第85話
オーク襲来の情報は速やかに伝達された。
戦闘能力のないエルフたちを洞窟の後方へ避難させるのと同時に、戦士たちが前線の広間に集められる。
洞窟の入り口に立っていた見張りのエルフは、
その後肉眼での目視確認。
遠くの木々の合間にオークらしき姿を確認し次第、すぐさま洞窟の中に飛び込んで報告に来たという話だった。
そのラインを突破されているのだから、オークたちが洞窟に侵入してくるまでの時間的猶予はほとんどなく、作戦会議などをしている暇はなかった。
「オーク十三体……分隊クラスの戦力か。こちらの戦力のほうがやや数が多いとはいえ、侮れる数ではないな。この段階で総力戦を強いられるのは苦しいが……」
そう苦しげな表情で言うフィノーラ。
彼女は最初の広間で、オークたちを迎撃する考えのようだった。
攻めてくるオークの数は十三体。
それに対するこちらの戦力は、俺たち四人の傭兵を含めて二十人ほど。
数だけで簡単に圧殺できるような戦力差ではない。
また兵力の質の面でも、おそらく十三体というのは一個の部隊であろうから、指揮官クラスとして上位種のオークも混ざっているだろう。
これは当然ながら、戦術の良し悪しが結果を大きく左右する状況だ。
フィノーラの考えは、おそらくこうだ。
狭い通路をくぐって攻めてくるオークに対し、広間に姿を現した瞬間に弓や魔法で蜂の巣にする。
それで討ち漏らした分は白兵戦でどうにかするという方針で、確かにうまく嵌まれば悪い戦術ではないとは思えた。
だが悪い戦術ではないにせよ、俺にしてみれば、あの地形を活かさない手はないところだ。
俺は雇い主であるフィノーラに一つの提案をする。
「フィノーラ、俺とサツキの二人を先行させてほしい」
「……何か考えがあるということだな。分かった、任せる」
フィノーラは二つ返事でオーケーを出した。
彼女の娘であるレファニアが、俺たちを信の置ける相手だと評価したことも助けとなっているのだろう。
俺はフィノーラに向かってうなずくと、近くにいたサツキの手を取った。
「サツキ、力を貸してほしい」
「うひゃっ!? ……お、おう」
サツキは頬を赤らめて、俺に引っ張られるようにしてついてきた。
ううむ……何というか、少しやりづらい。
ともあれ俺は、サツキを連れて広間の先の通路へと進む。
この先は洞窟の入り口へと繋がっていて、オークがそちらから攻めてくる予定の方角になる。
俺はサツキに、俺が考えている作戦の概要を説明する。
「サツキには前衛でオークたちをせき止める役を頼みたい。無理をして撃破をする必要はない。敵の進軍を押し留めてもらえればいい。そして俺が合図をしたらすぐにしゃがんでほしい。やれるか?」
「ああ、そんくらいなら任せてくれ。壁役ってのはあんまりあたし向きの仕事じゃない気もするけど、オークぐらい相手ならどうってことないし。それにこの狭い通路なら、オークどもの図体じゃ二体同時に攻めて来ようとしたらぎゅうぎゅう詰めになるしな。一対一なら楽勝だ」
「よし、頼む。俺はサツキのすぐ後ろに着く」
「オーライ」
サツキの合意が得られたところで、俺はサツキに通路の先に立ってもらい、自分は彼女の後方すぐ後ろで杖を構えた。
すると後姿のサツキが顔だけを俺のほうへと向けて来て、妙なことを口走る。
「けど、ウィルが後ろに立ってると思うとゾクゾクするな」
「……何故だ。別に何もせんぞ」
「そりゃそうだろうけどさ、妄想はしちゃうよな。──あ、言っとくけどあたし、いま何かされたら正気でいられる自信ないからな」
「何だか分からんが、そうか」
……よく分からんが、サツキは大丈夫だろうか。
彼女が言う「何か」とは何なのか、俺が時と場合を考えない非常識な人間であることを前提にしなければ成立しない何かなのではなかろうか。
サツキの腕は信頼しているのだが、この娘の言動はどうにもときどき不安になるものがあるな。
ともあれ俺は、気を取り直して次の行動に移る。
呪文詠唱をして、
念のため、敵の姿と行動は目視で確認しておきたいと考えてのものだ。
そして魔法を発動させると、視界から壁──洞窟の入り口方向にある壁を除外する。
その先に、ターゲットが見えた。
見張りのエルフの話の通り、この洞窟に攻め入ろうとするオークの数は十三体であった。
その豚面の巨体の集団は、いまは洞窟の入り口付近にいる。
見たところ一般種が九体、リーダー級が二体、メイジ級が一体、ジェネラル級が一体という構成のようだ。
当然ながら最上位であるジェネラル級が指揮官を務めているようで、洞窟の入り口で指揮下のオークたちに何やら指示を出している様子だった。
やがてジェネラル級が指示を終える。
そしてオークたちは、周囲を警戒しながら、ゆっくりと洞窟の中に侵入してきた。
一般種のオークが先行し、その後ろにリーダー級とメイジ級、最後尾にジェネラル級がついて洞窟探索を開始した模様だ。
「──来るぞ、サツキ」
「うし、任せろ」
俺の警告に応じて、サツキが腰から刀を抜いて構える。
俺も呪文の詠唱を開始、オークたちが洞窟を進んでくるのを待ち──
──やがて先頭のオークが、俺たちの通常視界の先、二十メートルほど前方の横合いから姿を現した。
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