エピソード2:迎撃戦と偵察

第84話

 俺たちはレファニアの母フィノーラに連れられ、エルフの集落を出て森の中を半日ほど歩いた。


 そして夕刻、周囲の木々の姿が朱の色合いを帯び始めた頃、俺たちは崖下に穿たれた一つの洞窟を目にすることとなった。


 一人のエルフの男が洞窟の入り口前で弓を持って立っていたが、彼はこちらの姿を認めると駆け寄ってきて、フィノーラに声を掛けた。


「フィノーラ! よく戻ってきてくれた。──そっちが娘さんと、その集落の戦士たちだな。一緒にいるのは……人間、それに猫人族ミャールか? どういうことだ?」


 エルフは俺たちの一行を覗き見て、フィノーラに向かってそう尋ねる。

 俺とサツキ、シリル、ミィの四人のほか、エルフの戦士たちを連れた総勢は十人ほどに及んでいた。


「そのあたりはあとで皆を集めて説明する。──オークどもにはここはまだ見つかっていないな?」


「ああ、それは大丈夫だ」


 フィノーラは見張りのエルフの返事に満足した様子を見せると、俺たちを連れ洞窟へと向かってゆく。


 俺は彼女のあとについて行って、やがてその洞窟へと踏み入った。

 サツキ、シリル、ミィが俺の後ろに続き、レファニアやほかのエルフの戦士たちがそのあとをついてくる。


 洞窟は赤土の壁をくり抜いてできたようなトンネル状になっていた。

 天井の高さは俺が手を伸ばしてもわずかに届かない程度で、道幅も同じぐらい。

 レファニアたちと出会った洞窟よりは幾分か窮屈な印象だ。


 フィノーラに連れられ進んで行くと、トンネルは途中で一度大きく右にカーブした後に、真っすぐに二十メートルほど直進し、それから左へ折れつつ先へと進んでいく。


 なおトンネルには、ある程度奥まったところから先ではライトの呪文によるものと思しき明かりが一定間隔で設置されていて、こちらで別途明かりを用意する必要はなかった。

 エルフの戦士は、その多くが剣や弓ばかりでなく魔法も使いこなすと聞くから、こういった芸当も可能ということだろう。


 俺は感心をしつつ、前を歩くフィノーラに向けて確認をする。


「フィノーラの集落に住んでいたエルフたちの生き残りが、この洞窟に集まっているわけか」


「ああ。……だが私が誘導できた者たちだけだ。オークどもに襲われたとき、多くの者は散り散りになって逃げた。ここに集まっているのは、生き残った同胞たちのうちの一部にすぎない」


「残りの生き残りたちとの合流の手筈は」


「ない。どこか別の場所に拠点を構えた者たちもいるかもしれないし、路頭に迷っている者も多いだろう。近隣のエルフの集落を頼んで保護を受けているといいが……」


 そう話しながら、フィノーラはトンネルの先の広間へと踏み込んでゆく。

 その広間には二十人程度のエルフがいて、彼らは暗い中にほのかな希望を覗かせたような表情でフィノーラの帰還を喜んでいた。


 フィノーラはその部屋のリーダーらしき人物に一言二言伝えると、それからさらに奥へと進んでゆく。

 広間からはさらに奥に通路──トンネルが続いていて、俺たちはその先へと誘導される。


 俺は続けて、フィノーラに質問をぶつける。


「フィノーラたちは何故この洞窟を拠点に選んだんだ?」


 俺のこの質問に、フィノーラは怪訝そうな顔を向けてきた。


「……それはどういう意味だ」


「言葉通りの意味だ。ここを選んだ理由が聞きたい。あらかじめ避難のための拠点として確保してあった、というわけではないのだろう?」


 俺がそう聞くと、先を歩くフィノーラはしばし黙考し、それから返答してきた。


「ああ。ここは皆を誘導して逃げている最中に偶然見つけたものだ。拠点としては雨ざらしになる場所は避けたかったし、距離的にも襲われた私たちの集落から適度に遠い。広さもまあまあだ。ひとまずの拠点として望ましいと判断した」


 そのフィノーラの判断を、俺はある程度合理的なものであると評価した。

 だがその上で、気になっていることについて言及する。


「俺もそのフィノーラの判断は支持する。だが……先の入り口以外に、この洞窟への出入りができる経路はあるか?」


「……いや、少なくとも私が知る範囲では、ないが」


「だとするならば、ここは防衛拠点としてはいささか危険が大きい」


「……どういうことだ?」


 フィノーラが足を止めて振り向いた。

 俺は仕草でそのまま進むよう促し、彼女がそれに従って再び歩き始めたのを確認して、話を続ける。


「一番まずいのはここが袋小路だということだ。この洞窟がオークたちに見つかり大軍勢で攻めてこられれば、ここにいるエルフは逃げ場もなく全員叩き潰され、最後の一人に至るまで殺されるか、あるいは捕虜にされやつらの玩具にされることだろう」


