第87話

 俺が掲げた杖の先の空間から、轟音を上げて一条の稲妻が発射された。

 一瞬の閃光がパッと周囲の壁を照らし、まばゆさが視界を黄金色に染め上げる。


 ──雷撃ライトニングボルト

 この呪文が生み出す稲妻は直線状に貫通し、その射線上にいる者すべてを焼き溶かす。

 中級の呪文だが、状況さえ合えばその威力は火球ファイアボールの呪文をも上回るほどの効果を発揮する。


 そしていま、この「真っすぐに伸びたトンネル」には、六体の通常種のオークと三体の上位種のオーク、それに指揮官であるオークジェネラルに至るまで、この場に残存するオーク戦力のすべてが行列を作って並んでいた。


 俺が放った稲妻はそのすべてのオークを貫き、それぞれの対象の肉体を貫通した部分を中心として焼き溶かしていた。

 それによって致命傷を負ったオークたちは、一体、また一体と倒れてゆく。


「すっげぇ……。やっぱウィルの魔法はすっげぇ……」


 身を伏せた状態だったサツキが、ゆっくりと立ち上がりながらそう感想を述べる。

 だが──


「──グァルァアアアアアアアッ!」


 最後尾にいたオークジェネラルが雄叫びを上げた。

 それに呼応するようにして、からくも生き延びたという様子の数体のオークたちも、同様に雄叫びをあげる。


 それはそうだろう。

 いくら何でも、生命力自慢のオークの群れ──それも上位種も混ざった集団が呪文一撃で全滅はあり得ない。

 稲妻の当たり所次第では、通常種のオークでも生き残りは当然ありうる。


 俺は倒れずに残ったオークの数を、静かにカウントする。

 通常種のオークが一体、リーダー級が一体、メイジ級が一体、それにジェネラルを加えた合計四体。


 つまり俺が放った雷撃ライトニングボルトの呪文は、十体のオークのうちの六体までをその一撃で沈め、残りのオーク戦力にも重傷を負わせるという結果を引き起こしたことになる。

 一発の呪文による戦果としては、十分に満足していい結果と言えるだろう。


「残りは四体──攻めるぞ、サツキ」


「オッケー、それなら任せろ!」


 小柄なサツキが、トンネルの地面に倒れたオークの死体を身軽に飛び越えながら駆けていき、先頭の一般種のオークと接敵。

 俺はその後ろから、魔法による援護を行う。


 ほどなくしてサツキは、一般種、リーダー種、そしてメイジ種のオークをそれぞれ一刀のもとに斬り伏せていく。

 元より個の戦力としてはサツキのほうが敵よりも格段に上であり、さらには敵がいずれもすでに重傷を負っているのだから、ほとんど蹴散らしたというのに近い様子だった。


 そして──


「──グルァアアアアアッ!」


 部下を全滅させられて怒り狂ったオークジェネラルが、武器を捨ててサツキに襲い掛かる。

 ジェネラルはその大きな両手で、少女の体につかみかかろうとした。


「うぉっ、速ぇっ……!」


 ジェネラル級ともなると、オークとは言え動きは十分に俊敏だ。

 小回りの利くサツキの動きを拘束しようと、その剛腕を振り回す。


「けど、対応できない、動きじゃ……!」


 だがサツキの動きはそれを超えて鋭く、オークジェネラルの攻撃は次々と空を切る。

 オークジェネラルが雷撃ライトニングボルトによってすでに重傷を負っているせいで、その動きにやや精彩を欠くというのも大きいようだ。


 そして──


「──はっ!」


 敵の隙を突いて放たれた、サツキの刀による突き。

 それがついに、オークジェネラルの左の眼球を捉えた。


 刀はそのまま脳を貫き、後頭部へと抜ける。


 どう見ても即死だ。

 サツキが刀を引き抜くと、オークジェネラルはずるりと崩れ落ちた。


 ──よし。


 これですべてのオークが撃破された。

 俺はサツキにねぎらいの言葉を書けようと、彼女のもとに向かう。

 しかし、


「はぁっ、はぁっ……オークの上位種ってのは、こんなに速ぇのかよ……。──クソッ、こんなのに苦戦しているようじゃ、いつまでたっても姫さんに追いつけやしねぇ……!」


 サツキはいまの結果に満足していないようで、その言葉には焦りのようなものが見受けられた。


 俺はそれを、あまり好ましい傾向ではないように思った。

 なので、俺は肩で息をするサツキのすぐ後ろまで歩いていって、その綺麗な黒髪の上に自分の手を置いて、くしゃくしゃとなでてみせた。


「わふっ! な、何だよウィル……!」


 サツキは怯えた仔犬のような目で俺を見上げてくる。


「サツキ」


「だから、何だよ」


「キミがいてくれて助かった。ありがとう」


「……っ!」


 サツキが瞳に涙をためた。


 俺は再び、彼女の頭をなでる。

 サツキはそれを受け入れるように、気持ちよさそうにされるがままにしていた。


 俺はサツキに、自分の考えを伝える。


「サツキ、上を目指すのは好ましいことだと思う。だが焦らないでほしい。サツキが戦場で焦って命を落とすようなことになるのは、俺は嫌だ。俺はキミを失いたくない」


「……っ!! ……あのさぁ、ウィル」


 だが俺の言葉を聞いたサツキは、表情をころころと変えた後、瞳に涙をためたまま今度はむすっとした表情で俺を見上げてきた。

 そして俺が、何だと聞くと、


「バーカ! ……でも、ありがと」


 そう言って、俺が彼女の頭に乗せた手を除けてから、腕を組んでぷいっとそっぽを向いてしまった。


 困った俺は、サツキに退けられたその手で自分の頭をかくばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る