第136話

「──ふん、虫けら風情が、手こずらせやがって」


 大剣を手にしたグレンの前には、ロックワームの巨大な死体が横たわっていた。


 頭部から胴部中央にかけてまでが掻っ捌かれており、坑道の地面に体液の染みを広げていた。

 それはグレンが内部から、大剣の刃で引き裂いたものであった。


 ロックワームを始末し、捕食状態から脱出したグレンに、セシリアが心配そうに声をかける。


「グレン様、お怪我は大丈夫ですか?」


「ああ、どうってことはねぇよ。多少やられた程度だ」


 グレンはそう答えつつ、鞘に納めた大剣をセシリアへと無造作に投げて渡す。

 それを慌てて抱えるようにして受け取るセシリア。


 ロックワームの凶悪な牙も、その体内から吐き出される酸も、グレンのオーラと漆黒の板金鎧プレートアーマーが持つ防御力に防がれれば、グレンの肉体にさして大きなダメージを与えることもなかった。


 腹部の筋肉に少々牙が食い込んだのと、酸による軽い火傷を負ったことを除けば、グレンはまったく元気な状態だった。


「すみません……少し、心配しました」


「まあ実際のトコ、思ってたよりは厄介な相手だな。もう一戦か二戦もやりゃあ勘もつかめるだろうが──おいセシリア、ぼーっと突っ立ってねぇで、さっさと行くぞ」


「あ、はい」


 また獣のように身を低くしてのしのしと歩き始めたグレンの後を、セシリアは小走りに追いかけていく。



 ***



 俺は坑道を進みながら、仲間たちに説明を続ける。

 説明するのは、グレンたちとロックワームの戦力差についてだ。


「グレンとセシリアがともにBランク相当、ロックワームがDランク相当の戦闘力を持つと仮定するならば、そこには単純計算で八倍の戦力差があることになる」


「あ、ミィそれ知ってるです。ランク差の戦力二倍則ってやつですね?」


「ああ、それだ」


 ミィの相槌に、俺はうなずく。


 あくまでも一般的な指標としてだが、冒険者ランクやモンスターランクは、それが一つ上がるごとに二倍の戦力差に相当すると言われている。


 ゆえに、Dランクのロックワームより二ランク格上のグレンとセシリアは、一人でもロックワーム四体に相当する強さがあり、二人合わせればロックワーム一体の八倍の戦力となる。


「そしてそれだけの戦力差があれば、地形的な不利等を勘案しても、彼らがロックワームに敗北することはまずありえない。どの程度少ない損害でさばけるかは彼らの底力次第だが──可能性としては、大きな損耗なしにロックワームを退治し続けることもありうるだろう」


「ふーん。……んで、そうだとすると、どうなるんだ?」


 前を歩くサツキが首を傾げる。

 それに答えるのは、俺の隣を歩くシリルだ。


「その場合、結局のところ向こうも私たちも、遭遇した分だけロックワームを退治できるっていうことになるわね。……つまり、どっちがより多くのロックワームと遭遇したかで勝負が決まることになるっていうこと」


「うにゃー、それじゃ運ゲーです。サイコロを振って出た目の数が大きい方が勝ちっていうのと一緒です」


 シリルの発言を受けて、ミィがうなだれる。

 俺はそれにうなずきつつ、先を続ける。


「ああ、能動的にロックワームを探査する能力がなければ、ミィの言うとおり運任せの勝負になるな」


「えーっ!? それって何とかなんねぇの? ウィルがいつも使ってる呪文とか色々あるじゃん。ほらあの、何だっけ──あ、そう、魔法の目ウィザードアイとか。あれじゃダメなの?」


 サツキの考えはいつも大雑把だ。

 彼女はその直観でときどき本質を突くことはあるが、物事を論理的に考えてはくれない。


「いや、魔法の目ウィザードアイの移動速度は徒歩とほぼ変わらないし、壁抜けなどができるわけでもない。つまり魔法の目ウィザードアイを使っても俺たちが徒歩で探索するのと効率は変わらない。分岐路で探索の手を二手に分けるという使い方ならば役に立たなくはないが、少なくとも俺は精神集中のためにその場で足を止めることになる。魔素の消費量に対してコストパフォーマンスが合うかというと、微妙なところだろう」


 ほかにも探索系、情報獲得系の呪文としては警戒アラート透視シースルー魔力感知センスマジックなど色々とあるが、いずれも今回のケースで決定的な成果を発揮するものではない。


 それにそもそもの話、セシリアに使えるレベルの呪文であるならば、それはこちらの一方的なアドバンテージにはなりえない。


 そしてBランクという冒険者ランクから推察するに、セシリアは導師ウィザード級の実力は持っていると想定しておくべきだろう。

 つまり一般的な導師が使えるレベルの呪文では、優位にはならないと考えたほうがいいということだ。


「じゃあ、ミィたちはサイコロを投げて決める運ゲーに勝つしかないってことです?」


 ミィが少し心配そうに聞いてくる。

 まあ、負けるわけにいかない勝負なのだから、五分五分の運任せになるのは避けたいと考えるのは当然だし、俺もそれには同意するところだ。


 そして俺は、そのための手立てがあるからこそ、「おそらくは問題ない」という大口を叩いたのだ。


「いや、その点にも勝算はある。そのために、次に出遭ったロックワームは退治しないでおいてほしい」


「……ロックワームを、退治しない? それって、生け捕りにするっていうこと?」


 身を抱くようにして怯えながら聞いてくるシリルに、俺は首を横に振る。


「違う、生け捕りにはしない。どちらかと言うと──『放し飼い』だ」


「「「放し飼い???」」」


 三人の少女が、仲良く首を傾げた。

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