第135話
「ところでウィリアム。さっき言っていたあれって、何か根拠はあるの?」
シリルがそう聞いてきたのは、俺たちが昨日と同様に坑道に下り、探索を始めたときのことだった。
坑道を進む俺たちは二列縦隊で、前列にサツキとミィ、後列に俺とシリルという隊列だ。
俺が相変わらず低めの天井に注意を払いながら歩いていると、横手を歩いていたシリルがそう訊ねてきたのだ。
「『さっき言っていたあれ』というのは、どれのことだ?」
横目にシリルを見ると、彼女の白の神官衣を押し上げる胸が、その歩調に合わせてたゆんたゆんと揺れているのが目に入ってきた。
……どこを見ているんだ俺は。
とっさに視線を前方に戻して、雑念を消し去る努力をする。
「……? んー、ほら、グレンに喧嘩を売ったときに、私が『本当にあいつに勝てるの?』って聞いたら、ウィリアムは『おそらくは問題ない』って言っていたでしょ。あれって何か根拠があるのかなと思って」
「……ああ、それか」
不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる彼女の仕草。
俺は努めて意識しないようにしつつ、言葉をしぼり出す。
「まず、あまり確たる勝算ではないが、単純な有利不利の要素数で言えば、俺たちのほうがだいぶ有利というのはある。例えば──その一つが、これだ」
俺は手にした杖で、坑道の低い天井をコンコンと叩く。
パラッと、細かい砂クズが落ちてきた。
それを聞いて、シリルは得心したという顔になる。
「確かにグレンは図体大きかったものね。この天井の低さだと、実力を出し切れないっていうのはありそうね」
「ああ。それにあの男の武器は、身の丈ほどの長さを持った
するとそこに、前を歩いていたサツキが口を挟んでくる。
「だと思うぜ。あたしが刀振るのも窮屈なぐらいだ。とてもじゃねぇけどあんな獲物、ここじゃまともに役に立たねぇよ。突きに使うぐらいならできるだろうけど、それじゃ大剣の強みはないしな」
俺はサツキのその言葉にうなずく。
こと武器を使った戦闘に関しては、彼女の感覚的な意見は頼りになる。
しかしそのサツキが、低い声でもう一言を付け加える。
「でも──それでもあいつ、あたしより強いだろうけどな」
「…………」
浴場で一度拳を交えたサツキは、あの男の実力を肌で感じ取ったのだろう。
おそらく彼女が下すグレンの戦力評価は的確だ。
そしてサツキは、魔法で簡単な援護をしてやれば、ほぼ単身でロックワームを撃退できるだけの実力を持っている。
その簡単な援護は、セシリアが行えるだろう。
つまりロックワームを仕留める能力は、グレンたちも確かに持っているということになる。
「じゃあ、こっちと向こう、戦力はほとんど互角です? それって運の勝負っていうことにならないです?」
前を歩くミィが、少し心配そうに聞いてくる。
セシリアもBランク冒険者の実力を持つ魔術師なのだし、ここまでの話を聞けばそう思うのも分からないでもない。
だが──
俺はそのミィの頭に手を置き──彼女の魔力に負けたことに気付いたのは、あとになってのことだった──その髪をくしゃくしゃとなでる。
「いや、それでもだ。こちらには、向こうにないものがあるだろう?」
***
グレンとセシリアの二人は、ウィリアムたちとは別の坑道を進んでいた。
前を進むグレンは、頭を屈めるようにして窮屈そうに、しかし大型肉食獣のようなふてぶてしさでのしのしと歩いていた。
「チッ……野郎が自信満々だったのは、このドワーフ用の坑道を知っていたからかよ」
グレンは口をへの字に曲げ、しかめっ面をしていた。
確かにこの地形はグレンにとって不利。
彼自身が、そのことを一番よく承知していた。
それでも苛立ちや不平を相方にぶつけようとしないのは、彼の人間性でありプライドである。
