エピソード3:巣穴の探索

第134話

 トロールというモンスターがいる。

 亜人種デミヒューマンに分類されるモンスターだが、ゴブリンやオークなどと比べると段違いに強力で、モンスターランクはCという評価になる。

 これはオークのロード種に匹敵する格付けとなる。


 トロールの体長は直立すれば三メートルほどだが、穴倉で暮らしていることが多いため前屈みの姿勢が平常であり、異様に長い腕を地面にひきずりそうな歩き方をする。


 その巨体が生み出す怪力、鋭い爪と牙、尋常ならざる生命力に加えて、多少の傷ならばすぐに再生してしまうほどのおそるべき再生能力を持つこのモンスターは、なまじの冒険者では束になっても太刀打ちできるかどうかという強さになる。


 今、そのトロールが二体、連れ立って洞窟を歩いていた。


 洞窟は比較的広く、天井も高めで、巨体のトロールでも背を屈めたいつもの姿であれば問題なく通行できる。

 二体のトロールの兄弟は、その洞窟を前後に並んで進む。


 その目的は、彼らの食い物となる獲物を探すことだ。

 もともと知能があまり高くない上にしばらく獲物にありついていなかった彼らの目は、まさに飢えた獣のそれであった。


「──ウガッ?」


 そのとき、前を歩いていた兄トロールが立ち止まった。

 突然のことに、後ろの弟トロールが兄トロールの背中に鼻をぶつけて苦情の声を上げる。


 だが兄トロールは、弟トロールをなだめ、道の先を見るようにうながす。

 弟トロールは、兄の横から首だけ出してその先を見ると、そこにあった光景を見て歓喜の声を上げた。


 二体のトロールが歩いてきた洞窟の先には、すり鉢状になった極めて広い地下空間があった。

 その広大さは、ドラゴンの棲み処にもできるのではないかと思えるほどだ。


 だがトロールたちが喜んだのは、居心地の良さそうな棲み処を見つけたからではない。

 そこに彼らの空腹を満足させるであろう、獲物の群れを見つけたからだ。


 それはロックワームの群れであった。

 巨大なミミズか芋虫かといった姿の蟲が、うじゃうじゃと蠢いている。

 その数は、ざっと数えても三十体はくだらないだろう。


 ただ厳密には、ロックワームの成体ではなく幼体のようだ。

 体長は概ね二メートルから三メートルほどで、成体と比べると半分ぐらいの大きさだ。


 なおロックワームの成体は、トロールにとっても単なる獲物と言えるほど格下の相手ではない。

 一対一であれば、死闘を繰り広げた果てにどうにか勝利するといった相手になる。


 だがあの程度の図体の幼体であれば、取るに足らないであろう。

 肉も少なすぎず、ちょうどいい獲物だ。

 あれだけ数がいても蹴散らせるだろう──少なくとも、トロールの兄弟はそう考えた。


 トロールの兄弟が今いる場所は、すり鉢状の空間の比較的上のほうにある穴だった。

 彼らが獲物にありつくには、洞窟を出て、坂道を下りていかなければならない。


 だが躊躇する余地はない。

 トロールの兄弟は意気揚々と洞窟から飛び出すと、坂道をどしどしと駆け下りていった。


 だが、しばしの後。

 兄と競うようにしてすり鉢の上の坂道を駆け下りていた弟トロールは、その途中、視界の端に奇妙なものを見る。


 すり鉢状の空間の底のほうにある穴──トロールたちが通ってきたのと同じような洞窟だが、それよりもさらに大きい──に、何やらおぞましい姿のものが隠れていたのだ。


 それは複数のロックワームを束ねて、根っこを紐で結んだような形状をしていた。

 束ねられたそれぞれのロックワームは一つ一つが成体ほどの大きさを持っているが、円環状に束ねられた中にある中央の一つだけはさらに大きく、直径にして他の倍ほどもあった。

 またそれに加え、束ねられた根っこのあたりからは、長い触手のようなものが無数に生えて蠢いていた。


 その姿を見て、弟トロールはゾワッとした悪寒を感じた。


 ──アレハ、ヤバイ。

 ハヤクニゲナケレバ。


 だが前を行く兄トロールはそれに気付いておらず、獲物に夢中で坂道を駆け下りていって──


 触手が洞窟から一斉に伸びた。

 それは素早く、あっという間に兄トロールの手足や胴体を絡め取った。


 兄トロールは、困惑の声を上げ、その触手に抵抗する。

 トロールは怪力だ。

 なまじの束縛物では拘束などできない。


 だが触手は柔軟で伸縮性があり、トロールが手足を動かして引っ張っても意味はない。

 また両手を使ってどうにか一本を引きちぎっても、その間にさらに何本もの触手に絡みつかれて──やがて全身がぎちぎちに絡め取られてしまう。


 そうしてあっという間に、兄トロールは束縛された。

 触手一本一本の力ではトロールの腕力に敵わずとも、二十、三十という数で一斉に締め付けられれば、いかな怪力を持っていても、もはや逃れるすべはない。


 そして、馬ほどの体重を持つトロールの巨体が、絡みついた多数の触手によってゆうゆうと持ち上げられていく。

 兄トロールの体は、触手によって本体のもとにまで引き寄せられ──


 ──メキッ、グシャッ、バリッ、ボリッ!

 中央の巨大ロックワームの大口に放り込まれた兄トロールは、肉体再生の余裕などまったく与えられることなく噛み砕かれ、絶命した。


 そうして死体となった兄トロールの体は、巨大ロックワームの口から吐き捨てられ、地面に転がった。

 その死体の肉にロックワームの幼体たちが群がっていって、トロールの姿はあっという間に見えなくなってしまう。


 一方の弟トロール。

 彼は一部始終をぼーっと見ていたわけではない。

 兄が触手に捕まってすぐに、すり鉢状の坂道を這い上がって、その場から逃げ出そうとしていた。


 だが坂道は登ろうとしてみれば意外と傾斜がキツく、またロックワームの体液なのかぬめぬめとしたものが地面にまとわりついていて、なかなかうまく這い上がれずにいた。


 そうして慌てる最中、おそるおそる後ろを見れば、兄がロックワームの幼体に群がられる姿が見えた。

 弟トロールはいよいよ焦ってすり鉢を這い上がろうとするのだが──


 そのとき、ロックワームの親玉のおぞましい姿が洞窟から這い出てきた。

 それは坂道をゆっくりと、しかし確実に上ってきて──


 ──シュルルルッ。

 触手が伸びる。


 その触手が弟トロールの足を捕まえると、さらに次々と巻き付いた触手によって、彼はずりずりと引きずりおろされ──


 そうして弟トロールも、兄とまったく同じ運命をたどることとなったのである。

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