エピソード2:混浴温泉と無礼な闖入者
第123話
鉱山都市ノーバンには、公衆の温泉浴場が存在する。
だがそこはノーバン市民たちで大変賑わっており、もっと端的に言えば芋洗い状態であり、ゆっくりと入浴を楽しむという雰囲気ではないようだった。
だがノーバンには、公衆浴場以外にも温泉を併設している施設がある。
それはどこかと言えば、旅人用の高級宿だ。
俺たちはサツキのたっての希望もあり、たまには多少の贅沢もいいだろうと、「白鳥の翼亭」という一軒の高級宿に宿泊することに決めた。
そして宿にチェックインした俺たちは、早々にひと風呂浴びようと浴場へ向かった。
子供のようにはしゃぐサツキに引っ張られ、ミィやシリルとも一緒に更衣室へ。
混浴とはいえ、さすがに更衣室は男女別室だ。
俺は三人と別れ、男性用の更衣室にて脱衣をする。
「なー、ウィルー! 着替え終わったー?」
男女の更衣室を隔てる敷居の向こうから、サツキの声が聞こえてくる。
なお、男性用の更衣室にほかに客はいなかった。
サツキの様子から察するに、おそらくは女性用もそうなのだろう。
ちなみに脱衣であるから「着替え」と呼ぶのはやや不適切なのだが、脱衣した裸身の上に
俺はアレンジ型の
「ああ、準備はできた。先に浴場に行っている」
「あ、待って! あたしも行くから!」
敷居の向こうでバタバタと駆ける音が聞こえた。
本当に子供のようだと苦笑しながら、俺は更衣室から浴場へと出る扉をくぐった。
「わあっ、すっげぇ……! 広い! 外! 雰囲気いい!」
俺が浴場に出たのとほぼ同時に、少し離れた場所にある女性用更衣室側の扉からサツキが出てきていた。
少女はその露天式の浴場を見渡し、大変感動している様子だった。
確かに浴場は、雰囲気の良い落ち着いた感じの露天風呂であった。
岩場に丸型の大きな湯船が拵えられており、周囲には木造の屋根と柵が設けられている。
そろそろ暗くなり始めた夕刻過ぎの時間だが、灯りとして設えられたランタンにも風情があった。
身体を洗う場も十人分ほどが用意されていて、それぞれに腰掛け椅子や手桶、石鹸なども設置されている。
この至れり尽くせり感は、さすがに高級宿といったところか。
だが、それよりも──
俺はそうして感動して浴場を見渡す、サツキ自身の姿のほうに見惚れていた。
無邪気な様子で飛び出してきた彼女だが、その体つきまでが子供なわけではない。
バスタオルを巻かれた姿からでも、その抜群のプロポーションが分かる。
少女と大人の女性の過渡期にある瑞々しい肢体は、男なら誰でも虜になってしまうのではないかと思うほどに魅力的だった。
また少しドキッとさせられたのは、彼女が普段のポニーテイルではなく、その黒髪をほどいた美しいロングヘアーの姿であったことだ。
普段から美人だとは思っていたが、こうして普段と違う姿を見せられると、初めて出会う人物のような新鮮さを覚える。
そんな彼女が俺に気付き、視線を向けてくる。
「おーっ、ウィルの裸! やっべぇ! 初めて見た!」
そう言ってサツキは、パタパタと俺のほうに駆けてくる。
浴場で走ると危ないぞ、などと子供に向けるような注意の言葉が浮かぶが、頭抜けた運動能力を持つサツキに言うことでもないかと思い直す。
そんな無駄な思考を回している間に、サツキは俺の目の前まで来ていた。
そしてサツキは──
「ふぅん、やっぱ魔術師だけあって、そんなに筋肉はついてねぇな。ひょろひょろって感じでもねぇけど……普通?」
そんなことを言いながら、ペタペタと俺の胸や腕などを触ってきた。
「……お、おい、サツキ、何をしている……」
「んあ……? あ、わりぃ、嫌だった?」
「いや、別に構わんのだが……」
……妙に気恥ずかしい。
というか、この娘に恥じらいというものはないのだろうか?