ちなみに、グレンの背丈ほどもある黒の大剣は、彼自身が背負っていると歩行の邪魔になるため、彼の後ろを歩くセシリアが斜めに抱きかかえるようにして持ち歩いていた。
そしてむしろ不満たらたらなのは、そのセシリアのほうだった。
「こんなの小賢しいです。まったく男らしくもない。男だったら自分の実力で真っ向から勝負できないものなのかしら。これだから
そうぶつくさと文句を言うセシリア。
そこにグレンが口を挟む。
「んなこたねぇよ。知恵も戦術も策略も力だ。だいたいセシリア、お前だって魔術師じゃねぇか」
「だからこそです。男は力強くて真っすぐで、ぎゅーって体が折れそうなぐらい抱きしめてくれる人が好きなんです。グレン様みたいに」
「……お前、本当に変わったなぁ。昔のお前もいいなって思ったが、今のお前、ホントいいな」
「えへへっ、光栄です♪ ──んっ」
探索中だというのに、口づけを交わす二人。
だがグレンがセシリアを抱きしめようとしたとき、セシリアの手がバンバンとグレンの鎧を叩いた。
グレンはセシリアを解放する。
「どうした」
「はぁっ……反応、ありました、
「虫けらか?」
「はい、多分」
セシリアがあらかじめ行使しておいた
それを聞いたグレンは、周囲に視線を走らせながら問う。
「どこから来る。タイミングは」
「……ごめんなさい、分かりません。反応があったのは前方下ですけど」
セシリアが進行方向先の地面を指さす。
グレンはまたもしかめっ面だ。
セシリアは申し訳なさそうにグレンに言う。
「すみません、グレン様。私に
「ああ、何、分からなきゃ分からないでいい。心配すんな」
「はい……」
それから数十秒、二人は周囲の警戒をしつつロックワームの襲来を待った。
いつ、どこから来るか分からない襲撃に怯え、セシリアはグレンに身を寄せる。
グレンは片腕でセシリアを抱き寄せ、もう片方の手で彼女が持っている大剣を受け取る。
彼は獣のような感性を研ぎ澄ませ──
「──セシリア、どいてろッ!」
「えっ……きゃっ!」
グレンはセシリアを引っつかみ、後方へと投げ捨てた。
地面に尻餅をつくセシリア。
その一瞬あとに、グレンの頭上の天井が崩落し、そこからロックワームが大口を開けて落ちてきた。
ロックワームの大口は、グレンの上半身を頭から呑み込み──
「グレン様ぁあああ!」
セシリアの悲鳴が、坑道に響き渡った。
***
「──私たちにあって、向こうにないもの……? それって、私やミィの能力のこと?」
そう聞いてくるシリルに、俺はうなずく。
「ああ。ミィの聞き耳などによる索敵能力があると無しとでは、奇襲への対応能力がまるで違ってくる。セシリアが
俺がそう言ってミィの頭をなでれば、ミィはぶるりと震え、尻尾をふりふりと動かす。
「……ウィリアムのなでなでは
「ん……? 何だ、ミィ?」
ミィが小声で何かを言った気がしたが、ミィは「な、何でもないです!」と首をぶんぶん横に振った。
少し疑問に思うが、まあいいかと話を進める。
「それでも彼らも実力者だ、そう易々とくたばったりはしないだろう。だが手傷の一つもなしにロックワームを撃退し続けるのも困難なはずだ。そうなったときに、シリルのような優秀なヒーラーがいるといないとでは、これもまた大違いだ」
「まあ……それはそうかもしれないわね。そこまで考えての『おそらくは問題ない』だったのね。さすがというか、何というか……」
シリルは顎に手をあて、納得した様子でうなずいていた。
俺はそこに付け加える。
「それと、もう一つ──」
「えっ……ま、まだあるの?」
シリルの驚きの声に、俺は大きくうなずいてみせた。
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