第140話

「──岩従者作成クリエイト・ロックサーヴァント


 呪文を行使すると、俺が手を掛けていた岩盤の一部が魔力を帯びる。

 そしてその部分が、直径一メートルほどの岩塊となって、ごろんと転がり落ちた。


 岩塊は形を変えていく。

 腕ができ、脚ができ、頭が出来て、残りが胴体になる。


 数秒後、岩塊はずんぐりむっくりとした人型へと変形していた。


「へっ……? ウィル、何これ? 岩で出来た……人間?」


 サツキが驚いている。

 ミィも目をまん丸くしていた。

 俺は彼女らに説明する。


岩従者ロックサーヴァント──ある種のゴーレムだと思ってもらえればいい。こいつを送り込んでマザーロックワームの戦力を計る。サツキはよく観察して、件の怪物がどのぐらいの強さかを見極めてほしい」


「お、おう、分かった」


 サツキがうなずく。

 俺はさらに追加の説明をする。


「そしてそのためには、この岩従者ロックサーヴァントがどのぐらいの強さか、サツキには身をもって体感してもらう必要があるだろう」


「ん、まあ、確かにそのほうが分かりやすいかもな。でも体感って、どうやってすんの?」


 サツキは首を傾げる。

 それに対し、俺はサツキを指し示しつつ、作り出した従者に魔法語ルーンワードで命令を下す。


「──岩従者ロックサーヴァント、彼女を襲え」


 すると岩従者は、その瞳に当たる部分を魔力の光でギンと光らせた。

 そしてサツキに向かって、一歩、二歩と歩み寄っていく。


「へっ……? ──うぉっ!?」


 岩従者が振り下ろした拳を、サツキがとっさに飛びのいて回避した。

 するとよけた先のサツキに向き直り、再び岩従者が目を光らせる。


「ちょっ……! ウィル、何を……!?」


 攻撃を続ける岩従者、それを素早い動きで回避するサツキ。

 俺はサツキに向け説明を加える。


「見ての通り、岩従者ロックサーヴァントの動きは大して早いものではない。サツキぐらいならば、このような狭い場でも、そうそう直撃を受けることはないだろう。だが──」


「ぐっ……!」


 つかみ掛かろうとする岩従者の両手を、サツキの両手が受け止めた。

 岩従者のごつごつとした手と、サツキの見た目華奢な手とが組み合い、岩従者がサツキを押し込もうとする。


「んぐっ……! ウソだろ……!? こいつ、すっげぇバカ力……!」


 押し込まれたサツキが、地面に片膝をつく。

 サツキは見た目華奢なようでいて、オーラで筋力を強化できるため、そんじょそこらの筋肉自慢の男にパワー負けすることはないのだが、それでもなお押され気味の様子だった。


 しかしサツキのほうにも、プライドというものがあるようで──


「んぎぎぎぎっ、ふざっ……けんなよっ……! にゃろぉおおおおおおっ!」


 サツキはその身にオーラを強くまとわせ、岩従者を押し返していく。

 ぐぐっ、ぐぐっと押し返し──やがて両者は、最初に組み合った位置で拮抗した。


「──と、このように、岩従者ロックサーヴァントは相当の怪力の持ち主だ。ほかにも岩の体による高い防御力もあって、動きは鈍重ながら総合的な戦闘力はモンスターランクE相当と評価されている。それでも敵戦力を厳密に測るには力不足かもしれないが──」


