第2部:オーク大討伐
エピソード1:オーク退治とエルフの戦士たち
第72話
都市アトラティア。
俺たちのパーティ──俺ことウィリアムと、サツキ、ミィ、シリルの四人がひとまずの拠点とする都市である。
都市としては中規模であり、都市人口は六千人ほど。
広さは西門から東門まで歩いて十五分もあれば到着する程度のもので、その途上、中ほどの位置には市場としての機能を持つ中央広場があり、さらにその付近には大商人の商館や政治の中枢施設が存在する。
これは都市の構造としてはごくごく一般的なものと言えるだろう。
その都市アトラティアの東門の近く、庶民街区の一角に「眠れる小鹿亭」という宿屋がある。
この宿屋は同じ建物内で大衆食堂と酒場を兼ねた飲食店も経営しており、建物の一階が食堂、二階には宿の部屋が連なっているという構造になっている。
時刻は朝食時。
俺たち四人の姿はいま、その眠れる小鹿亭の一階の食堂にある、四人掛けのテーブル席にあった。
「──で、クエスト見つけてきたって聞いたけど、今回はどんなの?」
そう聞くのは、朝のトレーニングを終えた汗だくの姿で席についたサツキだ。
黒髪をポニーテイルにした少女で、着物袴と呼ばれる東方の国独特の衣服を身につけている。
その空色の衣装と、その腰に差した「刀」と呼ばれる緩やかに湾曲した剣は、
なおそのサツキ、いつものことながら着物の内側に手を入れて布地で汗を拭きとるという動作を公衆の面前で平然と行っており、彼女の魅力的な容姿と相まって大変に目に毒である。
胸に「さらし」と呼ばれる白い布を巻いているから良いというものでもないと思うのだが……。
そのガサツさも彼女の魅力の一環と言ってしまって良いものか、評価に迷うところであるが、ともあれ注意したところで直らないことは明白なので俺はもはや彼女のそれは放置することにしていた。
だがその点を、ここに来て敢えて注意する者がいた。
「……ねぇサツキ、前々から思っていたのだけど、あなたのそれはウィリアムへのセックスアピールなの? ちょっとあざといにも程があると思うのだけど」
そうサツキに苦言を呈したのは、
プラチナブロンドのセミショートの髪に、理知の宿るアメジスト色の瞳。
やや大人びた印象の表情と、まだ少女らしい幼さの残るルックスとのアンバランスさとが、彼女に危うい魅力を生み出している。
またもう一点、彼女の身体的特徴をあげるとすれば、白の神官衣を大きく押し上げた胸の大きさがあげられるだろう。
その有り様は、特に大きな胸が好きな者でなくとも目を奪われてしまうほどの迫力がある。
なお彼女は、その発言内容からも分かる通りサツキと比べてかなりの常識人である。
だが常識人ゆえに、サツキの奔放な行動に頭を痛めるという点で俺の同士でもある。
そして案の定、サツキはキョトンとした様子で、シリルへと聞き返す。
「へっ……何が? せっくすあぴーる? 何だそれ、エロそうだな」
「……オーケー分かったわ、天然なのね。あとだいたい合ってるわ。私はあなたに、その自分のエロい姿でウィリアムに性的魅力をアピールしているつもりなのかって、そう聞いたのよ」
「は? エロい姿って、何が……」
サツキはそう言って、視線を下方、自分の胸元のほうへと向ける。
そこにあるのは、彼女が着物の胸元を着崩し、そこに汗拭き用の布地を持った手を入れている様だ。
「えっ……あれ? ……ひょっとしてこれ、あたし、女としてヤバい……?」
サツキがおそるおそる視線を上げる。
俺の左右にいるシリルとミィが、示し合わせたようにうんうんと首を縦に振った。
「あっ……あうぅ……」
サツキの顔が、正面にいる俺の目を見て真っ赤に染まる。
それから、頭から湯気を噴くようにして、隠れるようにテーブルの下へと身を沈めていった。
「……はぁ。相変わらずサツキの天然は驚異的です。でもそれに動じないウィリアムも相当だと思うです」
そう言って俺のほうへチラと視線を送ったのは、獣人の少女ミィだ。
三人の少女たちの中でもとりわけ小柄で、人間で例えるなら初等学校に通い始めたばかりの子どもを思わせる幼い容姿である。
やや外跳ねしたショートカットの赤茶色の髪に、落ち着いた色合いの赤色の瞳を持つ。
なおその頭部、髪の間からは愛らしい猫耳が二つ飛び出していて、それがぴょこぴょこと動いている。
それは口元から飛び出た八重歯、
