第74話
迂闊だった、と言うより他はない。
部隊を指揮していた私の責任だと思いながらも、同時にその現実を受け入れられずに苛立ちばかりを募らせる自分に嫌気がさしていた。
「レファニア! どうするんだ、このままだと全滅だぞ!」
「分かっているわ! だからいま考えてる!」
「考えている暇などあるか! 見ればわかるだろう!」
「うるさい! 考えがまとまらないから黙っていてよ!」
部隊の副長にあたるラッドが、判断を急げと迫ってくる。
分かっている。
そんなことは分かっている。
だけど、早くしないとと思って焦れば焦るほど、考えがまとまらなくなる。
──私はエルフの戦士団のリーダーとして、五人のエルフの戦士を連れて、この洞窟までオーク退治に来た。
私ことレファニアが戦士たちのリーダーを任されたのは、私が里のエルフの中で、最も卓越した戦士だったからだ。
私たちが住むエルフの里には、百人に少し及ばないほどの数のエルフが暮らしている。
豊かな森の中の集落で日々穏やかに暮らしていた私たちだったが、最近異変が起こり始めた。
オークである。
里のエルフたちが近隣でオークの姿を見かけることが多くなり、そしてついには実質的な被害が生じ始めたのだ。
それは、里の外に出たエルフがオークの一団に襲われて命からがら逃げてきたり、あるいは別のエルフがオークの手にかかったと思しき死体で発見されたりといった具合だ。
また、同時期に里の外で行方不明になったエルフもいて、これもオークの仕業ではないかと見られている。
それは女のエルフであり、他の種族を襲って孕ませることによって繁殖するとされているオークの生態から想像すると、同じ女の身としてはおぞましさと怒りに身を震わせる想いだった。
ただ、オークは恐るべき膂力を持った脅威だが、同時に鈍重な愚物でもある。
私たちエルフの戦士の俊敏さと魔法の力をもってすれば、いかな腕力と生命力が段違いだとは言え、総合力で凌駕することはそう難しくはない。
だが里のエルフの誰もが、戦いの技術を持っているわけではない。
私たち戦士にとっては必要以上に恐れるべき相手ではないとしても、戦いの素人にとっては恐るべき脅威以外の何物でもない。
ゆえに里の長老たちは、戦士としての実力を持った私たちを集めて、オークのねぐらを叩くことに決めたのだ。
そして、そのリーダーとして私が指名され、この洞窟へとたどり着いた。
入り口の見張りのオークを倒すところまでは、簡単な仕事だった。
私を含め、数人で一斉に仕掛けた
急所を数ヶ所いっぺんに貫かれたのにまだ暴れようとしたのは驚いたが、それでも大事はなく、見張りのオークはすぐに事切れた。
いま考えると、これがうまく行き過ぎたのが良くなかったのかもしれない。
味を占めた私たちは、このオーク討伐を簡単な仕事だと勘違いしてしまった。
長らくの穏やかな生活の中で平和ボケしていたのだと罵られれば言い訳もできないぐらいに、私たちは油断してしまった。
洞窟を進んでいくと、私たちは三体のオークが待ち構えている部屋にたどり着いた。
私たちは部屋に躍り込み、先の見張りと同じように
しかしこれで眠ったのは、三体のうちのわずか一体だけだった。
残る二体に襲い掛かられ、私たちは浮き足立った。
オークは鈍重だとは言え、その腕力と生命力はすさまじく、私たちが
そして逆にこちらは、オークの攻撃を一撃でも直撃すれば致命傷になる。
攻撃力、耐久力という面では、あまりにも不利な条件での戦いだった。
また狭い洞窟内では、エルフの俊敏性を最大限に活かせなかったことも大きい。
洞窟という逃げ場の少ない空間は、オークたちのフィールドだった。
そしてついには、暴れるオークの予想外の動きに対応しきれなかった一人の仲間が、頭部に棍棒の直撃を受けて即死した。
その戦いでの犠牲は、その一人だけだった。
幾度もの攻撃を積み重ねてどうにかオークたちを倒し終えたときには、私たちは全員息も絶え絶えの状態だった。
それでもせめて、この段階で撤退していればよかったのだ。
しかし頭に血が上った私は、このまま帰れば仲間の死が無駄になると、この洞窟のオークの掃討を決断した。
仲間の戦士たちも概ねは私の決断に賛同し、異論を持つ者もいたものの、最終的にはしぶしぶながらも同意してくれた。
──その結果が、いまの私たちの惨状だ。
オークの中にも知恵の回る上位種が存在するという話は、聞いたことはあった。
だけどここでそれに出会う可能性については、無意識的に切り捨てていたのかもしれない。
頭に血が上っていたせいで愚かになっていたとしか言いようがない。
結果、私たちは誘い込まれた部屋で、罠にかかった。
いいように袋小路に追い立てられ、多数のオークに取り囲まれた。
仲間のうちの二人は、追い込まれた部屋に仕掛けられていた落とし穴に落ちてしまった。
いまは穴の底で、一人は苦痛に呻いており、もう一人は意識不明の重体だ。
落とし穴の底には尖った岩がいくつも配置されていて、片やそれで背中を強打し、片や頭部を強く打ち付けたという様子だった。
一方、動ける仲間は私を含めて三人。
袋小路となった部屋にその全員が追い詰められ、唯一の通路からはオークたちが私たちに向かって迫ってくる。
その数、全部で五体。
