第75話

 間一髪間に合った、と言って良いものか。


 洞窟を急いで進んだ俺たちは、その先にいたオークの一団を殲滅することに成功していた。

 俺が放った雷撃ライトニングボルトの呪文は、その一直線上に貫通する稲妻で上位種と思しき二体のオークをまとめて貫き、残った通常種のオークたちもサツキを筆頭にして撃破していた。


 この洞窟に分岐路はなかったため、オーク討伐はこれで完了といってよいだろう。

 エルフの救出のほうも、ひとまず彼らが全滅する前にはどうにかすることができたと評価できると思う。


 俺は、俺の前にしゃがみ込んだ半ば裸身のエルフの少女に毛布を掛けてやってから、彼女に声を掛ける。


「大丈夫か?」


「え、ええ……ありがとう。でも私よりも、仲間たちが……」


 エルフの少女は顔を赤らめつつそう言って、仲間の心配をする。

 彼女はどうやら、エルフの一団のリーダーのようだ。


 エルフらしく華奢で、美しい少女だ。

 見た目の年齢はサツキやシリルと同じぐらいかそれよりも幼くも見えるぐらいだが、エルフなので実際の年齢はどうだか分からない。

 ふわふわとした空色の髪は背に流されていて、同色の瞳はぽーっと熱に浮かされたように俺を見ている。


「負傷者は仲間が治療しているところだ。彼女は優秀な神官だ。任せておけば問題ない」


 俺が目の前の少女に向かってそう伝えると、近くで別のエルフに治癒の奇跡を行使していたシリルが口をはさんでくる。


「信頼されているのは嬉しいけど、できることには限界があるわ。あまり期待しすぎないで頂戴。あと重傷じゃないとはいえその人も負傷しているようだから、無理はさせないで。より危険な状態の患者を治療してからそっちにも回るから」


「了解した。──だ、そうだ。しばらく無理をせず、じっとしていてくれ」


 俺が後半部をエルフの少女に向けると、彼女はこくんと首を縦に振る。

 それから彼女は、かけられた毛布をきゅっとにぎりつつ、俺を見上げて質問をしてきた。


「あなたたちは何者? どうしてここに……?」


「冒険者だ。近隣の村から、この洞窟に棲みついたオークを退治するよう依頼されて来た。キミたちは?」


「この近くにあるエルフの集落の戦士よ。……もっとも、戦士と言ってもこのザマだけど。指揮官の私が無能だったせいで……。私はいっそあのまま、オークの慰み者になるべきだったのかも。そうなれば、いい罰だったわ」


 少女はうつむきつつ、自嘲するように薄く笑う。

 その瞳は、いまにも泣きだしそうに揺れていた。


 言っていることがめちゃくちゃなので説教をしようかとも思ったが、さりとていまの彼女にそれが受け入れられるとも思えない。


 俺は少し考えた後、彼女の前で膝をつく。


「少し失敬するぞ。初対面の見ず知らずの人間にこんなことをされても不快なだけかもしれんが──」


 俺はそう断って、自分の腕をエルフの少女の後ろへと回して、彼女の頭を抱き寄せた。

 少女の額が、俺の胸にあたる。


「えっ……?」


「キミはいま自暴自棄になっている。少し気持ちを落ち着かせたほうがいい。──俺が幼少の頃だが、母親からこうしてもらったら落ち着いたことがあるので真似てみた。不快だったら言ってくれ」


 俺がそう言うと、少女はぶんぶんと首を横に振った。

 どうやら不快ではないらしい。


 だが──


「……ん? どうした?」


 近くに立っていたサツキ、それに治癒をしていたシリルとそれを手伝っていたミィまでもが、唖然とした様子で俺のほうを見ていた。

 サツキが口を開く。


「……なあ、ウィル」


「なんだ、サツキ」


「あたしもあとでそれやってほしい……」


「なぜだ。サツキは十分に落ち着いているだろう」


「落ち着いてない。胸がドキドキしてる」


「……そうか。それはまたの機会にしてくれ」


 サツキの要求は緊急性がなさそうなので、ひとまず回避することにした。

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