「分かった! 分かったから、早くこいつ止めてよぉっ!」


 俺が説明を続けていると、サツキから泣き言が飛んできた。

 まあ、確かにそろそろ十分だろう。


「分かった。──岩従者ロックサーヴァント、命令解除だ」


 俺が魔法語で指示を出すと、岩従者は動きを止める。

 解放されたサツキは、膝に手を置いてはぁはぁと荒く息をついていた。


 その姿を見たミィが、若干引いた様子で聞いてくる。


「う、ウィリアム、今の実践する必要あったですか?」


「ああ。サツキは感覚派だからな。言葉で説明するより、体感してもらったほうが認識が早いし的確だ」


「……感覚派も大変です。ミィは理論派でいきたいです」


 ミィはどこか憐れみを含めた目でサツキを見ていた。


 さて、そうして岩従者に関する実演を交えた戦力説明をしたあと、サツキが一休みしたところで、実践行動に移ることにする。

 静止している岩従者に、魔法語で再び指示を出す。


「──岩従者ロックサーヴァント、あのロックワームの幼虫たちに攻撃を仕掛けろ。ただし何者かから攻撃を受けたら、攻撃対象をその相手に切り替えること」


 俺の命令を受けて、岩従者の目が再びギンと光る。

 そして岩従者は、俺たちがいるトンネルを出て、すり鉢状の地下空間をあまり速くない速度で駆け下りていった。


「ではサツキ、ミィ、よく見ていてくれ」


「オーライ!」


「はいです」


 俺、サツキ、ミィの三人が、トンネルの出口から顔だけをわずかに出して様子を見る。


 なお、一応後ろを振り向いてシリルの動向も確認してみたが、彼女は俺と目が合うと、涙目でぶんぶんと首を横に振った。

 表情と仕草が子供のようになったシリルは、外見とのギャップがあってどこか可愛らしいのはいいのだが──

 俺はひとまず、今日はもう彼女のことは気にしないでいこうと思った。


 さて、それはともかく。

 岩従者はすり鉢状の下り坂をのしのしと下りて、ロックワームの幼虫に近付いていく。


 やがて幼虫たちが、岩従者の存在に気付いたようだ。

 大量にいる大型幼虫が次々と岩従者のほうを向く。


 なお順当に考えて、岩従者一体だけではあの幼虫群を倒すことも不可能だろう。

 一対一ならともかく、あれだけの数を相手にすればあっという間にむさぼり食われて終わりだと思われる。


 もしそうなってしまった場合、この実験は何の検証にもならない単なる魔素(マナ)の無駄使いに終わってしまう。

 そうならないよう、俺は半ば祈るような気持ちでその「襲撃」を待った。


 そして、待つこと数秒──

 俺の望みどおりに、その瞬間は来た。


 岩従者が幼虫たちに、残り二十歩ほどの距離まで近付いたときだった。

 幼虫たちの近くにあった大トンネルから、数本の触手が岩従者に向かって伸びてきたのだ。


 触手群は岩従者に回避をする余地などまったく与えずに、その両腕両脚、胴、首などに次々と巻き付いていく。


 もっとも回避する余地なしというのは、岩従者の鈍重な動きではとても無理であるという意味であり、例えばサツキならばどうかというのは俺の目では判然とは分からなかった。

 だがその点に関しては、サツキ自身が語ってくれる。


「無茶苦茶速くはねぇけど、あの数の触手は厄介だな。あたしでもさばき切れるかどうか──あんま自信はないな。ミィはどうだ?」


「ミィもあんなのやってらんないです。しかも捕まったら艶本えんぽんみたいにされそうです。貞操のピンチは嫌です」


「……い、いやいや。そういうのはねぇだろ。ロックワームだろ? 捕まったら食われてお終いだろ?」


「そうかもです。でもどっちも御免です」


「そりゃ違いねぇ」


 二人がそんな話をしていると──さらに事態が動いた。


 触手に組みつかれた岩従者だったが、最初その力は触手と拮抗しているかあるいはそれ以上で、自身に絡みついた触手をぐいぐいと引っ張って触手拘束から抜け出そうとしていた。


 だがそこに、同じトンネルからさらに別の触手が何本も伸びてきて、それらまでが岩従者に組み付いていく。


 最初と比べて二重、三重の触手に巻きつかれた岩従者は、ついに力負けして、為すすべなく引きずられていった。


 そしてやがて、岩従者は触手が伸びているトンネルの中に引きずり込まれた。


 以後、音沙汰なし。

 もうこの時点で、岩従者はやられたと考えるべきだろう。


 それを見た俺たちは、サツキを皮切りに作戦会議を始める。


「えっと……あれ、一度触手に組み付かれたらお終いじゃねぇ? ヤバくね?」


「あそこまで下りていったら触手が来たってことは、触手の射程があのあたりってことです? あそこまでテリトリーだとすると、ウィリアムの魔法でも攻撃するのは難しそうです?」


「ああ。おそらくはあの触手の攻撃範囲、俺の攻撃魔法の射程と同程度だろう。幼虫だけならどうにか射程外から撃てる見込みもあるが、それも触手の本体が移動してくればすぐに捕まる位置だ。──ちなみにサツキ、あの怪物をどの程度の戦力と見る?」


 俺があらためてそう聞くと、サツキは少し考え込んだ。

 それから、少し慎重な様子で見解を述べる。


「……さっきの魔法の目ウィザードアイで見たときのウィルの話とも合わせて考えると、悔しいけど今のあたしが勝てる相手じゃないと思う。でも──師匠に教わった『あの技』ができれば、ひょっとしたら……。つかめそうな気はしてんだ、何となく……」


 サツキはそう言って、ゆっくりと、演武のような動きをし始める。

 無手で刀を振るう動作をし、体を反転させ、切り返し──

 頭に浮かんでいる何らかのイメージを、体に映し出そうとしているように見えた。


 それはさておき。

 サツキの言い分から察するに、サツキは相手を現在の自分のワンランク上の存在──すなわちBランク程度のモンスターと見込んでいるように思えた。


 一方俺も、サツキほどその辺りは鋭敏でないにせよ、おそらくあれがAランクやそれ以上ということはなさそうだと感じていた。

 もちろん、まだ見えていない要素が原因でそれ以上の評価になる可能性がないではないが……。


「ちなみにサツキ、今の感想は、俺の魔法による支援バフは考慮に入れているか?」


「あ、それは入れてねぇ。っつか、どんな支援バフがもらえるのかも分かんねぇし」


「それもそうだな」


 俺は納得してうなずく。


 ならば、今あるサツキとマザーロックワームとの間の戦力差を埋め、その上で凌駕できるようにしてやればいいということだ。


「では、それに取り掛かるとしよう。──サツキ、全身の力を抜いて、俺の魔法に身をゆだね、魔法を受け入れてくれ」


「お、おう。……エロくない、エロくないぞー」


 俺はサツキに向かって杖を向け、呪文の詠唱を開始する。

 相変わらず意味不明なことを言うサツキは、放置することにした。

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