「…………」


「それ以外は一長一短だな。例えばこの通路の狭さは、エルフにとっては敏捷性を活かせないという点でマイナスになるが、このぐらいまで狭ければオークどももあの体格が災いしてさぞかし窮屈なことだろう。それに地形的にはこちらに有利と思える部分もある。そういった意味では迎撃に適していると言えなくもないが──しかしやはり退路がないのはまずい。敵に知恵の回るのがいれば何をされるか分からん」


「……むぅ」


 俺の指摘に、フィノーラはむくれたような顔をしてしまった。

 人間で例えるなら二十代前半ぐらいにも見える若々しい容姿と相まって、その様が随分と可愛らしく見えてしまう。


 だがエルフという種族は人間よりも遥かに長命であり、彼女は俺よりも何倍も年上の、人生の大先輩である可能性が高い。

 ひょっとするとレファニアすら、俺よりも大幅に年上ということもありうる。


 最初の出会いがあのような形だったから、その流れでいまのような気安い話し方をしてしまっているが、本来は失礼に当たるのかもしれない。

 ただ戦略や戦術に関して話をする際には上下がない方がやりやすいので、このままの形で行かせてもらおうと思っているのだが──


 そのようなことを考えていると、フィノーラがぽつりと、きまりが悪そうにつぶやく。


「……恥ずかしながら、キミの言うとおりのようだ。いまの話を皆に伝えて、拠点の移動を検討しよう」


 彼女は自分の中の葛藤に折り合いをつけたようで、その言葉は建設的なものだった。

 俺のような若造の意見をも分け隔てなく取り容れる彼女の器の広さは、感心に値するものだと思った。


 さてその後、俺たちはフィノーラから洞窟内を案内された。


 洞窟にはいくつかの広間があり、それが通路で繋がっているという形状で、全部で百人近い数のエルフが洞窟内に滞在していた。


 フィノーラのエルフ集落には元々三百人以上のエルフがいたという話だから、これでもその四分の一ほどの数しかおらず、残る四分の三ほどのエルフは行方不明か、別の拠点に逃げ込んだか、あるいは殺されたかオークに捕らえられたということになるだろう。


 洞窟内のエルフたちは、全体として表情に明るさはなく憔悴した様子だった。

 無理もないだろう。

 彼らにとっては友人や家族が殺され、あるいは捕らえられて悲惨な目に遭わされている公算が大きいのだから。


 なお洞窟内には負傷したエルフの戦士が何人もいて、彼らにはシリルが治癒の奇跡を施して回っていた。


 エルフには神を信仰する思想的土壌がなく、エルフ集落には神官ホーリーオーダーが皆無であると聞く。

 ゆえにエルフの集落には治癒の奇跡を使える者がおらず、シリルはエルフ戦士たちから例外なく感謝されていた。


 そして彼女に治療されたエルフ戦士たちの中には、彼女の熱烈なファンになったと思しき者も現れ、感激とともに詰め寄られたシリル自身は大層当惑しているようだった。

 その際に彼女が俺のほうへと探るような視線を送ってきたのには、一体何の意味があったのか分からなかったが。


 一方フィノーラは、俺たちに一通り洞窟内を見せ終えるとリーダー格や戦士と思しきエルフたちを集め、先に俺が話したことを説明し拠点を移すべきではないかと提案した。


 集まったエルフたちの中からは、この場以上の拠点として適切な場所が見つかるかどうか、風雨にさらされる場を拠点とすることによる快適度と健康被害への懸念なども意見として出たが、メリットとリスクを天秤にかければそれもやむを得ないとの方向に議論は徐々に傾いていった。


 そうして議論が進み、やがて具体的な移転計画に関して話が詰められていった──そんな矢先だった。


 洞窟の入り口で見張りをしていたエルフが、議論の場となっていた広間に駆け込んできた。

 彼は息を切らせながら、フィノーラに向かって慌てて報告をする。


「フィノーラ! オークと思しき存在を感知した! その数は十三! こっちに向かってきている!」


「──何だって!?」


 フィノーラが立ちあがり、その場にいた全員の顔に緊張が走った。

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