第103話

 しばらくすると、すべての戦局で片がついたようだった。


 それはつまり、三十体以上、一個小隊からなるすべてのオークを討ち倒したということ。


 味方の犠牲者もどうやらゼロで、それどころか怪我人一人いない状態のようだった。

 もっとも怪我一つが致命傷になる相手だけに、必ずしもそれが楽勝であったことを示すものではないのだが。


 だがいずれにせよミッションは完全に達成。

 快勝、とは言って良いだろう。


 俺はアイリーンとともに、ひとまずサツキたちのもとに労いの言葉をかけにゆく。


「よっ、ウィル。そっちも片付いたか」


 俺たちに気付いたサツキが、手を上げて迎えてくる。

 彼女の前には、幾多の鋭い太刀傷を受けて絶命したオークジェネラルの姿があった。


 サツキの傍らには、ミィとシリルもいる。

 三人ともやはり無傷のようだ。


「ああ。そちらも無事片付いたようだな」


「応よ。ま、そっちも姫さんがいりゃあ楽勝だったろうけどな」


 そうカラカラと言うサツキだが、俺の傍らにいたアイリーンは首を横に振る。


「ううん、そうでもなかったよ。あいつ強かった。……手負いじゃない状態でやったら、多分もっと苦戦してた。一撃でももらったら形勢が逆転しかねないからね、ずっとヒヤヒヤだったよ」


「えっ……マジで? そんなに強かったの?」


「うん、マジマジ。……ねぇウィル、敵の総大将は、あれよりも強いんだよね?」


 アイリーンが俺のほうを見上げてそう聞いてきた。

 その瞳に映るのは、強敵との戦いにワクワクする感情──ではなかった。


 義務感や使命感、あるいは決意。

 アイリーンの瞳に映っていたのは、そうした想いだった。


 もう一段上の敵と戦うのであれば、本当に命懸けになる。

 そしてそれは自分の仕事だ。

 アイリーンはそう思っているのだろう。


 だが──


「──ふにゅっ」


 俺はそのアイリーンの頭に手をおいて、その髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。

 いまのこいつは、ちょっと気負い過ぎだ。


「な、何すんだよウィル! いまそんなことされたら僕の感情ぐちゃぐちゃになるからやめてよ!」


「……? そうか? よく分からんがすまん」


 俺が手を除けると、「もーっ」と恨みがましそうな目で睨まれた。

 本当によく分からないが、気を取り直して、彼女に伝えるべきことを伝えることにする。


「アイリーン、キミのその直情的なところは美徳でもあるが、少しは自分の立場も考えたほうがいい。これは一国の王女が命を張るべき局面か?」


 俺がそう問うと、アイリーンはカチンときたという様子で反論してきた。


「なっ……それはそうだろ! 王女とか関係あるか! 僕の目の前に苦しんでいる人がいて、見て見ぬふりをしろっていうの!? そんなの僕いやだよ!」


 アイリーンの叫びで、周囲のエルフたちの視線がこちらに集まる。


 しまった。

 アイリーンの真っすぐな正義感と直情さが分かっていながらこの問いをするのは不適切だった。

 社会的に見て正論であるかどうかと、それに相手が納得するかどうかは別問題だ。


 それに俺も若干二枚舌のところがあったかもしれない。

 彼女に小を捨て大を取るような聡さがあるなら、いまここに彼女がいるようなことはないだろう。

 その彼女の善性を肯定するなら、それと表裏一体の愚かさも肯定しなければならない。


「……すまんアイリーン、言い方を誤った。俺も見捨てろとは言うつもりはない。だが軽々に命懸けを覚悟することもない。──俺に一つ、考えがある」


「考えって? 次は拠点攻略で、そこにいる敵の数は今回よりも多いんでしょ? それに今回みたいにうまくこっちの策にかかってくれるとも限らない。僕が単独で敵のトップぐらい倒してみせなきゃどうにもならない──違う?」


 彼女のその戦況認識は、俺の認識とそう大きく外れてはいなかった。

 俺が理論で戦況を計算する一方で、彼女は勘と嗅覚で状況を嗅ぎ分けているのかもしれない。


「ああ。正面衝突をする前提なら、キミの認識で概ね間違いないだろう。だが俺が考えているのはその方法ではない。異空間の扉ディメンジョンゲートの呪文を使おうと考えている」


 ──異空間の扉ディメンジョンゲート

 極めて高位の呪文であり、つい先日まで俺には行使不可能だった魔法だ。


 魔法の矢マジックミサイルが三本ではなく四本の矢を同時に生み出せるようになったことは、俺の魔術師としての段階レベルが一段階向上したことを意味する。

 それで思い至り、昨日の夜の就寝前に実験をしてみたのだが、俺は見事その呪文の行使に成功していた。


 異空間の扉ディメンジョンゲートは、術者を中心とした一定範囲の生物などを全て呑み込み、異次元空間へと隔離する呪文である。

 その際、もちろん俺自身や周囲の味方も対象になる。


 効果時間は三分間ほどで、時間が過ぎれば呑み込まれた生き物などはすべて元の世界に戻される。

 たったそれだけの呪文ではあるが──


「……詳しい話は後で聞くよ。でも、その方法なら見捨てずに済むんだね?」


「ああ、その算段ではいる。最終的にはアイリーンたちの力にかかっている部分はあるが──」


「オーケー、そういうのは任せて。それにそういうことなら、僕はウィルを信じるよ」


 そう言ってアイリーンは、拳を作って俺の胸を軽くたたいてきた。

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