第102話

 オークロードの目当ては俺だ。

 その前に立ちふさがったアイリーンを、邪魔だとばかりに棍棒で薙ぎ払おうとする。


 速い。

 俺には目視すら危ういという速度での攻撃。


 ──ガギンッ!


 アイリーンはそれを、左腕に身につけた盾で受け止めていた。

 鉄枠で補強された木製の盾が、その半ば近くまでひしゃげる。


「へぇ、さすがにやるね」


 だがアイリーンそのものはびくともしていないし、それで腕が折られるというようなこともない。

 全身から目視できるほどのオーラを立ち昇らせた少女は、間髪入れず右手に持った剣で素早く突きを放っていく。


 パパパッと、閃光のような三段突き。

 オークロードの胴体の三ヶ所から血が飛び散るが、次の瞬間にはオークロードの棍棒が真上から振り下ろされる。


 だがそこにアイリーンの姿はない。

 棍棒が打ち下ろされたときすでに彼女はオークロードの横手に回っており、その鋭い剣閃が斜めにオークロードの首筋を切り上げていた。


 だがそれも深手にはならない。

 さらなる横薙ぎの攻撃をオークロードが振るい、アイリーンがそれをバックステップでかわす。


「ちっ、なんてオーラ防御だよ。普通のオークならいまの全部致命傷のはずだってのに」


 トントンと軽くステップを踏んで俺の前に戻ってくるアイリーン。

 心なしか少し口調が荒っぽい気がする。

 俺は少し、幼少期の彼女を思い出した。


「ウィル、手出ししないでよね。──こいつは僕がやる」


 アイリーンはそう言って、再びオークロードに向かってゆく。

 そして彼女とオークロードは、猛スピードでの一対一の武闘ダンスを再開した。


 もはやオークロードのほうも俺のことは眼中にないようで、アイリーンに夢中になっていた。

 いや、そうしなければあっという間に命を取られると、本能が察したのだろう。


 しかし手出し無用では、共闘も何もない。

 結局彼女は興に乗るとこうなのだ。

 その本質、サツキと大差はない。


 だが俺としても、彼女の手助けをするつもりはなかった。

 手負いのオークロードなどに、アイリーンが後れを取るとは思っていない。


 そして事実、瞬き一つする間にオークロードの手傷が一つ増えてゆく。

 対するアイリーンは、楽勝とまでは言えない様子ながらも、オークロードの暴風のような攻撃をすべて的確にさばき切っていた。


 無論、オークロードが弱いわけではない。

 微量ながらオーラを使いこなすというし、腕力や生命力はもちろんのこと、見ての通りの敏捷性に加え、オーラを防御面に活用した防御力も相当なものがあるという。


 その脅威度は、例えばエルフ戦士たちとぶつかればその棍棒の一振りで一人ずつエルフ戦士がなぎ倒され、束でかかってもオークロード一体が倒されるまでに半ダースぐらいの犠牲者は出るに違いないというほどのものだ。

 オークの中の圧倒的イレギュラー、それがオークロードという上位種であった。


 だがそんなオークロードでも、今回ばかりは相手が悪い。

 王国きっての天才剣士だ。

 俺の呪文による攻撃で手傷を負っていることもあり、アイリーンが不覚を取ることはまずありえないだろう。


 それならば、俺の攻撃リソースは別の方面に向けるべきだ。

 そちらのほうが、よほど戦局が危ういのだから。


「──魔法の矢マジックミサイル!」


 俺は手にした魔術師の杖を前方へと向け、呪文を放つ。

 四本の光の矢が俺の前に現れ、一斉に発射された。


 四条の光の矢はそれぞれ別の方向へと向かい、いずれも別々のオークに命中した。


「グギャーッ!」

「グォォオオオッ!」


 光の矢の直撃を受けた四体は、それぞれに命中した部位の肉体の一部が弾け飛び、悲鳴を上げながらどうと倒れた。

 いずれも最初の氷の嵐ブリザードの直撃を受け、なおかつそれで倒れずにエルフたちに向かっていたオークであった。


 これで残すオークの数は、数えるほどのはずだ。


 見れば何体かのオークが、エルフ戦士たちに隣接して棍棒を振るっていた。


 だがそのうちのジェネラル級の一体はサツキたち三人が、もう一体もフィノーラやレファニアを含めた手練れのエルフ戦士たちで相手をしており問題はなさそうだったし、ほかの個体も一体につき複数のエルフ戦士で相手にしているため危なげはなさそうだった。


「……よし」


 俺は概ね理想的な状況の完成を見て、一つ息を吐く。

 あとは状況を見て、万一まずそうな戦局があればフォローをしてやればいいだろう。


 そう思ってアイリーンのほうを見ると──


「──楽しかったよ。サツキちゃんとのバトルと同じぐらい」


 キンッ。

 アイリーンが剣を鞘に納めると、彼女の剣舞により全身をずたずたにされたオークロードが、全身から血を噴き出しながら倒れていった。

 予想通り、勝負はアイリーンの圧勝だった。


 俺はそのアイリーンのもとに向かい、彼女の前で右手を上げてみせる。


「相変わらずの凄腕だな。だがその戦闘狂バトルジャンキーぶりはどうにかならんのか?」


「ありがと。でもあれだけ大量のオークを一手に始末したウィルに言われても、何だかなぁだよね。あと強敵との戦いに血がたぎるのは戦士のサガだから許して」


 アイリーンは通りすがり、俺の差し出した手に自分の手をパンと打ち合わせたのだった。

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