退くも敵わず、戦うよりほかはない。
だが一対一でも容易くない相手に、この数の差。
それに──
「──ぐああああーっ!」
「ラッド! くっ……
オークのうちの一体、上位種であり一団のリーダーであると思しき錫杖を持った個体が、呪文の詠唱とともに
一条の光の矢が高速でラッドの腹部に突き刺さり、その部分の肉がはじけ飛ぶようにえぐられていた。
重傷だ。彼はもう戦えないだろう。
「──うわああああっ! く、来るなあっ!」
悲鳴を耳にしてもう一人の仲間のほうを見ると、彼のもとには二体のオークが突進していた。
「カルフォス! くぅっ……!」
だが私にも、彼を助けに行く余裕はない。
倒れたラッドに寄り添う私の前へも、別の二体のオークが向かってきていたからだ。
そしてその後方で、リーダーと思しき呪文使いのオークが、次の呪文の詠唱を始めている。
「このっ……!」
私は立ち上がり、手にした細身剣を構える。
オークの見上げるような巨体が二つ、威圧感をもった突進で私のほうへと迫ってくる。
だがその二体だけなら、私の敏捷性と剣技をもってすれば互角に渡り合えるはずだ。
問題は、その奥の呪文使いのオーク。
何とかしてあれを仕留めなければ、
ならば、取るべき戦術は一つ。
「──そこを通らせてもらうわ!」
私は、私に迫ってくる二体のオークの「中間」に向かって駆けだした。
脚力にオーラを乗せ、強く地面を蹴る。
いまは雑魚の相手をしている場合じゃない。
多少リスクがあっても、こいつらの間をかいくぐって、その奥の呪文使いを──
「──か、はっ……!」
──だがそのとき。
私の腹部を、ハンマーでぶん殴られたような強烈な衝撃が襲った。
「げほっ、ごほっ……! あっ、ぐぅっ……」
私は二体のオークの前で、たまらず膝をつき、細身剣を取り落としてしまう。
私が間を通り抜けようとした、二体のオークの片方──左側の個体が、ゆっくりとその拳を引くのが見えた。
それはどうやら、私の腹部へと突き刺さった拳のようだった。
それからそのオークは、私の胸倉をつかんで持ち上げ、私を宙づりにする。
「ぐ、ぅっ……う、そ……速すぎ、る……まさか、お前も、上位、種……!」
私のその言葉を肯定するように、私をつかみ上げたオークは、その醜い豚面をにぃと歪めた。
そのオークは、もう片方の手に持っていた棍棒を無造作に投げ捨てる。
それからその空いた手で、私の衣服に手をかけた。
「な、何を……まさか……」
──ビリッ、ビリリィッ!
オークは私が着ていた衣服を、何のためらいもなく破り捨てた。
「なっ……やめ、なさい……! 私を、辱めるつもり……!?」
オークの生態に関しては、認識しているつもりだった。
でもまさか、このような局面で……。
しかし私の予想は、どうやら正しいようだった。
オークはその大きな手を、服が破かれた私の体へと向けて来て──
そうして、私がおぞましさと諦めで、思わず目をつぶろうとしてしまった、そのときだった。
「──
聞き覚えのない精悍な男の声とともに、視界に閃光が奔った。
同時に、ギャオッという轟音が耳をつんざく。
「えっ……」
それは稲妻だった。
まばゆいほどの閃光を放つ稲妻が、私をつかみ上げているオークの頭部を貫通し、焼き溶かしていた。
頭部の表面をドロドロに溶かされたオークは、私を手放し、地面に落とされた私の横にずぅんと大きな音を立てて倒れた。
尻餅をついた私は、さらなる驚きの光景を目にする。
呪文使いのオークもまた、先の稲妻で同時に焼かれたのか、地に倒れ伏していたのだ。
そして、その先の通路に立つ、杖を掲げた一人の男。
それはどうやら人間のようだった。
やや長身で、人間の魔術師がよく身につけている類の濃緑色のローブを着ている。
少年と青年の半ばといった年頃のようで、少し仏頂面にも見えるけれど、顔立ちは整っている。
そのブラウンの髪や瞳は決して特徴的なものではないが、いまの私には、なぜかその姿がキラキラと輝いて見えた。
そしてその人間の男の傍らからは、三人の少女が駆けだしていた。
見たところ、人間、人間、獣人のようだった。
少女たちは浮足立ったオークたちを攻撃し始めた。
彼女らは的確に連携し、オークたちの生命力を次々と奪ってゆく。
特に、奇妙な空色の衣装を着た少女の戦闘力はすさまじく、魔術師の男からの援護は受けたものの、ほぼ彼女単身で二体のオークをあっという間に始末してしまった。
そしてもう二人の少女も協力して一体のオークを片付けると、それでもう、あれだけの脅威だったオークたちは一体残らず退治されてしまっていた。
少女たちのうちの一人、白のローブを着た神官らしき人物が、ラッドに駆け寄って治癒の奇跡をかける。
別の獣人らしき小柄な少女は、荷物からロープを取り出して、落とし穴の中に降ろしていた。
その一方で、魔術師風の男は私の前まで歩み寄ってくると、荷物袋から毛布を取り出して私にかけてくれた。
「大丈夫か?」
そう心配してくれた男の顔は、お世辞にも表情が豊かとは言えないものだった。
だというのに、私にはなぜだかそれが、安心できるものだと感じられてしまった。
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