第73話
都市アトラティアの冒険者ギルドで、クエストの受注を確定する。
それから俺たちは、オーク退治を依頼してきた村へと向かった。
村でオークの巣窟となっている洞窟の場所を聞くと、早速そこへ向かう。
鬱蒼とした、しかし木漏れ日の落ちる森の中をしばらく歩いていくと、やがて木々がまばらになり、その先に峻険な崖の下部にぽっかりと開いた洞窟が見えてきた。
時刻は昼過ぎ頃。
洞窟の入り口前、穏やかな日の光が
「ありゃ? あのオーク、寝てんのか?」
「……多分違うです。あれは……きっと死んでると思うです」
洞窟の前には、一体のオーク──豚に似た頭部を持った、巨体の亜人種モンスター──が横たわっていた。
その姿を遠目で見て、ミィが死んでいると評する。
洞窟の入り口前まで近付いてみると、地面に倒れたそのオークは、確かに死体だった。
首や心臓部、目などを何らかの刃物で貫かれた跡があり、そこから血を流して倒れている。
「細身の剣か何かで、的確に急所ばかりが貫かれているわね。よっぽどの手練れの仕業か、もしくは──」
シリルがそう言って、俺のほうへと視線を送ってくる。
おそらくは彼女も俺と同じことを考えているのだろうと感じたので、うなずいてみせる。
「ああ。
「それに血の乾き方から見て、まだ死んでからそんなに時間はたってないと思うです。──ひょっとするとこの洞窟の中に、先客がいるかもしれないです」
ミィがオークの死体の状況をつぶさに見て、そう付け加える。
先客というのはつまり、俺たちが来る前にこのオークの見張りを殺して、洞窟に侵入した何者かがいるということだ。
そしてタイミング的に見て、その何者かはまだ洞窟内にいる可能性が高い。
何らかの手違いで別の冒険者と重複してクエストを受けてしまったのかと一瞬疑ったが、話を聞いた村人の様子からもそんな様子はなかったし、その可能性はまずないだろう。
別の村から依頼が出ていればあるいは、といったところか。
「ミィ、念のため周囲の警戒と、灯りの準備を頼む」
「了解です。──ウィリアムは
「ああ、正解だ。そろそろ手の内が読まれてきているな」
「もう何度も一緒に冒険してきてるですからね」
そう言ってにぱっとした嬉しそうな笑顔を向けてくるミィの頭を、俺は何とはなしになでてしまう。
やはりこれは、このミィという少女が持つ魅了の魔力で仕業であると思う。
そうして頭をなでられ気持ちよさそうにするミィの様子を横目にしながら、俺は
そして眼前の空中に生み出した不可視の「目」を、洞窟の中へゆっくりと進めていった。
入り口のオークが殺されていたのだから、「先客」は普通に考えてオークたちの敵である可能性が高いだろう。
だが敵の敵が味方とは限らないし、そうでなくとも状況が混迷しているところに踏み入れば不測の事態に巻き込まれる恐れがある。
なので自らの身を危険にさらして洞窟内に突入する前に、可能な限り事前情報は獲得しておきたいところだ。
洞窟内へと「目」を進めてゆく。
土壁で覆われた洞窟は、巨体のオークがねぐらに選んだだけあって、トンネルの幅も高さもかなり広々としたものだ。
そうしてしばらく「目」が洞窟を進んでいくと──
「広間にオークの死体が三つか……今度は戦いの跡があるな……それに……」
仲間たちに情報を横流しする目的も含めて、「目」で見た光景をつぶやく。
「今度のオークの死体は、急所のみを的確に貫いているという様子ではない。あちこちに弓の矢が突き刺さっていたり、ほかにも多数の突き刺し傷が見て取れる」
おそらくは洞窟前で見張りのオークを倒したときとは違って、泥臭い戦いを強いられることになったのだろう。
そして、それが証拠に──
「……もう一つ、オーク以外の死体がある。頭部がひしゃげているから分かりにくいが──おそらくこれは、エルフの死体だ」
「──エルフ?」
俺のつぶやきを拾ったシリルが、オウム返しにそう聞いてくる。
俺は一旦視界を「目」から自身のものへと戻し、シリルに向かってうなずきかける。
「ああ。頭部が原型をとどめていなかったから確信は持てないが、人型の痩身で、長く尖った耳が見えたからそのはずだ。おそらくは頭部を棍棒で一撃だろうなあれは」
「あまり目の当たりにしたい光景じゃなさそうね。エルフらしき死体はその一つだけ?」
「ああ。だが洞窟はまだ先に続いている。先に進めてみる」
俺は視界を再び「目」に戻し、広間の先にあった通路へと「目」を進めてゆく。
広間の先にあった通路へと入り、しばらく進むと──
──やがて俺の視野は、その光景を捉えた。
「……まずいな」
俺は視界を自身のものへと戻し、
そして直ちに洞窟の中へと足を踏み入れようとして──仲間の了解を得ないで先走ろうとしている自分に気付いた。
「まずいって、何が? すげぇ強そうなオークでもいたとか?」
サツキのその言葉に、俺は首を横に振る。
「いや、確かにオークの上位種らしき姿は見えたが、それよりも問題なのは、そこにいるエルフたちが置かれている状況だ」
「エルフ『たち』ですか? エルフの一団がこの奥にいるです?」
ミィのその質問には、首を縦に振る。
「ああ。だが二人が罠にかかって重傷を負い、残る者たちも多数のオークに襲われて絶体絶命の状況だ。いまから駆けつけて間に合うかは分からないが、俺は可能な限りあのエルフたちを見捨てたくない」
俺は急く気持ちを抑えつつ、三人の仲間に俺が「見た」状況と、自分の想いとを伝える。
するとサツキ、ミィ、シリルの三人は──
「へへっ、いいね。さすがあたしのウィルだ。もちろんあたしも乗るぜ」
「ウィリアムのことだから無理をする算段はしてないですね? ならミィも賛成です」
「あなたのそういうところ、私は好きよ。一刻を争う状況なら急ぎましょう」
と、三人ともが俺の考えに賛同してくれたので、俺たちは早速洞窟の中へと踏み込んだのだった。
なおサツキに対しては、「何度も言うが、俺はキミのものではないぞ」と突っ込みを入れると、しょんぼりとした顔を見せてきた。
どさくさ紛れに既成事実を作ろうとするのは、いかがなものかと思うところである。
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