうやらロックワームではなかったらしい。
彼女に見えているのは、二人の天才戦士の背中のようだった。
それは足元が見えていないという意味で危なっかしくもあるが……。
だが、サツキは俺のような足場を固めて進むタイプではなく、直観とイメージで飛躍するタイプだとも思える。
ならば──
いくつか考えていた戦術プランのうち、俺は一つをピックアップしてくる。
「サツキ。ならばやってみるか?」
「ん、やってみるって、何を?」
「『無双』だ」
「へっ、無双……?」
サツキは首を傾げる。
彼女にはそういった感覚的な表現のほうが分かりやすいかと思ったが、さすがに説明が足りなかったか。
「ああ。正しくは、サツキに支援を集中する一点強化の突破戦術ということになる。キミに支援魔法を重ね掛けして、単身でロックワームの群れに突入してもらう」
俺がそう伝えると、サツキは一度きょとんとした顔をする。
だが次には、俺に向かってニヤリと笑ってみせる。
「いいね、超燃える。それに何かつかめそうだ」
「そうか、期待しておこう。──ちなみに先ほど言っていたクエストランクだがな、俺の見立てでは、このクエストの実質難易度は、最低でもBランクだ。そして場合によっては──Aランク相当もありうる」
──Aランククエスト。
それはアイリーンやグレン級の実力を持ったBランク冒険者が、四人以上でパーティを組んで初めて受託可能になる水準のクエストだ。
無論それは、そのクラスの冒険者パーティであれば大抵問題なくクリアできる水準のクエストという意味で、それだけの実力がなければ絶対にクリア不可能という意味ではないのだが。
一方、それを聞いたサツキはと言うと、
「へぇ、そっか。──そりゃあゾクゾクするね」
そう言って、今にも噛みつきそうな、飢えた野獣のような顔を見せていた。
どこかで見た顔だと思えば、グレンがよくこのような顔をしていたし、たまにアイリーンもこうした一面を見せていたようにも思う。
戦士というのは、概ねこういった生き物なのかもしれない。
そして彼女らを衝き動かすのは情動であり、直観である。
理性で動いていない彼女らに「油断をするな」などと言っても有益ではないだろうし、ある意味では普段から油断など微塵もしていないのだろうとも思える。
であるならば、彼女の足元は俺が守ることだ。
油断なく隙なく目を光らせ、八十の確実性を九十五に、九十九に、あるいは百にしてみせるのが俺の仕事だ。
「ああ、存分に暴れてくれ。それで
俺がそう言うと、サツキは一瞬顔を赤らめ、それから再びにひひっと笑う。
「それって、初めての共同作業ってやつ?」
「……初めてではないと思うが」
「あ、じゃあ、あたしたちもう、夫婦ってこと?」
「違う。何故そうなる」
「にははははっ」
そう言って笑うサツキを見て、まあ、彼女はこれでいいのかもしれないな、などと思う俺だった。
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