「そんなことよりウィル、早く温泉入ろうぜ! 一緒に!」
そう言って俺の手を取って湯船のほうへと引っ張っていく。
いや、その前に掛け湯だろう、などと思っていると──
「……ねぇミィ? あれってサツキの自然体なのかしら?」
「そうっぽいですね。……あれがナチュラルにできるサツキには、ときどきすごい脅威を感じるです」
女性用更衣室の入り口を見れば、そこからシリルとミィの二人が姿を現していた。
だが俺はその姿を見て、唖然としてしまった。
何に唖然としたかと言えば、シリル──神官衣を脱いだその金髪美少女のルックスにだ。
もちろんバスタオルは纏っているのだが、そのバスタオルが今にもはちきれるのではないかと錯覚するほど、シリルの体は豊かだった。
サツキを抜群のプロポーションと評したが、サツキをそう表してしまった前提で、シリルをどう表現すればいいのか。
豊満だとか、母性的だとかいう言葉で片付けていいものなのか。
普段の神官衣姿でも目を見張るものがあるが、それでも実態よりは大人しく見えていたのだと思い知らされる。
その一方で、彼女の隣に立つ
女性らしさよりも、子供らしいあどけなさが前面に表現された魅力とでも言おうか。
それはまさに、今すぐ彼女の元に行って頭をなでたくなるような愛くるしさだった。
……と、ついじっくり観察していると、顔を赤くしたシリルから咎めの言葉が飛んできた。
「……あ、あの、ウィリアム? 混浴のお風呂に一緒に入るって言っておいて何だけど……あんまりじっくりと見ないでもらってもいいかしら。さすがに、恥ずかしくて……」
……まったくもって彼女の言うとおりだった。
俺は不躾に、何をじろじろと品評しているのか。
「す、すまん……! あまりにも綺麗なもので、つい魅入られてしまった」
「うっ……そ、そう。まあ、謝ることはないわ。私も覚悟はしておくべきことだったのだし」
「それにしても、ウィリアムはときどきとてつもない天然ぶりを発揮するから怖いです」
ミィはそんなことを言いながら、とてとてと歩いて手桶を取りに行き、それから湯船のほうに向かっていって自分の体に掛け湯をする。
俺を引っ張っていたサツキも、「あ、そっか」と気付いてミィに従った。
──それにしても、混浴の風呂というのは初めての経験だから、どうにも勝手が分からない。
普通にしていればいいのだろうとは思うのだが、こう見目麗しい少女たちが揃い踏みだとどうにも落ち着かないし、裸身に近い姿なものだからどうしても意識をしてしまう。
それは彼女たちも同じことなのか──と見れば、サツキはまったくの自然体に見えるし、ミィも特にどうこうという意識はないのか淡々としたものだ。
シリルだけが強く俺を意識している様子で、ときおりチラチラとこちらのことを気にしているように見えた。
混浴風呂での一緒の入浴は、サツキのたっての希望でまあいいかと乗ってしまったが、これではとても入浴で疲れを取るという具合にはならなさそうだ。
緊張しっぱなしだし、それ以外の意味でもかなり気を張り続けなければならない。
混浴文化は、地域や時代によっては性風俗の乱れの温床になっていたとも聞くが、こうして体験してみると納得するほかはない。
バスタオルを着用しているから問題ない、などと言うのは明らかな戯れ言だ。
そんなことを言う輩には、ここに来て実際に体験してみろと言いたい。問題がないはずがない。
……などと思っていた俺だったのだが。
「ふぅ~」
「はぁ~、気持ちいいわね」
「ですです。溶けてしまいそうです」
「まったくだ」
やがてみんなで湯船に浸かってしまえば、意外とこの状況にも馴染んでしまった俺がいた。
慣れというのは恐ろしいものだ。
見た感じシリルも緊張がほぐれたようで、気持ちよさそうに湯を堪能していた。
そんな中で、サツキがゆるゆるに溶けた声で言葉をかけてくる。
「な~、ウィル~」
「なんだ、サツキ」
「大好き~」
「ぶっ……! げほっげほっ……!」
湯船の中でずっこけて湯を飲んでしまった。
気が抜けていたところに来たものだから、不意打ちもいいところだ。
「き、キミは、何を……」
「えへへ~、また言っちゃった~」
横にいる彼女を見ると、その少女の緩んだ横顔は、まったくの無邪気に見えた。
……非常に対応に困る。
シリルのように、割り切って俺をからかってくれている分にはまだいいのだが……。
「まったくウィリアムは罪作りな男です」
「本当ね~」
ミィとシリルが、のほほんとした様子で同調する。
裸の付き合いは心の距離を縮めるとも聞くが、なんだか妙な方向に縮まっている気がする。
「……わかった。もう何とでも叩いてくれ。全部俺が悪い」
「あははっ。そうね、ウィリアムが全部悪いわ」
「ウィリアムが全部悪いです」
「全部ウィルのせいだー」
何だか楽しくなってきた。
もう全部それでいいんじゃなかろうか。
俺がそんな風に思考まで溶かし始めた──そのとき。
「お、何だ。随分と別嬪の先客がいるな」
男性用更衣室から、一人の男が姿を現したのだった。
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