第86話
行く手の先の横合いから、一体のオークがのしのしと姿を現した。
その緑色の肥満体は、俺たちを見つけるとその豚面をにやりと歪ませた。
そして後続に向かって何やら声掛けをしたかと思うと、揚々とした様子で俺たちのほうへどしどしと駆け寄ってきた。
「ちっ……こっちを獲物としか見てねぇってか。舐めやがって」
駆け寄ってくるオークを迎え撃つべく、サツキが改めて構えを整える。
その背筋の伸びた美しい着物姿は、相も変わらず一個の生きた芸術のようだ。
一方、最初のオークの後ろからは、一体、また一体とオークがぞろぞろと姿を現していた。
真っすぐに続く狭いトンネルに、向こう側の奥からオークの巨体が次々あふれだしてくるような印象だ。
──さて、俺たちもこの辺りで一つ、挨拶をしておくべきだろう。
俺は発動を遅延させていた呪文の最後の一節を唱え、その呪文を完成させた。
「──
俺が唱えたのは最初級の攻撃呪文だ。
まずはこちらに遠隔攻撃手段があることを認識させ、攻め手を焦らせる考えだ。
俺はサツキの肩越しに、魔力で形成された「矢」の投射をイメージする。
対象は、巨体を揺らしてこちらに駆け寄ってきている最初のオーク。
俺の魔力ならば、三本の矢を同時に生み出し射出することが可能だ。
そのすべてを一体のオークへと向ければ、その一射で撃破することは十分にありうる範囲──
「──何?」
そのとき、俺の予想外のことが起こった。
もっともそれは、まずい類のアクシデントではなく、喜ぶべき類のものだった。
俺が生み出した「矢」の数が、「三本」ではなく「四本」だったのだ。
──俺の魔力が、一つの閾値を超えたということか。
だが実際に起これば、嬉しくないわけがない。
自身の成長が新たな軌道に乗っていると感じる。
思わず口元がほころんでしまう。
だがそれはそれだ。
何よりもいまは、作戦を予定通りに進めることだ。
「──行け!」
俺は眼前の空間に生み出された四本の魔力の矢を、目標のオークに向かって一斉に射出した。
それらの「矢」は、
その衝撃で、突進してきていたオークの巨体が後方に弾き飛ばされ、そのまま地面に沈んで動かなくなった。
その一瞬で死体となった仲間の姿を見て、後続のオークたちが動揺の仕草を見せる。
「ひゅう。さすがウィル、相変わらずすっげぇ魔法の威力だな」
「ほんの挨拶程度だ。ここからが本番だぞ」
「わーってるって。あたしまだ何にもやってねぇしな」
俺は次の呪文の詠唱を開始する。
後続のオークたちは慌てて後退しようとしたようだったが、退こうにも後ろが詰まっていて、にわかには逃げられない様子だった。
俺はそこに、次弾の
さらに次なる呪文の詠唱を開始する。
するとそこで──
「──グォォォオオオオオオッ!」
オークたちの後方から怒号のような声が鳴り響いた。
ビリビリと震えるようなくぐもった大声が、洞窟の通路全体に響き渡る。
「──な、何だ!? バカでっけぇ声出しやがって!」
サツキが対抗するように叫ぶが、それも掻き消されるような大声だ。
おそらくはオークジェネラルの怒りの声だろう。
逃げ出そうとした配下のオークたちに向けたものかもしれない。
そして実際にそれが、オークたちの反撃の狼煙となった。
怯んで撤退しようとしていたオークたちが、一転して踵を返し、死に物狂いの様子で一斉に俺たちに向かって襲い掛かってきた。
「はっ、ようやく来やがったか」
先頭のオークがサツキのすぐ前までたどり着き、その手に持った棍棒を振り上げる。
サツキが静かに迎撃の構えを見せる。
だがオークが振り上げた棍棒は、洞窟のトンネルの低い天井に強くぶつかった。
オークはその衝撃で、棍棒を取り落としてしまう。
「間抜け!」
サツキは正眼に構えていた刀を、気合の声とともに突いた。
刀がオークの首を貫き、後ろまで抜けた。
サツキが刀を引き抜くと、そのオークの首から血が勢いよく噴き出す。
だが──
「──っとぉ!?」
そのオークは、首の前後から血を噴出しながらも、なおも倒れずにサツキに襲い掛かった。
棍棒を取り落として徒手空拳となったその手でがむしゃらにサツキを捕まえようとし、サツキがそれを辛くもかわす。
「このっ──とっとと終われ!」
サツキはオーラを乗せた前蹴りを、前のめりになったオークの胸を目掛けて放った。
オークの巨体がそれで軽く後ろへ吹き飛び、後方に迫っていた次のオークにぶつかる。
首を貫かれたオークは、その頃にようやく血が足りなくなってきたのか、白目を剥いてずるりと崩れ落ちた。
だがその後ろのオークがその体を横に押しのけ、前に進み出てくる。
そして先のオークの失態で学んだのか、はなから棍棒を捨てて素手でサツキにつかみかかってきた。
「──うぉっ、くそっ……! こう逃げ場がねぇと、思ったよりキツイ……!」
迫りくるオークの手をかわしつつ、隙を見てサツキが刀を振るう。
その一刀で、オークの右腕の二の腕から先が切断されて飛んだ。
だがそのオークは、苦悶の叫び声を上げながらも、なおも左手一本でサツキにつかみかかろうとする。
いや、手というよりも体全体を使ってサツキを押しつぶそうとする勢いで、さしものサツキも対応に苦労をしているようだった。
「ちっ、死に物狂いってやつはタチ悪りぃなおい!」
一方、そうやってサツキが奮闘する向こう側では、後続のオークが前に出る隙を伺うようにして行列を作っていた。
その最後尾には、満を持して目視できる場所に姿を現したオークジェネラルがいた。
俺はそれを見て、機は熟したと判断。
呪文詠唱を最後の一節を残して保留状態にし、サツキに号令を送る。
「サツキ、伏せろ!」
「──よっし、待ってた!」
俺の合図で、サツキがその場に身を沈めた。
それを確認し、俺は詠唱していた呪文の最後の一節を完成させる。
「──
俺が掲げた杖の先の空間から、轟音を上げて一条の稲妻が発射された。
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