しかしながら、彼女もまた立派な成人であり、冒険者である。
その言動は良識的であり、サツキを窘めることもしばしばだ。
とはいえ彼女のいまの言葉は、正鵠を射ているとは言い難い。
俺は朝食の皿、目玉焼きの横に添えられたサラダをフォークで突いて口に運び、それをしっかり噛んでのみ込んでからミィに反論をぶつける。
「いや、別に動じていないわけではない。俺としても目に毒なので、常々やめてほしいとは思っている」
「ど、毒っ!? あたしのエロい格好って毒なの!?」
サツキが隠れたテーブルの下から、泣きそうな顔をひょっこりと出して俺に訴えかけてくる。
どうも言葉の意味を勘違いしていそうだが、勘違いしていてもらったほうが良さそうなので、そのまま通すことにする。
「ああ、目の毒だ。公衆の面前でああした姿をさらすのは、あまり感心しないな」
「ひぐっ……! うわああああんっ! ウィルがあたしのこと毒って言ったあああ! ひーどーいーっ!」
朝っぱらの酒場でびぃびぃと泣き真似をするサツキである。
すると近くのテーブルで食事をしていた冒険者風の男から、こんな声が飛んでくる。
「へへっ、何なら嬢ちゃん俺のパーティに来るかい? 嬢ちゃんみたいな可愛い子だったら、初心者でも歓迎するぜ」
だがその下心丸出しの男の言葉を聞いたサツキは、ケロッと泣き真似をやめて、
「うっせバーカ! お前らに女扱いされても反吐が出る」
などと言って、男に向かってべーっと舌を出すのであった。
勧誘兼ナンパに失敗した冒険者風の男は、舌打ちをしつつすごすごと食事に戻る。
一方のサツキは、最初から何事もなかったかのように普通に席に座り直す。
「えっと、それで何の話してたんだっけ」
相変わらず立ち直りが異常に早い。
俺はそれを憎からず思いながら、彼女の発言に対応する。
「今回はどんなクエストを見つけてきたのか、とサツキは聞いていたな」
「あ、そうそう、それだ!」
「見つけてきたクエストは、オーク退治です。Dランククエストでも一番一般的なクエストです。ゴブリン退治Eランク版みたいなやつです」
そう答えたのはミィだった。
ちなみにだが、冒険者ギルドに行ってクエストを物色するのはだいたい早朝で、サツキは朝のトレーニングがある上に選ぶのに混ざりたい意志も特にないとのことで、クエストを選ぶのは基本的に俺とミィ、シリルの三人で行っている。
それでサツキがあとで文句を言うわけでもないし、サツキの戦力が向上するのはパーティ全体にとっても望ましいことなので、その形がうちのパーティの基本スタンスになっていた。
なお最近のサツキは、俺が初めて彼女に出会った頃よりも、日々厳しいトレーニングに励んでいるようだ。
俺たちと一緒にこうしているときはあっけらかんとしているが、ちらと見かけたトレーニング風景での彼女の表情は真剣そのもので、かなりの強度で自分を追いつめている様子だった。
そして、どうも彼女は努力していると見られるのが恥ずかしいらしく、一度俺がトレーニング中の彼女を見かけて「頑張っているな」と声を掛けたら、
「……最低でもこのぐらいはやらないと、姫さんに追いつける気がしねぇ。それだけだよ」
と、額から滝のように流れる汗を拭きながら、わずかに頬を染めた横顔で答えてきたことがある。
やはりアイリーンと戦って敗北したことは、彼女の闘争心に火をつけていたようだ。
なおそのアイリーン──この国の王女にして俺の幼馴染み──とは、ゴルダート伯爵及び宮廷魔術師アリスとの戦いの後、王都まで同行してから別れていた。
彼女は王女としての、あるいは騎士としての役割に戻り、俺たちは報酬を受け取って冒険者としての日常に戻ったのだ。
そして、そのおよそ一週間後が今日である。
十分な休息をとり、Eランク冒険者のパーティとして心機一転のスタートとなるのが今日であった。
そんな中で、ミィからオーク退治と聞いたサツキは、
「へぇ、オーク退治か。敵を片っ端からぶった斬りゃいいその手のクエストは、分かりやすくていいね」
そう俄然やる気を出して、拳をパンと手の平と打ち合わせていた。
──だがこのときの俺たちは、思ってもいなかったのである。
向かった先のオークのねぐらで、あのような光景を目の当たりにすることになろうとは……。
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